第1話 落とされた先は
神社の桜の木に取り込まれ、真っ暗な空洞を落ち続けて……いったい、どれくらいの時が経っただろう?
落ち続けるのもいい加減疲れたし、早く解放されたいなぁ……。
でも、もしこのまま落下し続けた先にあるのが、かったーいアスファルトの地面だったとしたら。
まず間違いなく、即死だよね?
……なのに、どうしてだろう? 焦りや恐怖なんかは、少しも感じない。
妙にぼんやりとしていて、不思議な安心感まであったりして……。
きっと、長時間わけのわからない空間に放り込まれてたせいで、感覚が麻痺しちゃってるんだろうな。
――だけど。
落下し続けるのにも飽きてきてしまった私は、心の中で叫んだ。
(もう、とにかくどこでもいい! 早く終点にたどり着かせてーーーッ!!)
瞬間。
唐突に視界が開け、私は木の内部から表へと、ゴミをポイッと捨てるみたいに放り出された。
「えっ? うわ――っ!」
ドスンッ!
(キャーッ、骨折しちゃったっ!?)
ヒヤッとしたけど、柔らかな何かにぶつかり、衝撃が吸収されたらしい。木から落下したっていうのに、あまり痛みは感じなかった。
……ん? 固い地面じゃない?
クッションのような、もっふもふな感触。それに、なんだか温かい……。
「ん~、気持ちいい~……。このまま寝落ちしちゃいそう……って、いやいや! そんな場合じゃないでしょ!」
慌てて体を起こして周囲を見回すと、そこはたくさんの木々に囲まれた、薄暗い森の中だった。
頭上には斜めに傾いた太陽。(……太陽、なのかな?)
……うん。どうやら夜ではないらしい。
でも、ここは明らかに、元いた世界とは違う。
木々の種類は見覚えがあるものばかりだけど……。
真っ暗闇の空洞をずーっとずーっと落ちてきた末に、たどり着いた場所なんだもの。元いた世界のはずがないよね?
……とすると。
ここはいったい、どこなんだろう……?
戸惑う私の耳に、突如、聞き慣れない声が飛び込んできた。
「ぴ、ピピィ~……。いつまで私の背に……乗っておいで……なのです、かな?」
「――へっ?」
何っ、今の?
まるで、おじいちゃんのような声……。
……まさか、今のって……。
驚いて視線を下ろすと、そこにいたのは、信じられないほど大きな鳥のような生き物。
「ひゃあっ!?」
私は慌てて飛びのき、数メートルほど後ずさった。
……鳥?
え? 本当に鳥なの!?
いったい何なのよ、この生き物――っ!?
その巨大な鳥(のような生き物)は、翼を広げ、体についた土や葉をバサバサとはらうと、くるりとこちらを振り向いた。
まんまるい目をさらに見開き、驚いたように叫ぶ。
「ピョピョーーーッ!?……ひっ、姫様! 姫様ではございませんか!」
……姫?
姫って誰のこと?
まさか、いつの間にかこの国のお姫様が……?
お姫様だけならまだともかく、武器を持った兵士なんかがいたらどうしよう?
そんなことを思いながら、恐る恐る後ろを振り返る。
……誰もいない。
どうやら恐れていたもの――煌びやかなドレスを着た姫が護衛を連れて立っている――なんて光景は、目にしなくて済んだらしい。
「姫様! 心配しましたぞ、姫様ーーーっ!」
「えっ? ちょ――っ、ちょっと待――っ!」
巨大な鳥が、勢いよくこちらに突進してくる!
「姫様ーーーっ!!」
「きゃーーーっ!!」
もふもふぼっふーん!
次の瞬間。
私はその鳥(のような生き物)の胸毛に埋もれてしまっていた。
もふもふした羽毛が頬に当たる。
……うん。抜群の肌触り……。
――って、今はそんなこと言ってる場合じゃないんだって!
「姫様! あぁ~姫様ぁ~! ご無事で何よりでございましたぁああ~~~!」
柔らかな羽根でおおわれた鳥さんの胸に、ぎゅむぎゅむと顔も体も押しつけられる。
ちょっと苦しいけど、羽毛の感触はやたら気持ちよかった。
「まったく、今までどこに隠れていらっしゃったのですぅ~~~? 爺はさんざん捜し回って、もうヘトヘトでございますぞぉ~~~っ!」
鳥さんは涙ぐんで訴える。
彼(たぶん、彼だよね? 自分のことを『爺』とかって言ってるし)は、ずっと私(?)を探し回っていたらしい。
でも、私は姫様なんかじゃない!
「む、ぐ――っ! 違っ――う、ってば!」
思い切り突き飛ばし、私は素早く距離を取った。
「私は姫様じゃない! 私は桜、神木桜よ! 一度も『姫様』になった覚えはないし、なるつもりもないし、なれるとも思ってない!……それより、ここはどこ!? あなたは誰!?……ってか、そもそも鳥なの? 鳥でいいの?」
じっくり見れば見るほど、その生き物は、普通の鳥とはかけ離れていた。
まず、大きさが人間並み。身長は百六十センチメートルほどで、私とほぼ同じくらい。
それから、執事のような服を着ている。ただし、袖がないので翼はむき出し。
下半身も、一応ズボンらしきものを履いているけど……短い足のせいで、腹巻パンツのようになってしまっている。
「姫様、いかがなされました?……もしや、どこかで頭でもお打ちになられたのでは――?」
「ちょっ、待っ――! 近づかないで! ストップ! ストーーーップ!!」
また『もふもふ』されたらたまったもんじゃない!
……いや、気持ちよかったけども!!
「――ピョ? すとー……っぷ?」
言葉の意味が理解できなかったのか、鳥(のような生き物)はピタリと立ち止まり、首を横に傾けた。
「私は頭を打って変になったわけじゃない! ただ、いきなりこんな世界に飛ばされて、混乱してるだけ!」
「変な世界?……何を仰せでございます、姫様?」
再び一歩踏み出そうと、鳥(のような生き物)が足を上げる。
私は慌てて両手を前に出し、ジェスチャーで『止まって』と示してみせた。
「だからこっちこないでってばーーーっ! 私は姫様じゃないのーーーっ!」
私が必死に否定しても、鳥(のような生き物)はピンときていないらしい。また首をかしげる。
「あなたが探してた『姫様』がどんな人か知らないし、もしかしたら、私に超似てるのかもしれないけど! でも、とにかく私は『姫様』とは全くの別人なの!」
鳥(のような生き物)は、今度は逆の方へ首をかしげ、何かを考えるような素振りを見せた。
だけど、突然ハッとしたように翼を広げ、
「姫様、その御髪は!? 短くおなりあそばしておりますぞ!?」
「……は? おぐし?」
おぐし?
聞いたことあるような気がするけど……。
え~っと……何だったっけ?