第3話 神様の元へ
朝食後。
私と王子とセバスチャンは、神様のところへ向かうことになった。
表向きは、私のバッグを取りに行くため。
でも本当のところは、消えた姫様についての手がかりを見つけるためと、神様の〝花びら〟についての謎を解明するためだ。
でも、そこに行くまでの移動手段をどうするかで、王子とちょっと揉めた。
王子は愛馬のアルフレドに『一緒に乗って行こう』と誘ってきたけど、私は『歩きで大丈夫です』と断った。
昨夜のこともあるし……。
一緒に馬に乗るなんて、距離が近過ぎてムリっ!
そう思って、断固拒否したんだけど、
「それはいけません、サクラ様! 一国の姫君が、護衛をつけずに城外にお出でになるのに歩きでなどと……。部屋の中でしたらまだしも、サクラ様には、あくまで姫様として行動していただきませんと……!」
なんて、セバスチャンに言われてしまい……。
結局、私は泣く泣く馬に乗せてもらうことになった。
気まずい沈黙が続く中、ふいに王子が、
「今日は妙に静かだね。また考えごと?」
無言状態が耐えられなくなったのか、私に話しかけてきた。
「えっ?――あ、いえ……考えごとって言えば考えごとですけど……」
「花びらの有無は、とりあえず横に置いておくとして。神様がもし、本当に花を咲かせていたのだとしたら……リアはその時、君のいた世界へ飛ばされた。そう考えて間違いないのだろうか?」
「……はい。やっぱり、それしかないと思います。だって、私がここにきたのだって、神様の力が関係してるとしか思えないし。姫様が私の世界へいくためには、私があっちにいたままじゃダメだったのかなって。だから、まるで交換するみたいにして、私がこっちへ飛ばされた。……そんな気がするんです」
「リアと君が、交換……」
そしてその交換は、私と姫様が六歳の時にも起こっていたんじゃないかって、私は考えてる。
……ううん。
考えてるって言うより、感じてる。理屈じゃなく、心で。
きっと、そういうことだったんだろうって、感じちゃってるんだ……。
向こうの世界にいた時は、説明しようのない違和感のようなものが、私にはいつもまとわりついてた。
お父さんもお母さんも晃人も、同級生も近所の人も……みんないい人たちばかりで、大好きだったけど……。
大好きなのに、疎外感みたいなものを感じてた。
私はここにいるべきじゃないんじゃないかとか、私の居場所は、もっと他にあるんじゃないかとか。
どうしてかわからないけど、そんなようなことを考えてた。
振り払っても振り払っても、例えようのない――どうしようもない違和感は、決して消えてはくれなくて……。
……なのに。
この世界では、不思議とそんな感情にとらわれたことがない。
ここにいちゃいけないとか、ここは私のいるべきところじゃないとか……そんな風に思わずにいられるんだ。
どうしてなんだろう?
お父さんお母さん、晃人に会いたいって気持ちはあっても。
向こうの世界に戻りたいとは、今のところ、あまり思ってないんだよね。
こっちにきてから、まだ二日目だからなのかな?
ちょっとした旅行気分でいたりするから……なのかな?
もう少ししたら……戻りたくて戻りたくて、堪らなくなるんだろうか……?
「サクラ? また何か考え込んでいるようだけれど、そろそろ着くよ」
「え?……あ、ホントだ。見えてきましたね、神様……」
王子の声に顔を上げると、神様はすぐ目の前まで迫っていた。
――やっぱり、花が咲いたような形跡はない。ぐるりと見回してみたけど、花びらなんてどこにも……ひとひらも落ちていなかった。
「花びらは見当たらない……か。陽の光の下で見ても見つけられないということは……やはり、花は咲かなかったのだろうか?」
王子も、私と同じことを考えてたみたい。
――やはり、花は咲かなかったのだろうか――。
でも、だとしたら……神様は力を使わなかったの?
姫様は、神様の力であっちの世界に飛ばされたんじゃないの?
じゃあ、いったい……姫様はどこにいっちゃったの?
私はどうして――どうやって、この世界にきたの……?
神様の前に着くと、王子は慣れた様子でひらりと馬から降り、私へと両手を差し出した。
「おいで、サクラ」
一人で降りるつもりだったけど、慣れないことをするのは少し不安があった。
私は渋々王子に体を預け、抱き抱えられるようにして降ろしてもらった。
「……ありがとうございました」
目を合わせないままお礼を言うと、またも王子はクスッと笑って、私の頭に手を置いた。
「どういたしまして。――でも、帰りも同じことをするわけだからね。お礼を言う必要はないよ」
なんて言って、優しく頭をなでたりして――。
「あの……。そーゆーことするの、やめてもらえます?」
「ん? 『そーゆーこと』?」
「だからっ、頭なでるのとかやめてください! 子供じゃないんですから……」
「え、子供じゃないのかい?」
「――っ!」
私がキッと見上げると、王子は楽しそうにクスクス笑った。
「すまない、冗談だよ。君はもう、立派なレディだったね」
「……『立派なレディ』、ですか。そんなこと、思ってもいないクセに」
「いやいや、思っているよ。サクラは素敵なレディだ。……今すぐにでも、私の国へ連れ去りたいと思ってしまうほどに……君は魅力的だよ」
「な――っ!」
またいきなり、ワケのわからないことを――!
どうして、こういう歯の浮くようなセリフを……照れもせずに言えちゃうのよこの人は!?
「ああもうっ! からかうのはやめてくださいって、何度言ったらわかるんですか!? いい加減にしてくださいっ!」
私はうろたえて、王子と距離を置こうと数歩後ずさった。
でも、王子は素早く私の手をつかんで引き戻し、真剣な眼差しで私の顔を覗き込む。
「サクラ! 君こそ、どうしていつもはぐらかすんだ?……私はからかってなどいないよ。本当に君のことが気になっているんだ」
「気になる? どうして王子が、私のことなんて気にするんですか?……私が姫様に似てるから?」
「違う、リアは関係ない! 私は――!」
「サクラ様! 落とし物が見つかりましたぞー!」
王子はまだ何か言うつもりだったみたいだけど、セバスチャンの言葉にさえぎられ、バツが悪そうに口ををつぐんで目をそらした。
「ピョ?……サクラ様、ギルフォード様?」
バッグを翼で抱え込んで近付いてきたセバスチャンは、私たちの様子がおかしいことに気付いたらしい。首をかしげた後、私と王子を交互に見つめた。
「あ、ありがとセバスチャン! 見つけてくれたんだね、私のバッグ!」
これ以上、王子の側にいちゃいけない。
私はセバスチャンからバッグを受け取ると、王子から自然に離れるため、歩きながら中身を確認するフリをした。




