第5話 塔の上にて
「王子――っ!」
塔のてっぺんに着いたとたん、大声で呼びかける。
……当然、そこには誰の姿も見当たらず……。
「……だよね。いるワケないか……」
ガックリと肩を落とした後、念のため、もう一度周囲を見回す。
……何もない。ホントに何もない。
隠れる場所すらないんだから、見回したってムダだった。
……わかってたけど。
わかってたけど、つい――さ……。
ため息をついた後、夜空を見上げる。
……綺麗……。
昨夜の月も綺麗だったけど、今夜の月はそれ以上かもしれない。
……この月も、王子と一緒に眺めたかったな。
未練がましいことを考えながら、何気なく石壁の上から顔を突き出し、塔の外側を見下ろした。
「……え? あれって……王子とカイル?」
最初は誰だかわからなかったけど、よくよく目を凝らすと、月光のお陰で彼らだと認識できた。
中庭みたいなところで、少し距離を置いて向かい合っている。
あんなところで……二人して、何してるんだろう?
当然、そんな疑問が浮かんだけど。
遠すぎて、どんな表情をしてるのかすらわからなかった。
すぐに塔を下りて、あの場所に行きたかった。
でも、どこをどう行ったらあそこに辿り着くのかがわからないんだから、どうしようもない。
ああ……。
やっぱり方向オンチってヤツは……方向オンチってヤツはぁあっ!
自分の不甲斐なさに歯がみしつつ、両目をギュッと閉じる。
それから改めて二人の方に目をやると、カイルに背を向け、王子が一人で城内に向かってくるところだった。
カイルは? と思って視線を後方に移す。
彼は王子の背中を見送ってでもいるのか、その場でじっとたたずんでいた。
いったい、何の話をしてたんだろう?
二人が一緒にいたってことは……王子がわざわざカイルを呼び出した、ってことだよね?
カイルの方から王子を呼び出すなんてこと、あるわけないし。
……でも、どうしてカイルを?
用事なら、セバスチャンに頼めばいいじゃない?
う~ん……。
昼間の王子の言動から受けた印象だと、カイルのこと気に入ってるっぽかったから……。
もしかして、『我が国に来て、私専属の騎士になる気はないか?』って、スカウトしてたとか?
……だったら、ちょっと困るけど……。
でも、カイルがそうしたいってことだったら、私が引き止める権利もないしなぁ……。
――なんてことをつらつら考えているうちに、カイルも中庭を後にしたらしい。
もう一度覗いてみた時、彼の姿は消えていた。
あー……どうしよう。
二人が何を話してたのか、すっ……ごく気になるっ!
いっそ、ここから飛び降りて――直接、中庭に行ければいいのに。
……まあ、実際やったら……確実に死んじゃうだろうけどね……。
ため息をつき、空を仰ぐ。
ポッカリ浮かんだ月と、キラキラと無数に輝く星々が、泣き出したくなるくらい綺麗で……。
私はしばらく、しみじみと見入ってしまっていた。
ここから見える星や月は、あっちの世界と違うのかな?
全く同じ……であるはずないよね?
せめて、星座に詳しかったらなぁ……。
私が知ってる星座なんて、オリオンと北斗七星、カシオペヤ。……これくらいだもん。
残念ながら、今見上げている夜空には――その中のひとつすら、ありはしなかった。
「……なんか、肌寒くなってきたかも」
ポツリとつぶやき、自分の体を抱き締めたとたん、ブルルッと震えが走る。
そろそろ部屋に戻ろうかな?
いつまでも一人でこんなとこにいたって、いいことなんてあるはずないし。
そう思い、くるりと方向転換して階段に向かおうとした時だった。
突如、目の前に大きな影が立ちふさがり、私は短い悲鳴を上げて体を小さく丸めた。
「……リア? 何故、君がここに?」
「へっ?……あ」
――王子だった。
月の光に照らされて……驚いたような顔をして、私の前に立っていた。
「あ、あの――」
私が口を開いたとたん、王子はハッとしたように目を見張り、気まずく視線をそらして、
「すまない。君がここにいるとは思わなかった。……失礼したね」
なんて言葉を漏らすと、私に背を向けて立ち去ろうとした。
「なっ、ちょ――っ!……ちょっと待ってくださいっ!」
焦った私は慌てて手を伸ばし、王子の服の裾を掴んだ。
彼はそれに気付くと、立ち止まってはくれたけど……ちらともこちらを見てくれず、背を向けたままで……。
「どうして……。なんで私を避けるんですか? 私っ――私が何か、気に障るようなことしちゃったんなら謝ります! だからそんな……避けたりとかしないでくださいっ!」
今度は両腕で王子の左腕にしがみつく。
逃げられたくなかったから、なんだけど……。
我ながら、ちょっと大胆だったかも……なんて、今さらながら思ったり……。
「……君は何か思い違いをしている。私は、君を避けたくて避けているわけではないんだ。ただ……」
「――ただ?」
緊張のせいか、腕に力が入ってしまい――ますます王子の腕を締め付けてしまった。
王子は一瞬、困ったような顔をして……小さくため息をつくと。
「リア。君は本当に警戒心が足りないね。君がそんな風だから、私は……」
王子の大きな手のひらが、私の頬に触れた。
彼は切なげに眉根を寄せ、幼い子に言い聞かせるように切々と訴える。
「昼間言ったはずだよ。男にもう少し警戒心を持ってくれと。まだわかっていないようだね」
「え?……だって、ここには私と王子しか……」
何気なく口にしたことだったけど、すぐさま後悔した。
王子の顔色が見る間に蒼白くなっていき――。
「私は、君の中では『男』として認識されていない。……そういうことか?」
「――え?……あ、いえっ。そういうワケじゃ――」
……怖い。
こわばった王子の顔を見ていたら、そんな思いが急激に胸を満たした。
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