第7話 不機嫌な騎士見習い
「えっと……。それでね、カイルさん。カイルさんに伝えなきゃいけないこと、なんだけど……」
「はい」
「その……伝えなきゃいけないことが、ホントにいっぱいあってね。えー……っと……長くなりそうだから、とりあえず顔上げて?」
「――はい」
「それで……。それから、そのぉ~……」
私はちらっと、横目で王子を窺った。
「あの……王子?」
「ん? なんだい、リア?」
「え~っと……。カイルさんと、二人だけで話したいことがあるんで……席、外してもらえませんか?」
「えっ?」
私からそんなお願いをされるとは思っていなかったのか、王子は目を見開いた。
いつもキリッとしている形の良い眉が、困惑したように八の字に近付く。
「……しかし、二人きりというのは――」
「お願いします!」
王子の言葉をさえぎって大声でお願いすると、私は思いきり頭を下げた。
カイルさんは、桜さんのことが好きなんだもの。
その彼女が、もうこの世界には戻ってこられないかも――って知ったら、やっぱりすごくショックだろうし……。
もしかしたら、取り乱しちゃうことだってあるかもしれない。
そんなとこ、王子には見られたくないと思うし……王子の前では、本音で話しにくいと思うんだよね。
だから……。
「お願いしますっ!」
大きな声で、もう一度。
受け入れてもらえるまで、頭は上げないつもりだった。
そんな私の雰囲気を感じ取ったのか、頭上で王子は深々とため息をつき、
「……わかった。君にそこまでされてしまったら、無下にはできないからね」
渋々といった感じだったけど、お願いに応じてくれた。
「ありがとうございますっ!」
勢いよく上半身を上げ、私は満面の笑みを浮かべる。
「ただし……」
王子はそっと、私の耳元に顔を寄せると、
「私が君に求婚している最中だったことを、忘れないで欲しい。……後でまた、私のために時間を作ってもらうよ。いいね?」
妙に艶っぽくささやき、私の頬に素早くキスをした。
「な――っ!……なな、な~~~……っ!」
びっくりして、金魚みたいに口をパクパクする私に、王子はにこりと笑いかけてウィンクする。
「アルフレドと、少し時間を潰してくるよ。それまでに話を終わらせておいてくれ。――カイル、リアを頼む」
「――は!」
カイルさんに一声かけ、ひらりとアルフレドに飛び乗った王子は、颯爽と何処かへと駆けて行った。
私は両手でキスされた方の頬を押さえ、呆気に取られたまま、遠ざかって行く王子の背中を見送る。
な……なんなの、あの人?
いっつも突然、変なことしてきて――!
……それに、ウィンクって……。
あんなキザなことする人、なかなかいないよね……?
恥ずかしいやら呆れるやらで、王子の去っていった方角をしばらくボーっと見つめていた。
すると、
「ギルフォード様と、ずいぶん親しくなられたのですね」
気が付くとカイルさんが横にいて、すごく厳しい顔つきで私を見つめていた。
なんだか、非難しているような……すごく冷たい眼差しで。
カイル……さん?
もしかして怒ってる――?
……でも、どうして……。
「しっ、親しいなんて、そんな――! 王子がやたらと私の反応面白がって、からかってくるだけで……。とっ、とにかく、べつに親しくなんかないですよ! 会ってからまだ二日ですよ? そんな早く、親しくなれるわけないじゃないですか!」
……ん?
会ってから二日――?
……そっか。
考えてみたら、王子と知り合ってから、まだその程度しか経ってないんだ。
この国に放り出されてからだって、二日しか経ってないってことだよね?
たった二日の間に、いろんなことがあったもんだから……なんだか信じられないけど。
……そっか。まだ二日。
……二日かぁ……。
「婚約というのは、どういうことなのですか? 姫様は、ギルフォード王子に婚約解消されたはずでは――?」
「え?……あ、あぁ、そのこと……。それは……ほらっ。なんていうか……えーっと……」
「サクラ様が姫様の代役をしていらっしゃる間に、王子の気が変わられた――ということなのですか? 本物の姫様ではないあなたに、恋をしてしまったと?」
「……へ?……いや、あの……」
「それでは、姫様が戻っていらした時に、また……また傷付くことになるのではありませんか? 姫様とあなたの違いに王子が気付いたら……再度、婚約解消ということになるのでは?」
「え? また姫様が傷付く?……って、それはないですよ。だって姫様は――」
――っと。
カイルさんに、まだ何も話してないんだから、通じるはずないんだった。
「えっと……だからね? まずは落ち着いて、私の話を聞いてもらいたいんです。これから話すことは、きっと……きっと、カイルさんを悲しませてしまうことになると思うけど……。でも、聞いてほしい。聞いてもらわなきゃいけないの」
「サクラ様……?」
桜さんを好きなカイルさんに。
実は、桜さんはこの世界の人じゃなくて……私の方が、この世界の人間なんだってことを。
そして、もしかしたらもう二度と……桜さんには会えないかもしれない、ってことを。
伝えなきゃいけないのは、辛い。
辛いけど……でも言わなきゃ。
だって一番辛いのは……カイルさんなんだから。
私はようやく真実を伝える覚悟を決め、カイルさんをまっすぐ見つめた。




