第12話 バレちゃいました
王子にバレたという話が〝もしも〟の話だと聞くと、セバスチャンはようやく落ち着きを取り戻した。
「さ、さようでございますか。もしもの話でございますね……。ギルフォード様は年に数回ほどしかいらっしゃいませんからな。ご心配には及びませんでしょう。何せ、サクラ様は私やアンナ、エレン、父君であるクロヴィス陛下でさえお気付きにならなかったほど、姫様とよく似ていらっしゃいますゆえ」
……いやいや。
メチャクチャ早くに、バレちゃってたみたいなんだけど……。
「ですが、私共の嘘をあのお方が察知なさったとしましても、ご心配には及びませんでしょう。ギルフォード様は聡明で思いやりに溢れた、実にご立派なお方でいらっしゃいます。事情さえご理解いただけましたなら、たばかっていたとお怒りになられることなど、まずありますまい」
……まあ、確かに怒ってはいなかったけど。
でも、ご立派な方ねぇ……。
私には、王子が『ご立派な方』だとはとても思えなかった。
思わせぶりなことを言っては、人の反応を見て楽しんでる(っぽい)し。
いきなり傷口をなめたり抱きついてきたりと、理解しがたい行動だって多いし。(……まあ、そのお陰で傷は治ったんだけども)
どこまでが本気で、どこからがからかってるのか、全くわからない。(最初から最後までからかってるだけ、という可能性もあるわよね……?)
とにかく、悪い人ではないんだろうけど、良い人と判断するには早すぎる。……ような気がする。
う~ん……悩む。
王子のこと、本当に信用しちゃってもいいのかな?
信用して……全て話してしまっても、問題ないのかな?
「セバスチャン、ホントに? ホントのホントに、あの人――王子って、信頼に値する人なの?」
「もちろんでございますとも! ギルフォード様は全ての面において優れていらっしゃる、ご立派なお方でございますよ」
セバスチャンは何度もうなずき、自信たっぷりに言い切った。
……う~……。
じゃあ、まあ……いっか。
セバスチャンの見る目が節穴じゃないって、信じることにして――。
「わかった。王子は良い人ってことで、一応納得しとく。……それで、ね?……あの……まだセバスチャンに、言っておきたいことがあるんだけど……」
「はい。承りましょう?」
「えっと、ね? その……さっき言ったことなんだけど……。実は、嘘なの」
「……は? 嘘……と申されますと?」
「さっきのたとえ話。もしも王子にバレたら……って話」
「……はぁ?」
「だから! 本当はバレちゃってるの、私が姫様じゃないってこと! 最初っから別人って、王子に見抜かれちゃってたのーーーっ!」
私の大声に、セバスチャンは驚いたように目を見開いた。
それから一拍置いて、
「ピッ。……ピピィイイイィイイーーーーーッ!?」
耳をつんざくような悲鳴を上げた。
「ちょ…っ、ちょっとセバスチャンっ? セバスチャンが王子なら大丈夫だって言ったから、正直に話したのに……。なんでそうやって取り乱すの?」
驚き呆れつつ訊ねると、セバスチャンは翼で口元を覆い、恥ずかしそうに下を向いた。
「い、いえ……。それはそうなのですが……。も、申し訳ございません。心の準備ができておりませんでした……」
「……まあ、そーだよね。まさかこんな早くバレちゃうなんて、私だって思ってもいなかったしさー。あはははっ」
なんて、笑ってごまかそうとしたけど。
元はと言えば、姫様っぽい演技を全くしていなかった私が悪い。反省しなきゃと思ったら、
「……ごめんなさい」
謝罪の言葉が、自然と口からこぼれ落ちていた。
「いっ、いいえ、そのような――! 元はと申しますれば、私が勝手に姫様だと思い込み、こちらへお連れしてしまったのがいけなかったのでございます。決して、サクラ様のせいではございません」
「でも……。私がもう少しうまく、姫様を演じられてたら……」
「いいえ! いいえ! よいのでございます。サクラ様は充分、私どものためにご協力くださいました。ですからもう、そんなお顔をなさらないでくださいませ」
「セバスチャン……」
セバスチャンの言葉にじーんとしていると、
「そうだよ。君には沈んだ顔など似合わない。笑顔の方がずっと素敵だよ」
いつからいたのか、王子の声が頭上から降ってきた。
「あの……セバスチャンと話し終わるまで、待っててくれるって言ってませんでしたっけ?」
「ああ。もちろん、そのつもりだったよ? だが、あんな大声で相談されては……同じ部屋の中だからね。耳を塞いでいたとしても、聞こえてしまっていたと思うんだが?」
……う。
そう言われると、確かにそうかも……。
「とにかく、私には嘘だと気付かれてしまったわけだから……もう隠す必要などないだろう?――セバス。彼女にリアの身代わりをしてもらうことになった経緯を、私にも教えてくれないか?」
「はっ、はい! かしこまりました」
セバスチャンは、『全て話してしまってもよいですかな?』と言っているみたいに、私の顔を窺った。
――うん、もちろん!
ここまできちゃったら、ジタバタしたってどうしようもないもんね。
私はセバスチャンの目をまっすぐ見つめて、大きくうなずいてみせた。




