第3話 優しい国王様
「陛下、姫様をお連れいたしました」
セバスチャンが大きくて重厚な感じの扉の前で、中に向かって呼びかける。
「うむ。――入れ」
よく響くシブイ声が聞こえて、思わずドキッとした。
いかにも〝王様〟って感じの、威厳のある素敵な声。
扉がギギィと音を立てて開くと、家来の人がかしこまった感じで一礼し、サッと扉横へと身を引く。
「さ、姫様」
セバスチャンに促され、私は王様の待つ部屋へと足を踏み入れた。
家来の人が再び一礼して部屋を出ると、扉が静かに閉じられる。
「陛下。姫様がご無事で戻られましたぞ」
セバスチャンの声に、王様がゆっくりと振り向いた。
うわっ、見た目も完璧に〝王様〟だ。
髪も服も髭も、まるで絵本から抜け出てきたみたいにイメージ通り。
……ってか、やっぱりおかしくない!?
こんな西洋顔の人の娘に、私が似てる?……あり得ないでしょ!
王様の口が、今にも『誰だ、この娘は?』って風に動く気がして、ヒヤヒヤしていると、
「リナリア。誠に……おまえなのだな?」
疑っているようにも思える言葉に、ドックンと心臓が跳ね上がった。
やっぱりバレてる!?
――ほらっ。セバスチャンの目、節穴決定じゃない!
ちょっと、どーしてくれるのよっ!?
焦ってセバスチャンに目を移すと、彼は少しも動じずにうなずいた。
「さようでございます、陛下。リナリア様でございます」
王様はゆっくりと近付いてきて、おもむろに両手を伸ばし、大切なものを包み込むかのようにして私の両頬に触れた。
「リア、よくぞ無事で……。よく戻ってきてくれた」
涙ぐむブラウンの瞳に、キュウッと胸が締め付けられる。
瞬間、両親と晃人の顔が浮かんだ。
みんなも、きっと心配してるよね……。
やっぱり、一刻も早く帰らなきゃ!
「あの、私――」
「セバスから話は聞いた。記憶を失くしているそうだな」
「あ、はい」
「案ずるな。ゆっくり思い出していけばよいのだ。のう、セバス?」
「はい。仰せのとおりにございます」
セバスチャンも静かにうなずく。
王様は私の頭をなで、穏やかな笑みを浮かべた。
「リア、今日はもう休みなさい。煩わしいことは考えず、ゆっくりとな」
「は……はい」
私はぺこりと頭を下げ、セバスチャンに先導されて部屋を出た。
……なんか、あっと言う間だったな。
結局、全然疑われてなかったみたいだし。
――ってことはやっぱり、実の父親が見分け付かないくらい、『姫様』と私は似てるってこと?
イマイチ納得いかなくて、首をかしげていると。
ペッタペッタと足音を立てながら、セバスチャンが近付いてきた。
「いかがなされました、姫様?」
「……うん。私って、そんなに姫様に似てるのかなぁって」
「は?……姫様、まだそのようなことを……。姫様は、誰がどうご覧になりましても、ザックス王国国王、クロヴィス・ザクセン・ヴァルダム陛下の第一王女、リナリア・ザクセン・ヴァルダム様でございます。記憶がお戻りにならず、不安もございましょうが……どうか、この爺を信じてください」
信じろって言われても……。
姫様じゃないってことは、私が一番よくわかってるしね。
「リナ……リア、だっけ? 姫さ――私の名前って?」
「はい。リナリア様でございます。陛下はリアと呼んでおられますが」
「リア――リナリア、か。……えーっと……リナリア、ザク……ザク……?」
「ザクセン・ヴァルダム。リナリア・ザクセン・ヴァルダムでございます」
「リナリア、ザクセン、ヴァ……ヴァル、ダム。……言いにくい名前だね」
「言いにくい?……さようでございますか?」
「ねぇ、セバスチャン?」
「セバスティアンでございます、姫様」
恨めしそうなセバスチャンの声。
でも、私はそれをさらっと流して、
「これから私のこと、『桜』って呼んでくれない?」
真正面からお願いしてみた。
「さくら……でございますか? そう申しますれば、先ほども、そのようなことをおっしゃっていましたな。何ゆえにそのような?」
「えーっと、だから……愛称? あだ名?……っていうか」
「愛称、でございますか」
――あ、よかった。通じた。
この世界にもあるのね、愛称。
「ですが私は、姫様ご誕生の折から、姫様と呼ばせていただいておるのですぞ? 何ゆえ、今頃そのような……」
「だっ、だからそれはっ!」
リナリアって名前も〝姫様〟って敬称も、本物の姫様のものだもの。
偽者の私が、何の罪悪感もなしに呼ばれてちゃ、いけないと思う。
かと言って、違う名前で呼ばれるのも落ち着かないし……。
「とにかく! これからは私のこと〝桜〟って呼んで!――わかった?」
「はぁ……。ご命令とあらば、そのように」
「うん。じゃあ、早速呼んでみて?」
「サ……サクラ様」
「はい、よくできました。アンナさんとエレンさんにも、そう伝えておいてくれる?」
「……かしこまりました」
しぶしぶって感じだったけど、セバスチャンはコクリとうなずいた。