第4話 姫君は方向オンチ
王子に会いに行くため、私は大急ぎで夕食を終わらせた。
「ごちそーさまでしたっ」
両手を目の前で合わせ、ペコリと一礼してから立ち上がると、三人はギョッとしたように目を見開く。
「姫様? 『ゴチソーサマデシタ』とは、いったい……?」
「え?……あれ? ここでは言わないんだっけ、ごちそうさま?」
「……はぁ……?」
「えーと……。あっちの世界の――私がいた国での、食事が終わった後の挨拶みたいなものなの。美味しい料理をありがとうございました、って感じの意味だったと思うけど……。あ、ちなみに食べる前には『いただきます』って言うんだよ。昨日も今日も、言うの忘れちゃってたかもしれないけど」
「さ……さようでございますか……」
三人は感心したようにうなずいている。
う~ん……?
こういうのってやっぱり、日本だけの風習……なのかな?
……ま、まあいっか。
それより、急がなきゃ。
王子が眠っちゃう前に、どうしても話がしたい――!
「じゃ――っ、じゃあセバスチャン。私、あの……食後の散歩に行ってくるね?」
「――は? 食後の散歩……でございますか?」
「う、うん……。えっと、ちょっとお腹いっぱいになっちゃったから……軽い運動、っていうかさ。……アハハッ」
「はあ。軽い運動でございますか……。では、時間外ではございますが、カイルをお呼びいたしましょう」
「えっ? あ。ううん、大丈夫! 散歩くらい一人で行けるからっ」
王子に会いに行くだけなのに、わざわざカイルを呼ぶなんてとんでもないよ!
彼だって、今頃は夕食の時間なのかもしれないし、自室で寛いでるのかもしれないし……。
とにかく、こっちの勝手な都合で時間外に呼び出して、ムリヤリ働かせるようなブラック企業――もとい、ブラック主人にだけはなりたくない!
心配するセバスチャンをどうにか説得して、私は一人で部屋を出た。
正直に『王子に会いに行く』って言えばよかったんだろうけど……なんだか恥ずかしいし……。
ヘタしたら、『では、私もご一緒に』とかって言い出しそうだもんね、セバスチャンったら。
……あ、いや……。
セバスチャンが一緒じゃマズイってことでもないんだけど……やっぱり恥ずかしいし……。
何が恥ずかしいの? って訊かれたら、私もよくわからないんだけど。
でも、その……王子の前だと私……時々、自分でも思ってもいなかったような行動、取っちゃうことあるから……。
……うん。
たぶん、それをセバスチャンに見られるのが嫌なんだろうな……。
「……そうだよ。そう言えば今日だって、セバスチャンってば木の上で私たちの話、こっそり聞いてたりして……。むうぅ~……。まったく、油断も隙もないんだから!」
思わず独り言をつぶやいて、その場でバンバンと地団駄を踏む。
「ああもうっ、何度思い出しても恥ずかしいっ! セバスチャンのバカバカっ!……って、いやっ、こんなことしてる場合じゃないんだってば! 早く王子に会いに行かな――っ、……きゃ……?」
……あれ?
王子の泊まってる客間……って、どこだったっけ……?
……あれ?
えっと、確か……カイルと一緒に部屋から出た時は、あっちの方からこっちの方へ……歩いてきたんじゃなかった……?
……あれ?
あれあれ?
えっと……私の部屋があっちで……あの時、あの角を曲がって……この廊下をまっすぐ行って部屋に戻ったんだから……こっちの方向でいいはず、なんだけど……。
う――……ヤバイ。
完全に迷った――!
うぅ……仕方ない。
わからないまま歩き回って、部屋に戻れなくなったら大変だし。
今日のところは諦めて、大人しく部屋に戻ろう――。
王子には朝イチで会いに行けばいいかと思いながら、くるりと方向転換し、私はトボトボと歩き出した。
……ああ……情けない。
これだから、方向オンチは嫌だよ。
こんなに早く戻ったら、『おや? もうお散歩からお戻りに?』とかって、セバスチャンにキョトーンとされちゃうじゃない!
……うぅっ。
もう、最悪……。
大きなため息をつく私の視界の端に、その時、見覚えのある階段が映った。
……あ。
そっか、あの階段……。
昨夜、王子と一緒に行った塔へと続く階段が、この上の階にあるんだっけ。
……また、行ってみようかな?
このまま戻るのも、なんだかマヌケだし……。
「うん、そうだよね。このまま何もしないで帰るのも……ね」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、私は予定を変更して塔へと向かった。
塔まで続く階段は、結構段数多かったけど……途中で分かれてるわけでもなかったし、大丈夫だよね。
らせん階段を、ひたすら上っていけばいいだけだもん。
……それに、もしかしたら。
今日も、王子がいるかもしれないし……。
微かな期待を抱きながら、らせん階段を見上げて一歩一歩進んでいく。
上っている間は、ずっと心臓がドキドキしていた。階段のキツさのせいというよりも、『王子に会えるかも』という期待感が大きかったためかもしれない。
王子に会いたい。
……そう。
単純に私……王子に会いたいんだ。
一緒にいられるリミットが迫ってるから……余計にその思いが強くなっちゃってるんだよね。
明日までに――ううん、なんとしても今日のうちに話をしなきゃ。
次、いつ会えるかわからないのに。
ただ『さよなら』だけ言ってお別れ――なんて、絶対に嫌だよ。
王子に会いたい。今すぐ会いたい!
今夜じゃなきゃダメ。
明日じゃもう、ダメなの――!




