第5話 先生の印象
レスター・オルブライト先生の登場により、中庭でくつろぐ気分ではなくなってしまった私は、
(あの先生、どうしてあんなに偉そうなの!?)
などと腹を立てつつ、カイルと共に中庭を後にした。
部屋に戻ったとたん、タイミング良くノックの音が響いて。
私が入室を促すと、すぐにドアが開き、セバスチャンがひょっこりと姿を現わした。
「おお、姫様。お戻りになりましたか」
トテトテと寄ってきて、私の顔を覗き込むようにして首を横に傾ける。
「先ほどお伺いした時には、お部屋にはいらっしゃいませんでしたので。いずこに参られたのかと心配しておったのですぞ」
「ああ、ごめんね。先生は午後に来るって聞いてたから、それまで暇だなーと思って、カイルと中庭に行ってたの」
「ほう、中庭に……。さようでございましたか」
セバスチャンは納得したように首を縦に振った。
「でもね! 私がカイルと話してたら、急にその――新しい教育係って人が割って入ってきたの! 来るのは午後のはずじゃなかったのかって、ビックリしちゃった。――ね、カイル?」
振り返り、後ろにいたカイルに同意を求める。
話を振られるとは思っていなかったのか、彼はハッとしたように顔を上げ、
「え?……あ、はい! とても驚きました!」
そう言って、何度もうなずいてみせた。
セバスチャンは私とカイルを交互に見つめてから、やはり小さくうなずく。
「さようでございましたか。オルブライト様が中庭に……。きっと、姫様と同じように思われたのでしょう。午後まで時間があるからと、城の内部を見て回っておられたのでは?」
「ああ……なるほど。そういうことか」
どうしてあんなところをウロウロしてたんだろう、って思ってたけど……。
城に来たのなんて今日が初めてなんだろうし、暇があったら、そりゃあ『いろいろ見て回るか』って気にもなるわよね。
考えてみたら、おかしなことでも何でもなかった。
怪しんだりして悪かったなと、私がちょっぴり反省していると、
「顔合わせは済んだということでしたら、姫様。教育係の印象はいかがでございましたか?」
「え。……先生の、印象……」
そりゃあ、最悪――としか言いようがないんですけど……。
「印象……は、とりあえず置いといて。先生――オルブライト先生って、今いくつなの?」
「――は? 顔合わせの折に、お訊ねにならなかったのでございますか?」
不思議そうに首を傾けるセバスチャンに、私は曖昧な笑みを浮かべ、
「うん、まあ……。訊く余裕がなかったっていうか……そんな感じで」
「はあ……? 訊く、余裕……?」
「ま、まあ、そんなことどうだっていいじゃない。とにかく、いくつなのか教えて?」
「は、はあ……。確か、二十七……いや、八でございましたか……」
ふ~ん……。
十歳以上も上で、頭いいともなれば……まあ、ああいう偉そうな話し方にもなる……のかな?
「――で、先生はもう帰ったの?」
訊ねる私に、セバスチャンは信じられないことを言った。
「は? 何をおっしゃいます。あのお方は今日より、この城に住まわれるのですぞ?」
「……へ?」
耳を疑って、思いっきり首をかしげてしまった。
「今……なんて言ったの、セバスチャン?」
「ですから、オルブライト様は、これからこの城に住まわれる――と、申したのですが?」
……住む? この城に?
あの……嫌味な先生が?
「えぇえええーーーッ!? なんでっ!? なんでそうなるのっ!?」
「何ゆえとおっしゃいましても……。これから毎日ご教授くださるのですから。お住まいから通っていただくのも大変でございますし……」
……そんな……。
じゃあ、これから毎日……あの先生の目を気にしながら生活しなきゃいけないの?
瞬間、冷たく光るヴァイオレットの瞳が脳裏をよぎり……私はブルッと身震いした。
嫌……。
……嫌だ。
勉強教えてもらうってだけでも抵抗あるのに。
ここに……ここに一緒に住むだなんて――!
「ヤダよぉ、怖いよセバスチャ~~~ンっ! 一緒に住むって、それ……どうにかならないのぉお~~~っ?」
私はセバスチャンにしがみつき、情けない顔で泣きついた。
「どうにか……は、なりませんなぁ。オルブライト様のお部屋に、お荷物も運び入れてしまいましたし。すでに、おくつろぎでいらっしゃるのでは?」
「そ……そんな……」
ガックリと肩を落とすと、セバスチャンは目をパチパチさせ、
「はて? 何ゆえ、先生がこちらにお住まいになるのを反対なさるのですか? 先生とお会いした折に、何かございましたか?」
「……え? いや、その……」
……どうしよう。
まさか、『愚か』って言われたからムカついて……なんて、子供みたいなこと言えないし……。
「姫様?」
「あ――。う、ううんっ、なんでもない! 特になにもないんだけどねっ? アハハ、ハハ……」
セバスチャンに呆れられるのが嫌で、私は乾いた笑いでごまかした。
彼はキョトンとした顔で、しばらく私を見つめていたんだけど、
「ピッ?――そろそろご昼食の時刻でございますな。厨房の様子を覗いて参ります」
そう言い残し、セバスチャンは慌ただしく部屋から出ていった。
ドアが閉まったとたん、グゥ~っとお腹の鳴る音がして……。
(いやぁあーーーッ! カイルがすぐそこにいるのにぃいーーーッ!)
たちまち熱くなった顔を伏せ、私は両手でお腹を押さえた。




