第3話 独りぼっちの神様
私は〝姫様〟じゃないんだと、どれだけ言葉を尽くして説明しても、鳥さんにはなかなか信じてもらえなかった。
すっかり疲れ果てた私は、『こうなったら、いったん〝姫様〟のフリをするしかないのかも』と思い始めていた。
でも、ずっと騙し通すなんてムリに決まってるし……。
第一、バレたらどうなっちゃうの? まさか処刑とかされないよね?
……いや、あるかも。
なんたって、国王の娘だもの。
そんな重要人物になりすましといて、お咎めなしなんてあり得ないってば!
……けど、この鳥さん、何を言っても信じてくれそうにないしなぁ……。
う~ん……どうしたらいいんだろう?
あ、そうだ。
ちょこっと探りを入れてみようっと。
「ねえ、鳥さん。姫さ――ううん、私は、どーしてここに一人でいたんだっけ?」
「――ほ? 何を仰せでございます? 今朝、爺がお部屋に参りました時には、すでにどちらにもいらっしゃらなかったではございませんか。だからこそ、こうして必死に探しておりましたのに……。何ゆえ、このようなところにお一人でいらっしゃったのか、爺がお聞きしたいくらいでございますぞ」
鳥さんは首をかしげ、不思議そうに私を見つめる。
「あ……。だ、だよねー? 私が勝手に部屋からいなくなったんだっけねー。あははは」
……ダメだ。
もう、笑ってごまかすのも限界かも……。
……仕方ない。
どれだけ否定しても信じてもらえないなら、いっそ、この手を使うしか――!
「ごめんなさい! 嘘ついてましたっ!」
私は思いきり頭を下げた。
「ほ? 嘘……ですと?」
「はいっ! さっきから適当なこと言ったり、話合わせたりしてましたけど……。実は私、自分のことを何にも覚えてないんです!」
「覚えていない? 何を……でございますか?」
「全部です! 私自身のことも、鳥さんのことも、この国のことも――とにかく何もかもです! 本当にごめんなさいっ!」
瞬間、鳥さんは固まった。
くちばしをカパーっと開けたまま。目を見開いて、まるで時間が止まったみたいに。
たぶん、ショックすぎて言葉を失ってるんだと思う。
記憶喪失なんて、簡単に使っちゃいけない言い訳だってわかってる。
十年前、私が本当に記憶を失くした時、両親や友達がどれだけ心配してくれたか、ちゃんと覚えてるし……。
それがわかってるのに記憶喪失をよそおうのは、すごく抵抗があるけど。
私はこの世界のことなんて何も知らないし、姫様のことだって知らないんだから。
今はこうするより他に……この状況を打開する方法、思い浮かばないんだ。
ごめんね、鳥さん。
私、いつまでここにいることになるかわからないし、帰る方法すら思いつかない状態だけど……。
もし、帰れることになったとしても、姫様捜索手伝うから!
絶対ここにいる間は、できる限りのことはするからね?
だから今は……今だけはごめんなさいっ!!
「姫様、またしてもそのような……。何ゆえ……何ゆえ姫様ばかりが、そのような不運に見舞われなければならぬのでございましょう? 爺は……爺は悲しゅうございますぞぉ~~~」
鳥さんはその場にがくりと膝(?)をつき、さめざめと泣き出した。
……ってか、鳥って泣くんだっけ?
目から涙がこぼれてるように見えるんだけど……。
私の世界の鳥と、ここの鳥とじゃ……体のしくみとか構造とか、全然違うのかな?
「姫様! あぁ、おいたわしや姫様……! いったい姫様に何が……何事が起こったのでございますか、神よ~~~?」
鳥さんは天を仰ぎ――そこにそびえる、樹齢何百年級の大木を見上げながら祈るように叫んだ。
……ん?
この木、見覚えがあるような……?
……え!?
これって、もしかして――。
「御神木!?」
……そうだ。どうして今まで気付かなかったんだろう。
これは神社の御神木。私を取り込んだ桜の木だ!
「姫様? ごしんぼく、とは……?」
鳥さんが不思議そうに訊ねる。
「ねえ! この木、ずっとここにあった? 急に現れたりしなかった?」
「は? この木……とは、神様のことでございますか?」
「――へ? 神様って……まさか、この桜の木のこと?」
「さくら? さくらとは……何のことでございます?」
「だから、これだってば! この大きな桜の木!」
私が木を指差すと、鳥さんは首を横に傾けた。
「こちらは神様でございます。我がザックス王国を守護してくださっている神様です」
神様!?
この桜の木が?
「……あ、そっか。御神木って、神様を祀る神社の境内にある木だもんね。そういう意味か」
「けいだい?……申し訳ございませんが、爺には姫様が何をおっしゃりたいのか、さっぱり……」
「だから! この木自体が、神様ってワケじゃないんでしょ?」
「いえ、神様でございますが……?」
「え……。ええええっ!?」
嘘でしょ!?
この木、本当に神様なの!?
「神様って、じゃあ……この木に何かお願いしたら、叶えてくれるってこと? 何かご利益あるの?」
「ごり……やく……?」
また首をかしげられてしまった。
でもまあ、いいや。
とにかくこの世界では、この木は神様なんだ。
実際に願いを叶えてくれなくたって、ご利益なんかなくたって、この木を神様だと信じる人がたくさんいたら、それでいいんだ。
……うん。
たぶん、そういうことなんだろう。
「この木は……昔からずっとここに?」
「はい。遠い昔から、私どもを見守ってくださっています」
じゃあ、似てはいるけど……私の世界の桜の木とは、別ものなのかもしれない。
「この神様って、名前はあるの?」
「名などございません。神様は神様としか呼ばれておりません」
「名前ないの!? じゃあ、他の場所にある同じ木も、神様って呼ばれてるの?」
「神様は唯一絶対の存在でございます。この場所にしかいらっしゃいません」
……へ?
他の場所には、いない?
「神様は、他の木や草とは、全く違う存在なのです。お姿は木のようであっても、木と同等とは思われておりません。神様は神様。この世界に――いえ。少なくともこの国には、神様はこちらにしかいらっしゃらないのです」
この国に、この木と同じ種類の木は一本もないのか……。
じゃあ、この木はずっと独りぼっちなんだ。
そう思ったら、なんだか急に、この木――神様に親近感が湧いた。
だって私も、この世界では独りぼっち……。
知ってる人は一人もいない。両親も友達も、みんないなくなってしまった。
……晃人。
今頃、きっと心配してるだろうな。
神隠しに遭った時みたいに、捜し回ってくれてるかもしれない。
ううん。今回は、目の前で木に吸い込まれて消えちゃったワケだし。
前よりもずっと、心配させてるよね。
お父さん、お母さん、晃人……。
私、また……元の世界に戻れるのかな?
「姫様、いかがなされました? お顔の色が優れぬご様子ですが」
「あ……。ううん。ちょっと思い出しちゃっただけ」
「きっとお疲れなのですな。そろそろ城へ戻りましょう。陛下にも、ご報告申し上げねばなりません」
……そうだった。
私は今、この国の姫ってことになってるんだった。
でも……大丈夫かな?
国王様には、きっとすぐバレちゃうよね?
いくら顔が似てるからって、本物の娘と他人を、見分けられないはずないもんね?
……でも、このままここにいたってどうしようもないし……。
野宿するったって、この世界のこと何も知らない人間に、できるかどうか不安だしなぁ……。
ええーい!
こうなったらヤケだ!
「わかった。帰ろう、お城とやらへ」
鳥さんの目をまっすぐ見つめ、私は城に向かう覚悟を決めた。