第4話 騎士見習いの少年
しばらく無言で歩き、姫様の部屋まであと少し――というところで、アンナさんとエレンさんの姿が見えた。私に気付いた二人が、深々と頭を下げる。
「――あれ?」
二人の他に、片膝をついてお辞儀をしている、騎士のような人もいた。
「おお、カイル。戻っておったのか」
セバスチャンが声をかけると、その人――カイルと呼ばれた男性が返事をした。
「はい。姫様はご無事であらせられましたご様子。安心いたしました」
丁寧な口調に慣れてないのか、どこかぎこちないしゃべり方に思えた。
「姫様、ここに控えている者はカイル――カイル・ランスと申しましてな。少し前より、姫様専属の護衛に任命されました、騎士見習いにございます」
「え? 専属の護衛? 騎士……見習い?」
私は初めて見る〝騎士〟の姿に、少しワクワクしながら目を向けた。
うつむいていて顔は見えないけど、声の感じやぎこちない敬語で、まだ若い人のような気がした。
「えっと……。どうして、ずっと下向いてるの?」
「お許しをいただくまで、顔を上げてはいけない決まりでございます。姿勢を元に戻させてもよろしいでしょうか?」
「もちろん! 片膝ついてるのも、やめてもらっていいかな? 同じくらいの目線で、顔見て話したいから」
「承知いたしました。――カイル。姫様もこう申されておる。立ってご挨拶を」
「は――!」
騎士さんはすっくと立ち上がり、顔を上げて私を見つめた。その顔はちょっと強張っていて、緊張しているような印象を受けた。
「姫様、よくぞご無事で……。姫様にもしもの事があったらどうしようかと、俺――いや、私は……」
そう言ってうつむく彼の頬に、スッと一粒、透明な液体が流れ落ちたように見えた。
……ん? 涙?
気になって、少し体を屈めて覗き込もうとしたら、私の目から逃れるように、深くうつむいてしまった。
「姫様が行方不明になってしまわれた後、私は、至急国王様にご報告し、カイルに命を下して、城の内外を捜索させておったのです」
セバスチャンの言葉に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
騎士さんもセバスチャンも、アンナさんエレンさん、そして国王様も……姫様が無事に戻ったって、ホッとしてる。
でも、ここにいるのは本当の姫様じゃない。
本当の姫様は、今もまだ、どこかで……。
――ダメだ!
やっぱり、黙ってちゃいけない。
勘違いされたままにしておいたら、姫様の捜索が打ち切られちゃう。
姫様がどんな理由で消えたか――自分の意思でか、誰かに連れ去られたか、そそのかされたか――それはまだわからないけど。
でも絶対、このまま身代わり演じてちゃダメだよね?
……たぶん、信じてはもらえないだろうけど。
勇気を出して、本当のことを話そう。
でなきゃ、姫様の行方を知る手掛かりが、どんどんなくなってっちゃう気がする。
「あ、あのね。私、みんなに話さなきゃいけないことがあるの。騎士さんも聞いて?」
私はカイルさんの肩に手を置き、顔を覗き込んだ。
「――っ!」
彼は驚いたように目を見開き、私をじっと見返してきた。
騎士さんの瞳の色は、綺麗なコバルトグリーン。髪は蒸栗色(淡い、僅かに緑掛かった黄色)で、ふわふわと柔らかそう。
歳はたぶん、私と同じくらいか、もうちょっと上……かな?
想像以上に、綺麗な顔立ちをしていたものだから、つい、まじまじと観察してしまった。
すると、騎士さんが急に厳しい顔つきになって、
「あなたは……誰だ?」
まっすぐ私を見つめ、低い声で訊ねた。
「……え?」
いきなりの問いかけに、一瞬、息が止まった。
「カっ、カイル、何を申しておる!? 姫様に対し無礼であろう!」
セバスチャンが慌てて割って入ってきたけど、カイルさんは厳しい顔つきを崩すことなく言い切った。
「セバス様、騙されてはなりません。この方は姫様ではございません!」
「ピッ!?」
どうやらセバスチャンは、驚きすぎると鳥のような声が出るらしい。
――と言っても、見た目は巨大な鳥以外の何物でもないから、こっちの方が正しい声なのかもしれないけど。
「ピピッ、ピッ――な、何を馬鹿なことを! 姫様ではいらっしゃらないとするならば、いったいどなただと申すのだ!?」
「それはわかりません。ですが、この方が姫様ではないことだけはわかります」
キッパリと断言し、カイルさんは厳しい目で私を見据えた。
「さあ、答えてください。あなたはいったい何者なのですか?」
うぅ……視線が痛い。
ごまかしたいけど、どうにもなりそうもないな、これ……。
「カイル。姫様は今、記憶を失くしていらっしゃるのだ。そのような問いには、お答えできぬ状態なのだぞ」
セバスチャンが翼をバタつかせながら、私をかばってくれている。
「記憶が?……まことでございますか?」
「うむ。まことである」
再び私に向けられたカイルさんの視線は、どこまでもまっすぐだ。
うぅ……っ。
そんな綺麗な瞳で見つめられても困る。
でも目をそらすと、余計に怪しまれちゃう気がするし……。
「あのね。さっきも言ったけど、私、話さなきゃいけないことがあるの。記憶のことも、全部ちゃんと話すから……まずは、部屋に入らない?」
場の雰囲気を和ませるため、ぎこちない笑みを浮かべて言ってみる。
「さ、さようですな! ここはひとまず、姫様のお部屋へお邪魔させていただきましょう」
セバスチャンもコクコクとうなずき、一同をとりなすように見回した。
「……承知いたしました。そういうことでしたら――」
カイルさんもうなずいてくれたけど、その瞳には、まだ強い疑念が宿っていた。