第8話 おかしな神様
結構待ってみたけど、神様が話し始める気配はない。
このままずっと二人で黙り込んでてもしょうがないと思って、私が口を開こうとしたとたん、
「オレは謝るのが嫌いだ!」
神様がまた唐突に、妙なことを言い出した。
「……はい?」
「嫌いだ――が、しかし……この場合はやっぱり、嫌でも口にしなきゃいけない……とは、思う」
「……え~っと……神様? いったい何の話を――」
「すまん! ごめん! 申し訳ない! 悪かった!……オレの知ってる謝罪の言葉だ。これで勘弁してくれ」
「……は?」
ワケがわからず、私は困惑して首をひねった。
「これで勘弁してくれって、どういう意味? さっきから何言ってるのか、さっぱりわかんないんだけど……」
『おまえのせいだ』とかって怒り出したかと思ったら、今度は知ってる限りの謝罪の言葉を並べて『勘弁してくれ』?
それって、何についての『謝罪』なの?
怒ったりして悪かった――って意味なのかな?
「どういう意味かわからない?……おまえなぁ。オレは謝るのが嫌いだって言ったろ? そのオレが、わざわざ謝ってやったってのに……」
神様は握った拳を震わせ、ギリギリと歯噛みしている。
……どうやら、また怒らせちゃったみたい。
でも、しょうがないじゃない!
ホントにわかんないんだもん!
「わざわざ謝ってやったって言われても、わかんないもんはわかんないのよ! もっと詳しく、こっちにもわかるように話してよ!」
「な――っ!……おまえはどうして、そんな偉そうなんだ? ほんっと、桜とは大違いだな!」
「偉そう? そんなの、神様にだけは言われたくないっつーの!」
「なっ、なんだとぉおおッ!?」
「なによっ!?」
お互い、真正面から睨み合う。これが漫画のワンシーンなら、バチバチと火花でも散ってるところだ。
「だからっ、さっきおまえ言ったろ!? おまえを桜の世界に送って、桜をおまえの世界に送った、そもそもの理由がわかんないって。もしかしたら、あの時自分が何かしちまったから、オレが怒って……その、そーゆーことになっちまったんじゃないか……って」
「うん。それは確かに言ったけど――」
神様はまた顔をそらし、耳を澄ませてやっと聞こえる程度の声で告げた。
「とりあえず、おまえが何かしたからオレが怒って……ってのは、ない。おまえに責任があったワケじゃ……ない」
「え、そうなの?……じゃあ、なんで? どうして私、異世界に飛ばされることになっちゃったの?」
「それは……」
「……それは?」
神様は眉間にしわを寄せ、しばらくためらってるみたいだったけど、思い切ったように顔を上げた。
「オレがおまえをあっちの世界に送ったのは、特に理由があってのことじゃない。……たまたまだ」
……へ?
『たまたま』……?
「えぇえーーーッ!? 何それっ!? たまたまってどういうことっ!?」
「だから、ちゃんと謝っただろ!?……悪かったとは思ってるよ」
「――って、そんなブスッとした顔で言われても、全ッ然、謝られてる気がしないんですけど!?――ねえ、ホントに悪かったって思ってる? 思ってないんじゃないの?」
「う――うるさいうるさいっ! 悪いと思ったから謝ったんだ! その気持ちを疑うんだったら、もう二度と、おまえには謝ったりしないからなっ!」
「な――っ!……何なのよそれーーーッ!?」
……信じられない。
こんなメチャクチャな子が神様だなんて……。
「……ねえ。あなた、ホントに神様なの……?」
呆れ果てて訊ねたら、神様はキッとこちらをにらみつけた。
「おまえなあ! 何度言ったらわかるんだ!? 人間たちが勝手にそう呼んでるだけで、オレは自分が『神様』だなんて、ただの一度も名乗ったことなんてないんだからなっ!?」
「じゃあ、あなたの正体って何なの? 桜の精とか……よくわからないけど、そういう存在?」
「……正、体……?」
「そう、正体。見た目は巫女服着た子供っぽいけど……実はもっと、年取ってたりするんじゃない? かなり昔から、この世界で『神様』って呼ばれてたんでしょ?」
「……人間で言うところの、年齢――ってヤツを訊いてるのか?」
「うん。神様って、今幾つなの?」
「……知らん」
「へ? 自分の年齢、わかんないの?」
「そんなもの、気にしたこともない。だから知らん」
「……へ、へぇ~……。そうなんだ」
それだけ長いこと生きてる……ってことなのかな?
御神木の桜の木も、樹齢何百とか何千って言われてるって、晃人も言ってたし……。
「じゃあ、まあ……年齢のことは置いといて。結局神様って、何? さっき否定も肯定もしなかった、桜の精――ってこと?」
「知らん」
「あのねぇ……。神様、まともに答える気あるの? それとも、私の質問には答えたくないってこと?」
「知らんと言ったら知らん! 気が付くとここにいたし、それからどれくらい経ったかなんて俺にはわからん」
……え?
気が付くとここにいた……?
気が付くと、って……?
「覚えてるのは……オレは最初、あいつと一緒だったってことだけだ。あいつの考えてることはオレにもわかったし……オレの考えてることも、あいつにはわかってた」
……は? 『あいつ』?
あいつって……誰?
「オレたちは、二つで一つみたいなもんだった。……そう……だったと思う。……けど、あいつはいつ頃からか、外の世界に興味を持つようになった。興味を持って……ある日突然、人間に姿を変えて、外に出ていってしまった。オレは止めたのに。人間なんかに関わったってろくなことはないって、何度も止めたのに!」
……神様?
いったい、何の話をしてるの?
いきなり始まった神様の独り言のような昔話に、私は困惑した。




