第10話 二つの約束
しばらくの間、私たちは沈黙したまま抱き締め合っていた。
強く――だけど優しく、彼の両腕は私を包み込んでいる。
ドキドキするのに、ホッとする感覚。
これっていったいなんなんだろうと不思議に思いながら、私は彼の腕の中でそっと瞳を閉じる。
そして、長い沈黙の後。
王子は耳に息がかかるほどの距離まで顔を近付け、熱っぽくささやいた。
「君をこのままさらって行けたら、どんなにいいだろう。君の気持ちも全て無視して……このまま奪い去ってしまえたら。奪って、そして……永遠に君を、誰の目にも触れないところに閉じ込めておけたなら――」
とっ、閉じ込め――っ!?
……王子。
それは私のいた世界では――立派に犯罪ですっ!!
思わず、そんなツッコミを入れたくなっちゃったけど……。
でも……どうしてなのかな?
王子に言われると……どんなに犯罪めいてると思うことを口にされても、全然……嫌じゃないんだ。
嫌じゃないどころか……ちょっと、嬉しくも感じちゃったりして……。
うぅ……ダメだ。
私、どこかおかしいのかな……?
束縛が嬉しいなんて……本当にどうかしてる。
以前までの私なら、絶対こんなことあり得ないのに……。
……あー……ホントにダメ。
なんだか、頭がボーっとして……。
「……すまない、リア。私が引き留めておいて、こういうことを言い出すのは失礼だと思うんだが……。そろそろ部屋に戻らないか?」
「はい……。……え?……え、えっ?」
無意識に返事しちゃった後。
頭の中で王子のセリフを反芻し、ようやくその意味を理解した。
思わず、『どうして?』って気持ちを込めて見上げてしまう。
「これ以上、共にいると……冗談抜きで、このまま君をさらって行きかねないからね。……少し頭を冷やしたいんだ。取り返しがつかないことをしてしまう前に……」
切なげに目を細め、王子は私の髪をゆっくりとなでた。
そんな仕草にドキッとして、慌てて視線を外す。
「リア。私との約束――どうか忘れないでほしい。次に会う時までには、『ギル』と呼べるようにしておくこと。それから――」
王子の手のひらが私の左頬を包み込むように撫で……親指が唇で留まる。
「――っ!」
突然の行為にビクッとなって、私は両目をギュッと閉じた。
「ここは、他の誰にも触れさせないこと。……誓ってくれるね?」
王子の甘い魅惑的な声と、その仕草に。
全身が燃えたぎるように熱くなり、脳内が沸騰しそうだった私は、返事するどころではなくなってしまった。
顔が熱い。
頭はもっと熱い。
……唇がくすぐったい。
だからもうっ!
こういうこと、いきなりしないでってばーーーーーッ!!
「リア?……誓っては……くれないのかい?」
王子は悲しそうに私を見つめ、力なく手を下ろした。
私は慌てて、ブンブンと首を横に振る。
「……それは……誓ってくれるという意味? それとも……誓えないという意味?」
また、ブンブンブンと横に振る。
「では……誓ってくれるんだね?」
ブンブンブンブンと、今度は思い切り縦に振る。
「……よかった。君に拒否されたら、どうしようかと思ったよ」
ホッとしたように微笑んで、王子は再び髪をなで……その流れで髪の束をすくい上げると、ゆっくりと顔を寄せて髪の端にキスした。
「ちょ……っ!?」
かっ、髪にキスって――!
この人、ホントに……唇以外であればどこにキスしても許される――とでも思ってるんじゃないでしょうねっ!?
……今のでいったい、どれだけの場所にキスされちゃったことになるんだか……。
思い返して数えるのだって怖いくらいだわっ!
もう……、バカっ! 王子のバカっ!
いちいち行動が恥ずかしすぎるんだからっ!
真っ赤になって、ひたすらパニクる私をよそに、王子はどこまでも涼しい顔で、
「ありがとう、リア。私の我儘に付き合ってくれて……。それでは、戻ろうか」
なんて言って、さりげなく片手を差し出してくる。
私はチラッとその手を見やってから、大きく首を横に振った。
「――え? 戻らないのかい?」
「わっ、私、もう少しここにいます。戻るなら、王子一人でどうぞっ」
「それはべつに構わないが……。一人で戻れる?」
「だ、大丈夫ですっ! 一人で来たんですから!」
「……それもそうだね。では、先に失礼するよ。おやすみ、リア」
優しく笑うと、王子は私にゆっくりと背を向けた。
そのとたん、胸がズキリと痛む。
もう会えないワケじゃないのに。
……明日になれば、また会えるのに。
それなのに……遠ざかって行く背中を見ていたら、なんだか無性に寂しくて……。
「あ――っ、あのっ!!」
思わず、大声で呼び止めていた。
意外そうに振り向く王子に、慌てて訊ねる。
「あ、明日……っ。明日はいつ頃帰るんですかっ?」
「――いつ頃――。……そうだね、たぶん……昼頃になると思うよ」
「昼、頃――……。そ、そうですか。わかりました。……え、と……呼び止めてすみませんでした」
「……いや。もう一度、君の声が聞けて嬉しかったよ。……では、ね」
らせん階段を下りて行く王子の姿は、すぐに視界から消えた。
私は独りでその場に残り……急激な寒さと寂しさに、キツく自分の体を抱き締めた。




