第2話 月夜の見送り
「サクラ様! こちらをご覧ください!」
セバスチャンが興奮した様子で寄ってきて、抱えていた何かを私に向かって差し出した。
「あっ! 私のバッグ!」
まさかこれも、こっちの世界に落ちてきてたなんて……。
「こちらが、サクラ様がおっしゃっていた落とし物ですか?」
「う、うん……」
ホントに落とし物があったなんて、今の今まで、思ってもいなかったんだけどね……。
「変わった形をしておりますね。碓かばっぐ――とか、おっしゃっていましたが……」
カイルさんもセバスチャンも、不思議そうにバッグを眺めている。
「うん、そう。バッグっていうの。カバンとも言うんだけど……。えっと、今カイルさんが担いでるのと同じような物かな?」
「では、その中に――サクラ様が大切にしていらっしゃるものが入っているのですね?」
「大切?……うーん、まあ……。大切と言えば大切かなぁ?」
教科書とノートと筆記用具くらいしか入ってないけどね。
この世界では、あんまり必要ないかも……。
「落とし物が見つかりまして、よろしゅうございました」
セバスチャンは嬉しそうにうなずき、カイルさんも穏やかに微笑んでいる。
私は複雑な気持ちを抱えながら、微妙な笑みを浮かべるしかなかった。
「――では、サクラ様。落とし物も見つかったことですし、お早く城へ戻りましょう」
「あー……。う、うん」
そう言われることは、予想できてたけど。
私の目的は、実際は別のところにあるワケで……。
だから当然、大人しく従うつもりはなかった。
「でも、ほらっ。カイルさんを見送るのも目的の一つだし。せめて、カイルさんの姿が見えなくなるまではここにいたいな~……なんて」
私が希望を伝えると、セバスチャンは『明日はギルフォード様がお出でになるのですぞ? お早くお眠りいただき、お迎えする用意をいたしませんと』と反対する。
イヤなことを思い出させられ、私は一気に憂鬱な気分になってしまった。
でもセバスチャンは、
「夜が深まれば深まるほど、野盗が出没する可能性が高まってしまうのですぞ? 後生でございますから、お早く城へお戻りを――」
なんて言って迫ってきて、さらに強く城への帰還を促す。
「大丈夫! セバスチャンがついててくれれば、怖いものなんて何もないよ。セバスチャンのこと、誰よりも頼りにしてるし」
私のセリフに感激したのか、セバスチャンは言葉を詰まらせ、目をうるうるさせている。
――よし!
これでもう、しばらくは強く言ってこないだろう。
「カイルさん。私とセバスチャンは大丈夫だから、もういって?」
「え?……ですが……」
「姫様を捜すんでしょう? こうしてる間にも、姫様に危険が迫ってるかもしれない。そうでしょ?」
「――っ!……はい。では、いって参ります」
「うん。気をつけて」
カイルさんは優しく微笑み、私に一礼してから背を向けて歩き出した。
……ごめんね、カイルさん。
ルドウィンには、たぶん……姫様はいないよ。
でも、きっと無事でいると思うから……心配しないでね。
後ろめたい気持ちを胸に秘め、遠ざかる背中を見つめながら――私はそっと心でつぶやいた。
カイルさんの姿が見えなくなるまで見送っていると、トテトテとセバスチャンが寄ってきた。
「サクラ様。カイルも出立したことですし、そろそろ城へ戻――」
「私、もうちょっと探したい物があるの!」
彼の言葉をさえぎるように、わざと早口で告げる。
「ピャッ!?――さ、サクラ様?」
「ごめんね、セバスチャン。もうちょっとだけ付き合って?」
「つ、付き合ってと申されましても……」
「お願い! 私のが見つかったんだもん。姫様失踪の手がかりだって、ここに落ちてるかもしれないし――」
セバスチャンは不思議そうに顔を傾ける。
「姫様の? 何ゆえ、姫様失踪の手がかりが神様のお側近くに……?」
「何ゆえって。私が神様の奇跡でここにきたとするなら、姫様だって、同じように神様の奇跡で向こ――っ、……あ」
しまった――!
ついうっかり、言っちゃいけないことを口走っちゃった。
「姫様が、神様の奇跡で……? それはいったい――」
「あ、いやっ、そーじゃなくてっ! 今のはちょっと口がすべっ――いや! そーでもなくてっ!」
うわわわわ……!
何言っちゃってんの私っ?
「まさか……。もしや姫様は、神様の奇跡によって……サクラ様のいらした世界に、いってしまわれた……と?」
――って、なんでそんなに察しがいいのよ?
セバスチャンらしくないじゃない!
いよいよ焦って、私は早口でまくし立てる。
「いやいやっ、そうと決まったワケじゃないしっ! わっ、私が勝手にっ、ただなんとなく、そーなんじゃないかな~なんて思っちゃっただけだしっ!」
「姫様が……サクラ様の……。そしてサクラ様が……こちらに……」
「いや、だからっ!――ねえ、聞いてるセバスチャンっ?」
「ピ……ピィイイイーーーッ!……どっ、ど、どどどっ、どぉおーーーしたらよいのだーーーッ!? ひっ、姫様が、姫様が姫様が姫様がぁああああーーーーーッ!」
あぁ……。セバスチャンが壊れちゃった……。
「お……落ち着いてセバスチャン! まだそうと決まったワケじゃないんだってば! 私の勝手な想像! 想像でしかないんだから、壊れないでーーーッ⁉」
あーもうっ!
どーして私はこう、うっかり者なのよーーーっ!?
確信持てるまでは言うつもりなかったのに……。
確信持てるような物を探すために、わざわざここにきたってのに……。
……はぁ。
ホントにもう、どーしよー……。
パニクっているセバスチャンを横目に、私は大きなため息をついた。




