第3話 身分の差は絶対
カイルから、『下賤の者は、なるべく王族の目には触れぬよう働くのがこの城の決まり』と教えられ、私はショックを受けていた。
命じられたわけでもないのに、働いている人たちの中から自然に発生した決まりらしい――ということにも。
だって、どう考えてもおかしいじゃない。この城で働いてくれてる人たちだよ?
その人たちがどうして、王族の目に触れちゃいけないのよ?
この城の王族っていったら、今は私一人だし……。
つまり、カイルを含む四人以外は、私の目に触れちゃいけないってことなんでしょう?
……わからない。
どうしてそんな働き方しなきゃいけないのか、全く理解できない。
昔からの決まりだっていうけど。
実は私が嫌われてて、避けられてるのかなって……そんな風にさえ思えてきて、なんだか悲しくなってくる……。
だからつい、
「私は……もっとここで働く人たちと仲良くなりたい。話だってしたいし、許されるなら仕事だって手伝いたいよ」
涙目になりながら、そんなことを言ってしまっていた。
「姫様……!」
カイルは一瞬、驚いたように目を見開いた。だけど、すぐに厳しい顔つきになって、
「そのようなこと、軽々しくおっしゃってはいけません。下々の者を手伝いたいなどと……。どうか、ご自身のお立場というものをよくよくお考えになってください」
まるで、諭すような口調でたしなめる。
年の差をほとんど感じない彼から、叱るような言葉をかけられ、私の顔はたちまちのぼせたように熱くなった。
「どうして!? 私、そんなに無茶なこと言ってる!? 王族だからとか下賤だからとか、いちいちそんなこと気にして、仲良くなりたい人とも仲良くなれないなんて……。そんな世界、絶対おかしいよ! 私はもっと自由に――っ」
「自由などございません!」
私の言葉をさえぎるように、カイルの鋭い声が飛んだ。
「カ……カイル……?」
「身分の差は絶対です。姫様が以前いらした世界では、どうであったのかは存じませんが……。現在のこの国では、それが当然のこととご承知おきください。正しい正しくないの問題ではございません。この国で生きていく以上、避けられぬことなのですから……姫様にも、そろそろ慣れていただきませんと」
「カイル、それ……本気で言ってるの?」
「はい。身分の差は絶対です。それがこの世界の常識なのです」
噛んで含めるように、同じ言葉を繰り返す。
私は急に心細い気持ちに襲われ、呆然と彼を見返した。
身分の差は、絶対……?
そんな……。
王族に生まれたら、誰とも同等にはなれないの?
身分が同じような人としか、仲良くしちゃいけないの……?
カイルの言葉にショックを受け、しばらくは何の言葉も浮かんでこなかった。
頭が真っ白になって固まっている私を見て、彼は言い過ぎたと思ったのか、
「も、申し訳ございません、姫様。このようなこと、お伝えするつもりはなかったのですが……」
困ったような顔で私を見つめてから、反省しているかのようにうつむいた。
私もどう返していいのかわからず、しばらく二人の間には重い沈黙が流れた。
カイルの『身分の差は絶対』という言葉が、いつまでも消えてくれない。頭の中で、しつこいくらいに反響している。
胸が苦しくて、下まぶたの縁にじわりと涙が浮かんできて……視界がぼやけた。
「そのようなお顔を……なさらないでください」
ふいに、カイルの辛そうな声がして、私は涙を浮かべたまま顔を上げた。
彼はうつむいたまま、拳をギュッと握り締めている。
私を叱ったはずの彼の方が、よほど苦しそうに見えて……困惑せずにはいられなかった。
「どうか、お願いです。私は……私はあなたを責めたいわけでは――」
言いかけて、彼は言葉を飲み込んだ。
私の顔を見ないようにしているのか、視線は斜め下に落としている。
どうして、そんな風に黙っちゃうの?
どうして、私より苦しそうな顔をしているの?
訊ねたくても、声が出てこない。
彼を見つめたまま、沈黙しているしか――。
私は今まで、彼の優しさに救われてきた。
なのに今は……まるで、遠くにいるみたい。
どんなに大声で呼びかけても届かないような……そんな遠くに。
……でも、どうしてもわからない。
私……そんなにおかしなこと言ったのかな?
ただ、仲良くなりたい、手伝いたいって思っただけなのに。
カイルがあんなに強い口調でたしなめてくるってことは……やっぱり、私が間違ってるの?
……わからない。
どうして王族は、使用人さんたちと仲良くしちゃいけないの? ねえ、どうして?
いけないならいけないで、その理由を教えてほしいのに――!
「ねえ……カイル。私、やっぱりわからないよ。どうして王族は、使用人さんたちと仲良くしちゃいけないの?」
思い切って問いかけても、彼はキツく唇を噛み、何も答えてはくれなかった。
「……ねえ、お願い。どうしてなのか、その理由を教えて?」
諦めきれず、もう一度問いかけた時だった。
「愚かな」
ため息混じりの声が背後で響き、私はハッとして振り返った。
いつの間にそこにいたのか、見知らぬ男性が腕を組んで立っている。冷ややかな眼差しが、まっすぐに私を射抜いていた。
「ろくに考えもせず、すぐさま答えを他人に求めるなどと……。まったく、嘆かわしい。君は思考することを放棄するつもりか?」
今度は呆れ声で訊ねられ――。
私は驚きと困惑とで、とっさに反応できなかった。




