第8話 寂しさよりも
私は大きく深呼吸すると、まっすぐにカイルさんを見つめた。
そして、カイルさんがいない間にあったこと――神様に会って、事実を知らされたこと――全て話した。
途中、何度も言葉に詰まったり、うまくまとめられなくて、話があっちこっち飛んだりしちゃったけど。
それでもカイルさんは、辛抱強く、ところどころ質問を挟んだりしながら真剣に聞いてくれた。
カイルさんにとっては、すごくショックな内容だったと思うのに……。
最後まで、一切取り乱すことなく聞いていてくれた。
「ごめんね、カイルさん。せっかく、桜さんのために一生懸命頑張って、姫専属の護衛になったのに。……なのに、私なんかが本当の姫だったなんて……」
「そんな! どうしてサクラさ――いえ、姫様が謝罪なさる必要があるのですか?……確かに、私はあの方をお守りしたいと思い、護衛になれるよう努力しました。しかし、それは……あの方がいつも孤独で……お寂しそうに見えたからです。あの方が本来いるべき場所に戻られ、幸せにお過ごしでいらっしゃるのでしたら……それが何よりではありませんか」
「それはそうだけど……。でも、ホントにいいの? 桜さんのこと、好きだったんでしょう?……もう二度と、会えなくなっちゃうかもしれないんだよ? 神様にお願いしたって、聞いてくれるとは限らないし……。聞いてくれたとしても、神様の力自体、かなり弱くなっちゃってるみたいだから……」
……もう絶対、会えないかもしれないんだよ……?
私だって、もう向こうのお父さんにもお母さんにも、晃人にも……会えないかもしれない。
神様のこと、怒らせちゃったから……私がお願いしたって、もう……もうなんにも、聞いてもらえないかもしれない。
桜さんのこと考えたら、その方がいいんだってことはわかってるけど……。
それでもやっぱり、二度と会えないのは寂しいって……どうしても、そんな風に思っちゃうんだ。
……カイルさんは違うの?
もう二度と会えないとしても、平気なの――?
「姫様――あ、いえ……あの方のことが好きだったのかどうか……以前にもお話しましたが、私にはよくわからないのです。もしかしたら……こう言っては失礼だと思いますが、同情……だったのかもしれません」
「……同情?」
「はい。あの方をお守りしたいと思ったことについては、嘘偽りはありません。しかし、その気持ちが恋と呼べるものだったのかどうか……断言する自信は、正直、あまりないのです。あの方がこの世界ではなく、別の世界……本来いるべきところに帰られたと知っても、寂しいという気持ちよりも……どちらかと言うと、ホッとした――よかったといった気持ちの方が強い気がいたしますし……」
「……よかった? 寂しいよりも……『よかった』なの?」
「はい。〝よかった〟です。これでもう、あの方が……寂しい思いをせずに済むのですから。一人きりで涙を流されることも、きっとなくなるのでしょうから。……そうでしょう? 姫様がいらした世界の人々は……周りにいた人々は、優しい方ばかりだったんですよね?」
「え?――あ、うん。……うん。みんな、いい人ばかりだったよ。優しくてあったかくて……素敵な人ばかりだよ」
「……はい。あなたを――あなた様を見ていればわかります。ですからきっと、あの方は大丈夫です。ご自身の世界で幸せになれますよ。……本当によかった。よかったです」
そう言って、カイルさんは優しく微笑んだ。
その笑顔は、まるで春の日差しのように柔らかく、温かくて……何よりまぶしく感じられた。
……そっか。
この人は……カイルさんは、こういう人なんだ。
自分の寂しさを憂うよりも……大切な人が寂しさから解放されたことを、心から喜べる人なんだ。
「ホントに、カイルさんってば……」
どこまでも優しくて……いい人なんだなぁ……。
「え? 私が?……いかがなさいました、姫様?」
キョトンと見つめるカイルさんを、私は含み笑いで見返した。
「ううん、なんでもない」
「えっ?……なんでもない、ですか……?」
「うん。ホントになんでもないから、気にしないで?」
「……は、はあ……」
私の言葉を疑っているかのような顔つきで、カイルさんはかすかに首をかしげた。
……ごめんね?
からかってるわけじゃないんだけど……『いい人ですね』なんて伝えたところで、カイルさんは否定するだろうし。
もしかしたら、『バカにしてる』って思っちゃうかもしれないでしょう?
誤解されるのも怖いし、改めて口にするのも、なんだか恥ずかしいし……。
それに何より……嬉しかったんだ。
カイルさんみたいに良い人と知り合えたことも、これからも側にいてもらえることも。
……って、ん――?
――『これからも側に』――?
「……そっか。もう、そうとも限らないか……」
カイルさんは『桜さんを守りたい』って思ったから、護衛に志願したんだもんね。
『守るべき人』がいなくなっちゃったんだから、これからもずっと護衛でいてくれる保証なんて、どこにもないんだ……。
カイルさんは、急に黙り込んだ私を不思議そうに見つめている。
私は、彼がこの先も護衛を続けてくれる気があるのかどうか、確認することを決意した。




