プロローグ 〜冒険の書のない世界で〜
ある日、世界は――救われなかった。
人々の希望だった男は、誰にも知られず、何も残さず、ただ一人、命を落とした。
死因は、戦いの果ての英雄譚に相応しいものではなかった。
魔王の呪いでもなければ、決戦の刃でもない。
毒キノコを食べたことによる中毒死――
あるいは、モンスターに頭から食われた時――
あるいは、味方に剣を突き立てられた時――
誰もその名を知らず、誰も注意すべきことも、立ち回りも、知ろうとしなかった。
無知という闇の中で、英雄は命を落とした。
そして僕は、その死を見届けた瞬間――同じように命を奪われた。
目を覚ますと、またあの朝。
村に住む木こりだった、あの朝。
駆け出しの冒険者になった、あの朝。
仲間に裏切られた、あの朝。
それが始まりだった。
毒に倒れ、モンスターに食われ、何度死んでも、また朝が訪れる。
そのたびに見るのは――あの男の死の光景。
まるで僕と彼の運命が、何かに縛られているかのようだった。
繰り返すうちに、僕は確信した。
彼の死と僕の死は、同じなのだと。
ならば――彼を生かせば、僕は生きられる。
だがそれは、彼一人を助けるという話ではなかった。
彼が死んだのは、「誰も知らなかった」からだ。
ならば、僕が記すしかない。伝えるしかない。残すしかない。
あらゆる危険を。準備すべきことを。モンスターの生態を。死地の気配を。戦うすべを。
未来に、命を救う「知識」を残す。
それが、僕にできる唯一の戦いだった。
これは、英雄を導く物語じゃない。
これは、命を繋ぐための本を編む物語だ。
プロローグを読んでいただき、ありがとうございました!
次からが本編です!