第3話 王子の事情
私はエレンさんの言っている意味がすぐには呑み込めず、困惑して、ただ見返すことしかできなかった。
『大丈夫』って……何が大丈夫なの?
エレンさんは、いったい何のことを言ってるの――?
「差し出がましいとは存じましたが、もし、姫様がギルフォード様のことで思い悩んでいらっしゃるのでしたら……どうか、ご心配なさらないでくださいませ。ギルフォード様が今夜ここへお出でにならなかったのは……『共に長くいればいるほど、別れが辛くなる』と思っていらっしゃるからでございます。決して、姫様とご夕食を共になさりたくないからではございません」
「え? 別れが辛くなるから?……王子がそう言ったの?」
「はい。先ほど、ご夕食はいかがなさいますかとお伺いしに参りました時に。『君たちの姫君は、大変魅力的だからね。これ以上共にいたら、私の国にさらっていきたくなってしまうだろう。申し訳ないが、今日はこちらに用意してくれないか』と……そのようにおっしゃっていました」
「……私をさらって?……って……」
またそんな、大げさなこと言って……。
しかも、エレンさん相手に。
まったくもう!
いちいち、恥ずかしいこと言わないでほしいんだけどっ?
私は一気に赤面し、照れ隠しにアハハと笑った。
「ホントにもう。何ワケわかんないこと言ってるんだろうね、あの人? さらうとか何とか、そんな物騒なことしなくたって。隣の国なんだから、会いにいこうと思えばいつだって会いにいけるのにね?」
同意を求めてエレンさんを見つめると、彼女は困ったように眉尻を下げ、そっと私から目をそらした。
「……あれ?……エレン……さん?」
急にどうしたんだろうと目をパチクリしている私に、側にいたセバスチャンが言いにくそうに告げる。
「姫様。隣国とは申しましても、そうも容易に事は進まぬのでございます。一国の王子にお会いになる、しかも直接お会いになりたいとのことですと、まずは書状にその旨をしたため、お送りしなければなりません。書状は我が配下に運ばせますれば、半日と経たぬうちに届きますものの……国王陛下には多くのお務めがございますので、すぐにお読みいただけるとは限りませんし……」
「えっ?……でも、王子がこっちの国にくる前に出した書状は、すぐに国王様に読んでいただけてたじゃない」
「今回は、たまたま運がよろしかっただけでございますよ。クロヴィス国王陛下も、大変お忙しいお方でございますからな。それと……ギルフォード様の今回のご行為は、普段でしたら不躾であるとされ、書状も、読まずに突き返されていてもおかしくなかったのでございますぞ?」
「ええっ、そうなの!?……でも、どうして? ちゃんと手紙――書状は出したのに、何が不躾ってことになっちゃうの?」
「書状の返信もお受け取りにならないうちに、ギルフォード様がご訪問なさったことが――でございますよ。今回は、お受け取りになったのがギルフォード様をご幼少のみぎりよりよくご存知でいらっしゃる、陛下であらせられましたからこそ、お許しいただけたようなものなのです。もしもお相手がギルフォード様以外のお方でしたら、門前払いされていたところでございます」
「も、門前払いっ?……そ、そう……なんだ……」
……そっか。
今回、王子とすんなり会えたのは……国王様が寛大な人だったから、ってことなのか……。
もし、書状を受け取って読んだ時に、『いきなり書状をよこしておいて、返事も待たぬうちに訪問するだと!? なんと不躾な!』ってことで、国王様が書状を破り捨てて、『リアには絶対会わせるな!』って命令を出してたとしたら……。
王子は門前払いされちゃってて、私と会うこともなかったんだ……?
……あ。
でも、王子が城に着く前に、森で鉢合わせしちゃってたんだから……会えてなかったってことはないのか。
……うん。
一応、会えてはいたんだよね?
会えてはいたけど……国王様が『城に入れるな』って命令を出してたとしたら、そこでお別れ……ってことになってたんだろうし。
私が王子を好きになることも……なかったのかもしれない。
そう考えたら、国王様には感謝しなきゃいけないよね……。
ありがとう、国王様。
私と王子を会わせてくれて……。
「姫様? いかがなさいました?」
怪訝そうにセバスチャンに訊ねられ、私はハッと我に返った。
「あ……。ごめんごめん。ちょっとボーッとしちゃってた」
慌てて笑ってごまかすと、セバスチャンは顔を横に傾け、じーっと私を見つめる。
何を考えていたのかと訊かれたら面倒なので、私は彼から目をそらし、
「と、とにかく、今日は王子はここにこない――ってことでいいんだよね? だったら、さっさと食べちゃおっかな!」
わざと大声で宣言した後、改めて、横で手を握ってくれていたエレンさんに視線を戻した。
「ありがとう、エレンさん。あなたのお陰で落ち着くことができたよ。……本当にありがとう」
手の震えは、いつの間にか治まっていた。
エレンさんはホッとしたように微笑むと、私の手を膝の上に戻し、
「不躾にお手を取るなどと……大変失礼いたしました。どうかお許しくださいませ」
そう言って立ち上がり、深々と一礼した。
「そんな……震えが止まったのもエレンさんのお陰なんだし、謝る必要なんてないよ。……えっと……それより、早く食べちゃわないと、みんなも片付かなくて困っちゃうよね」
王子がいないせいで、私の元気がない――みたいに思われたくなくて。私は半ば無理やり、口の中に食べ物を詰め込み始めた。
「ひ、姫様っ。そのようにたくさん、一度に召し上がられましては……喉に詰まらせてしまいますぞっ?」
隣でセバスチャンがピーピー言ってたけど、それにはモグモグしながらうなずいてみせるだけで、サラッと流し――。
私はただ黙々と食事を続けた。
こうなったら、なるべく早く食べ終わらせて、王子のところにいかなくちゃ。
だって、もう時間がないんだもの。王子は明日、帰っちゃうんだし……。
早く――ちょっとでも早く、会いに行かなきゃ!




