第10話 降ってきたのは……
いきなり降ってきた物体に頭を直撃され、カイルさんはうつぶせに倒れ込んだ。
「キャーーーッ、カイルさん!……って……え? セバス……チャン?」
カイルさんの上にデデンと乗っかっている物の正体は、なんとセバスチャンだった。
「え……どういうこと? 今までどこにいたのよ、セバスチャン?」
落ちてきた理由がわからず、私が呆れて訊ねると、ビクッとセバスチャンの体が揺れた。
彼はゆっくりと――ちょっとイラッとしちゃうくらいのスピードで振り返り、モゴモゴと弁解を始める。
「ど――、どこで何をと申されましても、その……私はただ、姫様とギルフォード様のお邪魔をしてはならぬと思いまして……。お二人に気付かれぬよう、そーっとこちらの木の上に……」
「木の上っ!? この木の上にずーっといたのっ!?」
セバスチャンが降ってきた辺りを見上げ、背後の木をポンポンと叩きながら確認する。
「……は、はい……。申し訳ございません……」
彼は大きな体を縮こませ、蚊の鳴くような声で肯定した。
え……えぇえーーーッ!?
……ずっと?
ずっとってことは……王子にプロポーズされてた時も、ずぅううーーーっと木の上で見てた……ってこと!?
なっ……何それ!? 恥ずかし過ぎる……っ!
「もうっ! セバスチャンっ!?」
「ピャ!――も、申し訳ございませんっ! 申し訳ございません申し訳ございませんっ! お許しください、姫様ぁ~~~っ!」
照れ隠しに怒ってみせる私に、セバスチャンは翼で頭を抱えるようにして、ひたすら謝り続けている。
「もうっ、バカ! セバスチャンのバカバカっ! 次、また同じことしたら絶対許さないんだからねっ?」
「はいっ、いたしません! 二度といたしませんので、どうかご容赦くださいませ~~~っ!」
「……う~……。ホントにしょうがないなぁ……」
呆れるまま腕を組み、じとっとセバスチャンを見つめる。
すると今度は、彼の下敷きになったままのカイルさんが目に入り、私は一瞬にして青くなった。
「ああっ、ごめんなさいカイルさん! 私ったら、すっかり忘れて……って、ちょっとセバスチャン! 早くそこどいてっ!」
急いでセバスチャンをどかし、カイルさんを抱き起こす。
「カイルさん、大丈夫!? ねえっ、カイルさんってば!」
顔をペシペシ叩いても、体をガクガク揺らしても、彼は全く反応しない。
私はますます青くなり、
「どうしよう、全然反応しないよ!?」
とセバスチャンに救いを求めた。
とたん、彼はビクッと跳び上がり、
「ももっ、申し訳ございませんっ! 私めが足をすべらせ、カイルの上に落下してしまったばかりに、このようなことに……っ」
ひたすら恐縮して、ペコペコと頭を下げている。
「謝る相手は私じゃなくて、カイルさんでしょ!? それに今は、謝るよりお医者さんか看護師さんを呼ぶ方が先……って言っても通じないか。とにかく誰でもいい! カイルさんを助けられるような人を呼んできてっ!」
「はっ、はい! かしこまりました!」
大きく翼を広げ、バッサバッサと飛んでいこうとしたセバスチャンを、
「その必要はない、セバス!」
それまで静観していたらしい王子が引き止め、私は驚いて振り返った。
「私が彼をアルフレドに乗せて、城へ戻ろう。リア、君はここで待っていてくれ。彼を送り届けたら、すぐ迎えにくる」
必要はないだなんて、どうしてそんなこと言うんだろうと思ったら……なんだ、そういうこと。
自分が城まで連れていくから、誰も呼ぶ必要はない――って意味だったのね。
「ありがとうございます! 私は一人でも大丈夫ですから、早くカイルさんを運んであげてください!」
ホッとして早口で告げると、サッと王子の顔色が変わった。
……ように、見えたんだけど……。
私が一瞬ひるんだ隙に、王子は素早く私の腕から自分の腕へとカイルさんを移し、軽々と抱き上げた。
ええっ?……すごい!
自分とそれほど変わらない背丈の男性を、ああも簡単に抱き上げちゃうなんて!
感心して見守る私をよそに、王子はカイルさんを馬の背にうつぶせの状態で騎乗させると、また馬上の人になった。
「セバスがいるのだから問題ないだろうが、森で迷ったら大変だ。私が戻るまで、ここでじっとしているんだよ? いいね?」
厳しい顔で言いつけられ、素直にうなずく私に、王子はようやく和らいだ表情を見せてくれた。
それから『はっ!』というかけ声を発し、アルフレドと共に颯爽と駆けていく。
王子の姿が見えなくなるまで見送っていた私は、これでひとまず安心かなと息をついた。
だってカイルさん、外傷はなかったみたいだし。
脳とかに異常が見つからなければ、特に問題はないはず……だよね?
……ん?
でも、ちょっと待って?
この世界の医学って、脳の異常を調べるとか、そんなレベルにまで達してたりするのかな?
今までの印象だと、医学が進んでるような世界には思えなかったけど……。
だって、手紙を鳥に託して届けさせたりする世界なんだよ?
携帯、スマホはもちろんのこと、コンビニだってデパートだってないだろうし。(もしあったら、それはそれで驚きだけど)
水道は一応あるみたいだけど、どの程度使えるものなのか、まだよくわかってないし……。
とにかく、旧時代の雰囲気、かもし出し過ぎてる世界なのに。
うわぁ……めっちゃ心配になってきた。
王子には戻るまで大人しく待ってろ――みたいなこと言われちゃったけど、やっぱり今すぐ戻った方がいいのかな?
……でも戻ったところで、私にできることなんて何もないんだよね。医学に詳しいわけでもないし。
ましてや、脳内のことなんてわかるわけないもんね。
そう思い直した私は、素直に王子の言うことを聞き、彼が戻るのを待つことにした。




