第4話 幼き姫との出会い
「あ――」
王子の話がまだ途中だったことを思い出し、私は彼に駆け寄って頭を下げた。
「ご、ごめんなさいっ! セバスチャンが急に泣き出すもんだから、気になっちゃって……。えっと、それで……王子は十年前、私を見かけたことがある……んでしたっけ?」
「……ああ。今でもよく覚えているよ。君に初めて会った日のことは、ね……」
王子はふっと微笑すると、昔を懐かしむような遠い目をして空を見上げた。
「聞かせてください。今度はちゃんと、最後まで聞きますから。――だよね、セバスチャン?」
「は、はい! もちろんでございますとも! 申し訳ございません、ギルフォード様。先をお続けくださいませ」
セバスチャンは慌ててうなずき、王子へと向き直った。
「まあ、改まって聞いてもらう話でもないが……私にとっては大切な思い出だ。それに、リアの記憶を取り戻すきっかけにでもなってくれたら――とも思うしね」
今度は子供のようにニッコリ笑うと、王子は十年前の思い出を語り始めた。
「私が婚約者の存在を知らされたのは、十歳の頃だったかな。隣国に姫がいるという話は、以前から聞いてはいたが……まさか、将来自分の妻になるかもしれない人だなんて、思ってもいなかったからね。初めは驚いたが……その頃はまだ、結婚というものがよくわかっていなかったから、拒絶のような感情は抱かなかったと思う。……ただ、その話を聞いてからというもの、姫のことで頭がいっぱいになってしまってね。会ってみたくて堪らなくなった。だから――ある時、こっそり城を抜け出して会いにいったのさ。将来、私の妻になるかもしれないという小さな女の子に――」
「城を抜け出して? 会いにいった……って……。え、どうやってですか? その時、まだ十歳だったんですよね?」
「ああ……それは、まあ……。協力者なしでは難しかっただろうが」
「協力者?」
キョトンとする私に向かい、王子は誇らしげに微笑んだ。
「君にセバスがいるように、私にもいるんだよ。常に側にいて、支えてくれている存在が……ね」
「支えてくれる存在……? その人が、城を抜け出すために協力してくれたってことですか?」
「そうだよ。初めは反対されたが、根気よく説得したら、渋々承知してくれたんだ。――まあ、たとえ反対され続けていたとしても、どうにかして実行していたと思うけれど」
「……なるほど。昔っから、そんな感じの人だったんですね……」
私はゲンナリして、ため息まじりにつぶやいた。
「ん? 『そんな感じの人』とは……?」
「……いえ、なんでもないです。お気になさらず、先を続けてください」
こんなどうでもいいことで、話を中断されたくない。
私はへららと笑って、先を促した。
「そうかい?……ええと……そういうわけで、協力者のお陰もあって、私は無事に城を抜け出し、アルフレドと共にこの国に向かったんだ。最初は本城の方を目指していたんだが……突然、この辺り騒がしい声が聞こえてきてね。気になったから、アルフレドを側にあった木に繋いで待たせておき、一人で声のする方へ歩いていった。すると、少し離れた木の下にセバスが見えた。セバスのことは、この国にきた時に見たことも話したこともあったから、知っていたんだが――そのセバスが、木の上を見上げて、何やらしきりに叫んでいたんだ」
「叫んでいた?……私が、でございますか?」
顔を斜めに傾けて、セバスチャンが不思議そうに訊ねる。
「ああ。とても取り乱していたよ。木の下で、右へ左へいったりきたりと……。そしてこう叫んでいた。『姫様、危のうございます! 姫様! お願いでございますから、下りていらしてくださいませ!』」
「――おお! あの時のことでございましたか!……取り乱しているところをお目にかけてしまいまして、誠にお恥ずかしい限りでございます。まさか、あの場にギルフォード様がいらっしゃったとは……」
納得したように、こっくりうなずくセバスチャン。
「……『あの時』? 『あの場』?……じゃあ、もしかして……その『姫様』って、私のこと?」
「もちろん。この国の姫は君しかいないだろう?」
「それは、まあ……そうなんでしょう、けど……」
「あの時のことは、今でもハッキリと覚えている。陽の光を浴びて、輝くような笑顔を浮かべていた、木の上の幼い女の子――。心配するセバスに向かって、『セバスもくればいいのに。気持ちいいよー!』などと、呼びかけていたな……」
「……私は、その……その頃から、少々体が重くなってきておりまして……あまり高くは、飛べなかったのでございます……。ですので、そのお申し出は……丁重にお断りさせていただきました……」
セバスチャンは心なしか顔を赤らめ、消え入りそうな声で告白した。
セバスチャン……。
やっぱり、ダイエットした方がいいのかも……。
そのままの方が、ゆるキャラっぽくて可愛い気もするんだけど。
せっかく立派な羽があるんだし。思いっきり飛べなきゃ、もったいないもんね。
……でも、さすが私。
向こうの世界でも、小さい頃は木登りなんてしょっちゅうやってたもんなぁ……。
「えっと……それで王子は、どうしたんですか? 木登りなんてしてる姫が婚約者だってわかって、ガッカリ……したんですよね?」
姫様が木登りするような〝じゃじゃ馬〟なんてねぇ。
かなり呆れたに違いないよ……。
「がっかり?……私が? 何故?」
「え……。何故って、だって……。婚約者がそんなじゃじゃ馬……ってゆーか、おてんばってゆーか……活発過ぎると、嫌じゃありません?」
「嫌?――嫌なわけがないよ。むしろ嬉しかった」
「へっ?……う、嬉しい?」
「ああ、そうだよ。そのまばゆいばかりの明るさ、たくましさに、私は惹かれたのだから。そして、それが私の……初恋の瞬間だった」
王子は少しはにかむように笑った後、私を意味ありげにじっと見つめた。




