第11話 幸せを願って
「オレには、詳しいことはわからん。あいつがどうやって最初の器を手に入れたのかも。どうやって次の器に移るのかも。そういうことは、直接本人に訊いてくれ」
「えっ!? 国王様に……?」
……そんなこと言われても……。
私がリナリアだって判明してから、まだちょっとしか経ってないし。
国王様が本当の父親って実感だって、まだ湧いてない。
なのに……国王様に直接訊け、なんてムリだよ……。
「……けど、最初の頃に比べると……あいつはどんどん、あいつの部分が減っていってる気がするんだよな。……オレのこと、遠ざけようとしてるし。ここにも、近付かないようにしてるみたいだし……」
神様の表情が暗く沈み、その瞳は、今にも涙がこぼれそうに潤んでいた。
「『あいつである部分』?……それって、どういう意味?」
「だから! 器の中のあいつの部分だよ! 昔は器は変わっても、中はあいつそのものだったんだ。なのに、今の器の中のあいつは……」
「……あいつは?」
「……よく……わからん。うまく説明できない。あいつはあいつで、変わってないはずなのに……。でも、だったらどうして、あいつはオレを避けるんだ?」
神様が、また悲しそうな顔をした。
もしかして神様は――……。
「ねえ、神様。もしかして、国王様が会いにきてくれなくなって、寂しいの?」
「な――っ! そ、そんなんじゃないっ! オレはべつに、寂しくなんか――っ!」
「でも、国王様の話する時、すごく悲しそうな顔してるよ? それって、寂しいからじゃないの?」
「ち――っ、違うっ! 寂しくなんかないっ! オレは……オレは絶対、寂しくなんかないんだからなっ!」
神様は真っ赤になって、プイッと顔を背けた。
そうやってムキになるところが、肯定しているようなものだと思うんだけど。
……まったく、素直じゃないんだから。
そんなに会いたいなら、『会いにきて』って頼めばいいのに。
「ねえ。私から、国王様に頼んであげようか? 神様が会いたがってるから、会いにいってあげてくださいって」
「バ、バカ言うなっ! オレがいつ、会いたいなんて言ったんだよっ!?」
「言わなくても、顔に書いてあるもん」
「えっ!?……って、そんなワケあるかぁっ!!」
一瞬、顔に手をやりそうになったものの、神様はハッとしたように頭を横に振った後、思い切り私をにらみつけた。
「いい加減にしろっ! そんなに戻されたいのかっ!?」
「そういうワケじゃないけど……。まだまだ、神様には訊きたいことあるし」
「だったら大人しくしてろ! 桜みたいに聞き上手になれっ!」
怒らせたくなかったら、って……もう怒ってるじゃない。
また桜さんを引き合いに出すし……。
「神様って、ホントに桜さんのこと気に入ってたんだね。……でも、そんなに好きだった桜さんを、どうして元の世界に帰そうと思ったの?……あ。あっちの世界に戻っても、また会いにきてくれるって――そんな約束でもしてあるの?」
「約束?……してない、そんなもの」
「してないの? じゃあ、これから先は桜さんに会えなくなっちゃうよ? 神様はそれでいいの?」
「うるさいなッ! いいんだよ会えなくても! オレは――っ!」
キッと私をにらみつけてから、またすぐに目をそらし、神様は深くうつむいた。
「オレは、桜が幸せになってくれるんなら、それでいいんだ。もう……桜が泣かずに済むんなら……」
「神様……」
……桜さん、やっぱり泣いてたんだ……。
……そうだよね。私みたいに、飛ばされる以前の記憶を失くしてた――ってワケじゃなかったんだもの。
記憶があるまま、別の世界で別人として生きなきゃならなかったなら……お気楽に過ごしてなんかいられないよね。
元の世界に戻りたくて……両親が恋しくて、きっとたくさん泣いてたはず。
れに比べて、私は……。
漠然とした不安とか焦りとかは感じてたけど、でも……記憶を失くしたお陰で、桜さんのご両親を、すんなり自分の両親だって思い込めた。
たくさん優しくしてもらえたし、大切に育ててもらえた。
晃人のことだって、幼なじみだとずっと思ってて……。
たまにケンカになったりもしたけど、まあまあ仲良くやってたし……。
私はあの世界にいても、困ることなんてなかった。
あの世界のことが好きだった。心から好きになれた。
記憶を失くしたからこそ、私は今まで幸せでいられたんだ。
そのお陰で……ずっと楽しく過ごしていられたんだ。
なのに桜さんは……記憶を失くさなかったせいで、ずっと独りぼっちで……。
記憶があったかなかったかで、ここまで大きな差が生まれてしまうなんて……。
なんだか、桜さんに申し訳なくて。
私は祈るような気持ちでつぶやいた。
「桜さんは……元の世界に戻ったら、きっと幸せになれるよね……?」
桜さんには、絶対、幸せになってほしい。
今まで辛くて大変だった分、誰よりも幸せになってほしい……。
「ああ、なれるさ。そのためにオレは……桜を向こうの世界に戻したんだから」
神様はやっぱり寂しそうに――でも、今度は淡い笑みを浮かべながら、小さくうなずいた。
「うん。そうだよね。幸せになれるよね」
これからはお父さ――ううん、ご両親も、晃人もいるんだもん。
……あ。
そう言えば晃人、桜さんが初恋だったんだっけ。
……フフッ。
今頃、『また性格変わった』って、驚いてるかもしれないな。
好きだった頃の性格――元の桜さんに戻って、喜んでるかも……。
そのうち、昔の恋心が復活しちゃったりしてね。
……うん。
二人がうまくいったら、それはそれで……。
――って、あれ?
あー……そっか。
桜さんは王子のことが好きなんだっけ。すっかり忘れてた。
う~ん……王子が晃人のライバルかぁ……。
それじゃあ、振り向かせるのは至難の業かもしれないなぁ……。




