第14話 朝食時の衝撃
その日の朝。
昨夜、私を避けてるわけじゃない――って言ってたはずのギルは、朝食の時間になっても姿を現わさなかった。
一緒に食事できる、最後の機会だったのに……。
ギルは、私と食事するの嫌だったのかな……?
そう言えば、初めて一緒に食事した夜……私、かなりガッついちゃってたんだっけ。
それですっかり、呆れられちゃったのかな?
でも、次の日の朝食は一緒だったんだし。そんな理由で避けられるとは思えないけど……。
「あの……セバスチャン?」
「はい。いかがなさいましたか、姫様?」
「え……っと、あの……。きょっ、今日もギル――……ギルフォード王子は、客室で食事してるの?」
恐る恐る訊ねると、セバスチャンは、一瞬ギクッとしたように硬直して、
「ぎっ、ギギギ、ギル――ギルフォード様、で……ございますか? ギルフォード様は、あのぅ……。そのぅ……」
そう言ったきり、絶句してしまった。
「セバスチャン……?」
私はキョトンとして、しばらく様子を見守ってたんだけど……。
いくら待っても、いっこうに先を話し出す気配がなかったから、再び訊ねた。
「どうしちゃったの、セバスチャン? 朝からおかしいよ?……ねえ、あなたたちもそう思うでしょ? アンナさん、エレンさ――」
同意を求めて目をやると、二人もビクッと肩を揺らした後、決まりが悪そうに慌てて私から目をそらした。
「……え、何? どうしちゃったの、みんなして?」
あまりにも、様子がおかし過ぎる。
何かあったのかな――?
「ねえ、黙ってちゃわからないよ。何か言いたいことがあるんだったら、ハッキリ言って?」
みんなは視線を交わし合い、誰が伝えるか、役目を押し付け合っているようだった。
でも、ここはやはり自分が言うべきだと判断したのか、セバスチャンは言いにくそうに口を開いた。
「あの、姫様……。どうか、落ち着いてお聞きくださいませ。ギルフォード様は、その……早朝、お発ちになりました」
……え?
早朝に……発った?
発った……って……。
……え、なんで……?
……だって、だってギルは……昨夜、昼頃だって……。
「ちょ――っ、ちょっと待って?……何、どういうこと? 発ったって……。え? だって……だって、発つのは昼でしょ?……確か、昼頃って言ってたよね? ねっ? そうでしょ、セバスチャン?」
「は――、い、いえ、あの……。私は、『明朝、日の出と共に発つ』と――昨晩、お聞きしておりましたが……」
「明朝!? 日の出と共に!?」
……嘘……。
じゃあ……じゃあどうして……。
どうしてギルは、私に昼頃って……。
――どうして――?
どうしてなの、ギル!?
椅子から立ち上がり、私はドアへと走った。
朝食中に行儀が悪い――なんて、考えてる余裕はなかった。
「姫様、どちらへ――!? 今から追って行かれましても間に合いませんぞ! ギルフォード様がお発ちになってから、すでにかなりのお時間が――」
セバスチャンの声を後ろに聞きながら、それでも私は止まらなかった。
――ううん。止まることなんてできなかった。
今から追っても間に合わない。そんなことはわかってる。
わかってるけど――っ!
「姫様?――お待ちください、どちらへ!?」
城の中から外へ足を踏み出した瞬間、カイルに後ろから呼び止められた。
「カイル! ギルが――っ、王子がもう、帰っちゃったって――!」
「あ……」
気まずそうに目をそらしてから、カイルは再び私へと視線を戻した。
何か言いたげにじっと見つめる彼に、ピンときた私は、
「カイル?……まさか、カイルも知ってたの? カイルもみんなも知ってて――なのに、私にだけ黙ってたの?」
つい、責めるような口調になってしまった。
カイルやみんなが悪いわけじゃない。
きっと、ギルがみんなに口止めしたんだろうってことは、容易に想像できた。
でも――それがわかってても、やりきれない想いをどうすることもできなくて……。
「ねえ、そうなの? 知ってたのに、私にだけ教えてくれなかったの? 私だけ――っ、私だけ除け者に?……ひどい。ひどいよっ、どうして黙ってたの!? どうしてっ!?」
「姫様、落ち着いてください! ギルフォード様にはギルフォード様なりの、お考えがあってのことで――」
「考え? 考えって何? 私にだけ黙ってなきゃいけない考えって何なのっ?……ねえ、カイルは知ってるんでしょ? 教えて! ギルは――ギルはどうして――っ」
「姫様!」
カイルの両手が私の肩に置かれ、ハッと我に返る。
「……どうか、私の話をお聞きください。ギルフォード様は――姫様にお会いしてしまうと、『私の国へ連れ去りたくなってしまう』からとおっしゃっていました。昨夜は乱暴なことをしてしまい、姫様を傷付けてしまったに違いないからと……。激情に駆られて過ちを犯さぬようにするためにも、姫様にはお会いすることなく、お別れした方がよいのだと――」
「そんな! 乱暴なことって言ったって、ちょっと腕をつかまれただけだよ? そんな小さなこと気にして、私に会わずに帰っちゃったって言うの? さよならの一言も告げずに? そんなの……そんなのおかしいよ! 私が気にしてないことで、どうしてそこまで――っ!」
「姫様……。それは私にもわかり兼ねます。ギルフォード様のお気持ちは、ギルフォード様ご自身にしかおわかりにならないことです。……いいえ。もしかしたら、ギルフォード様ご自身でさえ、おわかりにならない感情というものが……おありだったのかもしれません」
「ギル自身にも……わからない、感情?」
「はい。……姫様にはございませんか? ご自身でも、どうしてそんなことを言ってしまったのか、してしまったのかわからない――というご経験が?」
「……そ、それは……」
――ない。……とは言えなかった。
だって、私にもあるから。
自分でも、自分の気持ちがわからないってことが……。
「でも……。別れの挨拶くらい、してくれてもよかったのに……」
未練がましくつぶやくと、カイルは私の手を両手で包み込み、
「お気持ちはお察しいたしますが……どうか、ギルフォード様のお気持ちも察して差し上げてください。お願いいたします」
まっすぐに、私を見つめて訴えた。
「カイル……」
ギルの気持ちを完全に理解できたわけじゃなかったけど、カイルがあまりにも真剣に言うものだから、渋々うなずいた。
「ありがとうございます。――では、お部屋へお戻りください。私も共に参ります」
カイルに促されるまま、私は部屋へと引き返した。
心の中で、『ギルのバカ。ギルのバカ。ギルのバカ』と何度も何度も、繰り返し繰り返しつぶやきながら……。




