表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/89

第4話 騎士見習いの少年

 しばらく無言で歩き、姫様の部屋まであと少し――というところで、アンナさんとエレンさんの姿が見えた。私に気付いた二人が、深々と頭を下げる。


「――あれ?」


 二人の他に、片膝をついてお辞儀をしている、騎士のような人もいた。


「おお、カイル。戻っておったのか」


 セバスチャンが声をかけると、その人――カイルと呼ばれた男性が返事をした。


「はい。姫様はご無事であらせられましたご様子。安心いたしました」


 丁寧(ていねい)な口調に慣れてないのか、どこかぎこちないしゃべり方に思えた。


「姫様、ここに控えている者はカイル――カイル・ランスと申しましてな。少し前より、姫様専属の護衛に任命されました、騎士見習いにございます」


「え? 専属の護衛? 騎士……見習い?」


 私は初めて見る〝騎士〟の姿に、少しワクワクしながら目を向けた。

 うつむいていて顔は見えないけど、声の感じやぎこちない敬語で、まだ若い人のような気がした。


「えっと……。どうして、ずっと下向いてるの?」


「お許しをいただくまで、顔を上げてはいけない決まりでございます。姿勢を元に戻させてもよろしいでしょうか?」


「もちろん! 片膝ついてるのも、やめてもらっていいかな? 同じくらいの目線で、顔見て話したいから」


「承知いたしました。――カイル。姫様もこう申されておる。立ってご挨拶を」


「は――!」


 騎士さんはすっくと立ち上がり、顔を上げて私を見つめた。その顔はちょっと強張(こわば)っていて、緊張しているような印象を受けた。


「姫様、よくぞご無事で……。姫様にもしもの事があったらどうしようかと、俺――いや、私は……」


 そう言ってうつむく彼の頬に、スッと一粒、透明な液体が流れ落ちたように見えた。



 ……ん? 涙?



 気になって、少し体を(かが)めて覗き込もうとしたら、私の目から逃れるように、深くうつむいてしまった。


「姫様が行方不明になってしまわれた後、私は、至急国王様にご報告し、カイルに命を下して、城の内外を捜索させておったのです」


 セバスチャンの言葉に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 騎士さんもセバスチャンも、アンナさんエレンさん、そして国王様も……姫様が無事に戻ったって、ホッとしてる。


 でも、ここにいるのは本当の姫様じゃない。

 本当の姫様は、今もまだ、どこかで……。



 ――ダメだ!


 やっぱり、黙ってちゃいけない。

 勘違いされたままにしておいたら、姫様の捜索が打ち切られちゃう。



 姫様がどんな理由で消えたか――自分の意思でか、誰かに連れ去られたか、そそのかされたか――それはまだわからないけど。

 でも絶対、このまま身代わり演じてちゃダメだよね?



 ……たぶん、信じてはもらえないだろうけど。

 勇気を出して、本当のことを話そう。


 でなきゃ、姫様の行方を知る手掛かりが、どんどんなくなってっちゃう気がする。



「あ、あのね。私、みんなに話さなきゃいけないことがあるの。騎士さんも聞いて?」


 私はカイルさんの肩に手を置き、顔を覗き込んだ。


「――っ!」


 彼は驚いたように目を見開き、私をじっと見返してきた。


 騎士さんの瞳の色は、綺麗なコバルトグリーン。髪は蒸栗色(むしくりいろ)(淡い、僅かに緑掛かった黄色)で、ふわふわと柔らかそう。

 歳はたぶん、私と同じくらいか、もうちょっと上……かな?



 想像以上に、綺麗な顔立ちをしていたものだから、つい、まじまじと観察してしまった。

 すると、騎士さんが急に厳しい顔つきになって、


「あなたは……誰だ?」


 まっすぐ私を見つめ、低い声で訊ねた。


「……え?」


 いきなりの問いかけに、一瞬、息が止まった。


「カっ、カイル、何を申しておる!? 姫様に対し無礼であろう!」


 セバスチャンが慌てて割って入ってきたけど、カイルさんは厳しい顔つきを崩すことなく言い切った。


「セバス様、騙されてはなりません。この方は姫様ではございません!」


「ピッ!?」


 どうやらセバスチャンは、驚きすぎると鳥のような声が出るらしい。

 ――と言っても、見た目は巨大な鳥以外の何物でもないから、こっちの方が正しい声なのかもしれないけど。


「ピピッ、ピッ――な、何を馬鹿なことを! 姫様ではいらっしゃらないとするならば、いったいどなただと申すのだ!?」


「それはわかりません。ですが、この方が姫様ではないことだけはわかります」


 キッパリと断言し、カイルさんは厳しい目で私を見据えた。


「さあ、答えてください。あなたはいったい何者なのですか?」



 うぅ……視線が痛い。

 ごまかしたいけど、どうにもなりそうもないな、これ……。



「カイル。姫様は今、記憶を失くしていらっしゃるのだ。そのような問いには、お答えできぬ状態なのだぞ」


 セバスチャンが翼をバタつかせながら、私をかばってくれている。


「記憶が?……まことでございますか?」


「うむ。まことである」


 再び私に向けられたカイルさんの視線は、どこまでもまっすぐだ。



 うぅ……っ。

 そんな綺麗な瞳で見つめられても困る。


 でも目をそらすと、余計に怪しまれちゃう気がするし……。



「あのね。さっきも言ったけど、私、話さなきゃいけないことがあるの。記憶のことも、全部ちゃんと話すから……まずは、部屋に入らない?」


 場の雰囲気を和ませるため、ぎこちない笑みを浮かべて言ってみる。


「さ、さようですな! ここはひとまず、姫様のお部屋へお邪魔させていただきましょう」


 セバスチャンもコクコクとうなずき、一同をとりなすように見回した。


「……承知いたしました。そういうことでしたら――」


 カイルさんもうなずいてくれたけど、その瞳には、まだ強い疑念が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ