第5話 疑惑の姫君
姫様の部屋には、椅子が四脚付いた丸テーブルがあった。
せっかくだから座ってもらおうと思ったのに、
「とんでもないことでございます! 姫様が立っていらっしゃるのに、私どもだけが座るだなんて」
アンナさんたちが言い張るので、結局、全員立ったまま話をすることになった。
う~ん……。おばさんたちの井戸端会議じゃないんだから。
座って聞いてもらった方が、こちらとしてもありがたいんだけど。
……ま、愚痴ってても始まらないか。さっさと白状して、楽になっちゃおう。
「まず、皆さんに謝らなきゃいけないことがあります。さっきカイルさんが言ってた通り、私は姫様じゃありません。騙すつもりはなかったけど、結果的にそうなってしまって、本当にすみませんでしたっ!」
頭を下げた私の耳に、セバスチャンの『ピッ!?』、アンナさんの『そんな……お顔もお声も姫様そのものですのに』、エレンさんの『それでは、本当の姫様はどちらに?』という声が、次々に聞こえてきた。
でも、カイルさんの声だけ聞こえない。
こっそり顔を上げると、彼は射抜くような鋭い視線で私を見つめていた。
「あなたの謝罪など、今はどうでもいい。姫様はどちらにいらっしゃるのです?」
「えっ?……え、と……それが私にもわからなくて……」
「わからない?」
「……うん。私自身、どうしてここにいるのかもよくわからないまま、セバスチャンに姫様と勘違いされて、ここまで連れてこられちゃったから……」
「まことでございますか、セバス様?」
「ピッ? あ、いや……私は今までずっと、姫様だとばかり……。うぅ、申し訳ない……」
「あっ、セバスチャンを責めないで? 姫様じゃないって否定しても、本名を名乗っても、全然信じてもらえなかったし、姫様って決めつけられて混乱して、仕舞いにはめんどくさくなって受け入れちゃったワケではあるんだけど……。でもっ、セバスチャンはちょっと思い込みが激しいだけで、悪気はなかったんだと思うからっ!」
私としてはフォローしたつもりだったんだけど、とどめの一撃になってしまったみたい。
セバスチャンはヨロヨロした足どりで壁際まで歩いて行き、ゴツン! と頭を激突させた。
「せっ、セバスチャン!?」
「セバス様!」
慌てて駆け寄る私たちに、セバスチャンはバサバサと翼を振り、心配ないと身振りで示す。
「この程度の痛み、胸の痛みに比べればどうということもございません……。うぅっ、姫様。爺は……爺は、姫様と別のお方の区別もつかぬ、もうろく爺でございますぅ~っ。も、申し訳ございません~っ」
……あ。
また涙流してる。
この世界の鳥って、つくづく不思議よねぇ……って、ホントに鳥なのかも不明だけど。
とりあえず、セバスチャンが落ち着くまで待つしかないか……。
私はため息をついて椅子に腰かけた。
すると、すかさずカイルさんが寄ってきて、私の目の前で片膝をついた。
うわっ、何!? びっくりした!
座ってると、距離が近くなってる分、よけい恥ずかしいんですけどっ!?
うろたえる私をよそに、カイルさんは真剣な表情で私を見上げて。
「姫様の居場所はご存じないとのことでしたが……。どんな些細なことでも構いません。お気付きのことはございませんか?」
「え? お気付きのことって?」
「たとえば、女性の悲鳴を聞いたとか、怪しい人影を見たとか……。姫様の行方を知るための、何か手がかりになるようなことは、ご存じありませんか?」
「えー……っと……。ごめんなさい。私はただ、姫様を捜し回ってたセバスチャンに、偶然出くわしただけで……。姫様のことは、セバスチャンに聞いて初めて知ったの」
「……そうですか」
カイルさんは落胆したようにため息をつき、何とも言えない悲しげな顔つきで、胸の辺りをギュッと握り締めた。
……え~っと……。
さっきから何となく感じてたことだけど、カイルさんって……。
私はそっとカイルさんの耳元に顔を近づけ、小声で訊ねた。
「カイルさんって、もしかして……姫様のことが好きなんですか?」
「な――ッ!」
カイルさんはいきなり立ち上がり、顔を真っ赤に染めて数歩後ずさった。
……ありゃ。
図星だったみたい。
急にうろたえ出したカイルさんを見て、私は心でつぶやいた。
「なっ、何を――! と、突然、何を言い出すのです!?」
こちらの想像以上にうろたえている彼を見て、何だか申し訳ない気持ちになってきて、
「もしかして、口に出しちゃマズイことだった? だったらごめんなさい」
素直に謝り、私はペコリと頭を下げた。
「いかがしたのだ、カイル? ひ――……いや、そのお方と、何か問題でも?」
アンナさんやエレンさんに慰められ、ようやく立ち直ったらしいセバスチャンが、私たちの様子に気づいてやってきた。
「いえっ、何も! 何でもございません、セバス様!」
カイルさんは即座に否定すると、私に目配せし、微かに首を振った。
そんなに心配しなくても、わかってますって。
一国の姫様に、護衛である騎士(しかも見習い)が惚れてるなんて知られちゃ、大変だもんね。
もし知られちゃったら、当然、護衛の役目からは外されちゃうだろうし、騎士にだってなれないかもしれない。
最悪の場合、罪人として罰せられることだってあり得るかも……。
そこまで考えて、ゾッとした。
冗談じゃない!
相手が誰であろうと、好きになっちゃったものはどうしようもないじゃない!
好きになっただけで罰せられちゃうなんて、そんなの絶対許せない!
「セバスチャン! 私が誰で、どうやってこの世界にきたのかを今から説明します! いいですねっ!?」
とりあえず、みんなの注目をこっちに集めなきゃ。
そう思った私は、大声で言い放った。
「ピャッ!?……は、はい。それは結構でございますが……」
いきなり大声を出されて驚いたのか、セバスチャンは体を丸めるようにして、私の顔色を窺っている。
「えーっと……今からする話なんだけど。きっと、すぐには信じてもらえないと思う。でも……これはホントの話なの。嘘みたいだけど、ホントにホントの話だから……みんな、信じてねっ?」
皆は一瞬ポカンとした後、それぞれと目配せし合い、小さくうなずいた。
……さて。
どこまで信じてもらえるかな?
不安はあるけど……。
こうなったら、何が何でも信じさせて、元の世界へ戻る方法を一緒に考えてもらうしかない!
覚悟を決めた私は、大きく息を吸い込んだ後、ゆっくり吐き出し……ここにくるまでのいきさつを話し始めた。




