第12話 怒らせちゃった!
「ハァ……。可哀想な晃人」
晃人の恋のライバルが王子だなんて。
どう考えても勝ち目がない気がして、私がしみじみ同情していると、
「――は? 誰だ、あきとって?」
直球で神様に訊ねられ、私はハッとなって口元を押さえた。
……ヤバイ。
またしても、気持ちが声に出ちゃってたみたい。
「えっと……。晃人は、六歳からの私の幼なじみ。六歳までは、桜さんの幼なじみ」
「……おさななじみ……って、何だ?」
……ありゃ。
神様にも通じないか。
「幼なじみは……えーっと……小さい頃から仲良くしてる人、かな?」
「小さい頃から?……ふーん……」
神様、今の説明でわかってくれた……よね?
「――で? なんでそいつが可哀想なんだ?」
「え? えっと、それは……桜さんが、晃人の初恋の人だから」
「……はつこい?」
「うん。初めて好きになった人、ってこと。でも、桜さんは王子のことが好き……でしょ?」
「……ああ、そういうことか」
神様は、急に面白くなさそうにそっぽを向いた。
「神様?」
「王子とかってヤツの話は、したくない。あいつのせいで、桜は何度も涙を流したんだぞ? そのたびにオレは、この辺りが苦しくなって……」
胸元の布地をギュッと握り締め、神様は腹立たしそうな顔でうつむく。
「桜が『元の世界に帰りたい』って、ハッキリ口に出すようになったのも、あいつのことがあってからだ。あいつが桜を傷つけたから、桜は泣いて泣いて……ある時、オレに言ったんだ。『もうここにはいたくない。私の世界へ帰して』って……」
……そっか。
やっぱり、私の思ってた通り。
失恋の痛みに耐え切れなくなって、桜さんは……。
「王子ってヤツが桜を傷つけなかったら……オレたちは、もっと一緒にいられたかもしれないのに」
悔しさと寂しさが混じり合ったような顔つきで、神様は空をにらみつけた。
王子が桜さんを傷つけなかったら……。
……ってことは、王子と桜さんがうまくいってたら、私は今でも桜さんの世界で、桜さんとして生きてたかもしれないのか……。
だったら、私は一生……国王様に会うことも、セバスチャンに会うことも、カイルさんに会うことも、アンナさんやエレンさんや……そして、王子に会うこともなかったんだ……。
「……あれ?」
今、胸の辺りがチクッとした。
みんなと会えなかったかもしれないってことが、そんなに辛かった――?
それほどまでに私は……こっちの世界の人たちを、好きになっちゃってるの?
……不思議。
この世界にきて――ううん、戻ってきてから、まだ二日も経ってないのに。
私はこんなにも……みんなのことを大切に思い始めてる。
六歳までの記憶なんて――全然、思い出してもいないのにね。
「……おまえ、なにニヤニヤ笑ってんだ? 気持ち悪いヤツだな……」
「な――っ! に、ニヤニヤなんてしてないわよ! ただ、ちょっと……嬉しかったから……」
ムッとして口をとがらせると、神様は怪しむように、私をじーっと見つめた。
「嬉しいって、何がだよ? 聞いてて嬉しくなるような話なんて、オレはしてないぞ?」
「……べつに、神様の話で嬉しくなったワケじゃないわよ。私は私で、いろいろ考えてたの!」
「って――……おまえ、オレが話してる時に、別のこと考えてたのか!? とことん失礼なヤツだな!」
「ちっ、違うもん! ちゃんと聞いてたってば! 聞いた上で、いろいろ思うところがあったってこと!」
私と神様は互いににらみ合った。
あーっ、もう!
どうしてすぐ、神様とはこんな感じになっちゃうんだろう?
もっと平和的に、話し合いたいんだけどなぁ……。
「う~……。とりあえず、落ち着こうよ神様。お互い、熱くなり過ぎてるよ。もっと冷静に話し合わなきゃ」
……でなきゃ全然、話が前に進まないし……。
「べっ、べつにオレは、熱くなってなんか……! おまえがいちいち突っかかってくるからっ!」
「な――っ! いったい誰が突っかかっ――……って、だからそうじゃなくて!」
……落ち着け。
落ち着くのよ、私。
神様は、こういう言い方しかできないんだってば。
いい加減、慣れなきゃダメ。
……とにかく、冷静になるためにも。
私と桜さんが、入れ替わるように別世界に飛ばされた理由を、おさらいしてみよう。
「え~っと、神様の話では、確か……『たまたま』私をあっちの世界へ飛ばして、桜さんをこっちの世界に引き寄せた――んだったよね? それって、ただのイタズラ心? 『面白そうだからやってみよう』って、軽いノリで実行して……すぐ戻すつもりだったのに、うまくいかなくて……十年も機会を待つ羽目になっちゃった、とか……そういうことだったりする?」
「う――っ」
……なるほど。
図星だったみたいね……。
神様は真っ赤な顔で絶句した後、うつむいたままモジモジしていたんだけど。
少し経ってから顔を上げると、開き直ったように空中であぐらをかいて腕を組み、口をへの字にして――私をギリッとにらみつけた。
「ああ、そうだよ! 始めは、ちょっとしたイタズラのつもりだったんだ。あっちの世界で桜を見つけた時、こっちの国の『姫』――おまえとそっくりだったから、少しの間こいつらを入れ替えてやったら、どんな面白いことになるだろうって。……ただ、それだけだった」
「……やっぱり。そういうことだったんだ……? 神様のちょっとしたイタズラ心が、二人の少女の運命も、周りの人たちの運命も、見事に狂わせてくれちゃったってワケなのね」
「うっ、うぅ……。おまえ、意地悪だな! そんな言い方することないだろ!? オレだって、ちょっとは反省して――」
「『ちょっとは』?……なんかさっきから、ホントに反省してるのかどうか、疑問に思えちゃうようなことばーっか言ってるよね?」
「し――っ、してるよ! 反省してる! だからさっきも謝っただろ!」
「え~? あれで謝ったって言えるの?……イマイチ、誠意が感じられない気がするんだけど……」
「お、おまえ――!……おまえというヤツはぁ~~~……」
神様は悔しそうに歯噛みして、しばらく私をにらんでいた。
でも、ふいにギュッと目をつむると。
「もういい! おまえと話すのも飽きた! とっとと元の場所に戻れッ!」
「え!? ちょ――っ! ちょっと神様っ!?」
マズイ!
完全に怒らせちゃった!
焦って取り繕おうとしたけど、遅かった。
私は一瞬にして、再び現れた無数の桜の花びらに取り囲まれた。
「神さ――っ」
呼びかけようと口を開けたとたん、数枚の花びらが口中に入り込んで、大きく咳き込む。
苦しい……!
息が……でき、ない……。
咳が全然止まらなくて、辛くて――気が遠くなりそうになる。
……誰、か……。
誰か……助け……。
……ダメ。
もう……限、界――……。
徐々に薄れゆく意識の中。
誰かが私を呼ぶ声が……聞こえたような気がした。




