第1話 奇跡は花と共に?
外に出ると、辺りはすっかり真っ暗で、大きな月だけがぽっかりと白く浮かんでいた。
月があるってことは、ここは地球なのかな?
昼間見えてたのは、太陽ってことでいいんだよね?
それとも、この月はただ月っぽく見えるだけで、月じゃないってこともあり得る?
少なくとも、タイムスリップして過去にきちゃった……って可能性だけは否定できるよね?
だって、どんなに昔だとしても。
セバスチャンみたいに鳥っぽい見た目で、人間の言葉を喋る生き物がいた――なんて話、聞いたことないし。
だけど未来なら、鳥が進化して人間みたいに喋れるようになった……ってことも、考えられなくはないのかな?
……ううん。
やっぱり、充分不思議な気がする……。
「サクラ様? どうかなさいましたか?」
「あ……ううん、なんでもない。それより、神様がいる場所ってこんなに遠かったっけ? 真っ暗だと足下見えなくて早く歩けないから、そう感じるだけなのかな?」
「さようですなぁ。私も夜道は不得手でございますので、サクラ様と同様、遠く感じますが……。なあに、あと少しでございますよ。――のう、カイル?」
カイルさんは私たちの足下を照らすようにランプを持ち、ゆっくり歩いてくれていた。
「はい。もう少しです。サクラ様のお召し物では歩きにくいかと思いますが、もうしばらくご辛抱ください」
「うん。私は大丈夫。確かに、このドレスの丈じゃ歩きにくいったらないけど……しょうがないよね。また制服に着替えるってワケにもいかないんだろうし」
「セイフク……? セイフクとは、どのようなお召し物なのですか?」
「ピッ!?――カッ、カカカカイルッ! よよっ、余計――っ、なことをっ、おきっ、お訊きしては――ならぬッ!」
セバスチャンがどもりまくりながら、カイルさんを注意した。
カイルさんは驚いたように目を見張り、理由がわからないまま頭を下げている。
……そっか。
この世界では、制服みたいに丈短めの服は〝はしたない格好〟ってことになっちゃうんだっけ。
う~ん……。
可愛いと思うんだけどなぁ、制服。
この世界では、もう着られないのかな……?
「見えてきましたよ、サクラ様」
カイルさんが左手でランプを掲げ、神様の場所を指し示す。
月明かりの下で見る神様は、どこか寂しげに見えた。
幹も枝もすごく立派で堂々としてるのに、どうしてそんな風に思うんだろう?
この国では、この種類の木はたった一本だけ、この神様だけ――って話を聞いちゃったからかな?
「花でも咲けば……寂しくなんて映らないだろうにね」
つぶやいて、私はそっと神様の幹をなでた。
「花……でございますか? 残念ながら、神様が花を咲かせますのは、お力をお使いになる時のみと伝え聞いております」
「力を? じゃあ、最近神様が花を咲かせたのっていつ?」
「神様が奇跡を起こされたという話は幾つもございますが、そのほとんどは言い伝えのようなものばかりですので……。実際に花を見たという者は、いないのではないかと……」
「えっ、そうなの!?――ってことは、私って……神様の力でこの世界にきたワケじゃないの?」
神様が奇跡を起こした時、花は咲くんでしょ?
その花を見たって人が、全然いないってことは……神様は奇跡を起こしてないの?
その時、カイルさんが口を開いた。
「あの、サクラ様。それがはたして花だったのかどうか、私には判断しかねるのですが……神様のいらっしゃる方角が、一瞬、白っぽく染まった……という話なら、聞いたことがあるのですが」
「えっ、ホントに!? それっていつ? 誰から聞いた話?」
「それが、つい先ほど。……エレンからなのです」
うわ……。
すっごい身近に目撃者が!
「エレンさん、いつ見たって言ってたの? もしかして昨日!? それとも今日!?」
「本日です。夜が明ける少し前……と言っていたと思うのですが」
「今日の朝方……」
姫様がいないことにセバスチャンが気付いたのは、朝だって言ってた。
じゃあ、もしかして……神様が姫様の願いを叶えたのが、白っぽく染まった瞬間――だったのかも。
「よし! お城に戻ったら、すぐエレンさんに訊いてみよう! 何か手掛かりがつかめるかもしれない!」
一気に希望が湧いてきて、私は思わずギュッと拳を握り締めた。
「それでは、サクラ様。私はそろそろ参ります」
手がかりがつかめそうだと興奮していた私に、カイルさんから声がかかった。
「あ……。そ、そうだよね。いかなきゃね、ルドウィン――」
「はい。サクラ様も、落とし物が見つかりましたら、できるだけ早く切り上げて城へお戻りください。この辺りは野盗がうろついていて危険ですので」
え、野盗?
神様のいる場所なのに、聖域になってないの?
崇めてるなら、もっとこう……厳重な警備体制だったり、立ち入り禁止にするなりしそうなものだけど……。
野盗がウロウロできちゃうなんて、意外と大事にされてないのかなと、一瞬、神様が気の毒になった。
でも、今の私にとって重要なのは、神様の周りを調べて姫様失踪の手がかりを見つけることと、カイルさんの見送り!
実際にいるかどうかわからない野盗のことなんか、構ってられないのよ!
ここにきた目的を再認識すると、私はカイルさんをまっすぐ見つめてうなずいた。
「心配してくれてありがとう。カイルさんも気を付けてね。――それで、あの……もし姫様が見つからなくても、数日経ったら城に戻ってきて?」
「え? 見つからなくても……ですか?」
「う、うん……。だって、ほらっ。カイルさんがルドウィン捜し回ってる間に、姫様がこっちに戻ってくる可能性だってあるワケじゃない?」
「――っ!……そうですね。承知いたしました」
カイルさんがそう言って笑ってくれたから、私もホッとして笑い返した。




