第15話 騎士見習いの過去語り
お読みくださりありがとうございました!
お気に召していただけましたら、評価やブクマ、ご感想など、どうかよろしくお願いいたします。
アンナさんたちが出て行った後、その場には私とカイルさんだけが残された。
シーンとしているのも嫌だし、何か話しかけなきゃと焦りはするけど、彼との話題なんて姫様のことくらいしか浮かばない。
でも、さすがにそれはマズいよね?
さっき『姫様のこと好きなんですか?』なんて単刀直入に訊いちゃって、引かれたばかりなんだし……。
「あの……サクラ様?」
「へっ?……あ。何、カイルさん?」
意外にも、カイルさんから話しかけてきてくれた。
「サクラ様は、先ほど私に、その……お訊ねなさいましたよね? あの……」
「先ほどって……ああ、姫様が好きなのかって訊いたこと?」
「は――っ、……はい」
自分から言い出したくせに、カイルさんは顔を真っ赤にして、すごく小さな声で肯定した。
「何故、そのようなことを?」
「何故って……。姫様を守るのがカイルさんの役目なんだから、姫様がいなくなって心配するのは当然だけど。カイルさんからは、職務に対する後悔とか負い目なんかよりも、ただ純粋に、姫様の身の安全のことを第一に考えてる――って風にしか、感じられなかったから」
「…………」
「だから、もしかしたらって思ったんだけど……。えー……っと、ホントのところはどうなの? やっぱり姫様のことを……?」
「…………」
「――あ、言いたくないならいいの! ごめんね、余計なこと訊いちゃって」
うつむいたままのカイルさんを見ていたら、何だかすごく恥ずかしくなってきた。
これじゃ、ただの好奇心旺盛なやじ馬と変わらないじゃない。
カイルさんが姫様を好きだろうと好きじゃなかろうと、私が首を突っ込んでいい問題じゃないんだから……。
「サクラ様がおっしゃったことは……実は、自分でもよくわかっていないのです」
「え? わからない……って?」
カイルさんは恥ずかしそうに笑って、ぽつぽつと、初めて姫様と出会った日のことを話し始めた。
「私が初めて姫様をお見かけしたのは、二年ほど前のことです。その日は四年に一度の武術大会が開催されていました。参加資格のなかった私は、仲間と共に見物しているうちに、『自分ももっと強くなりたい』という気持ちが抑えられなくなってしまいまして。修練をするために一人で城に戻ったのです。すると、セバス様がお一人であちこち駆け回っていらっしゃいました。何かお探しのご様子でしたので、お手伝いしましょうかと申し上げたところ、姫様の行方がわからないとのお話で……」
「えっ、また!?……姫様って、よく姿を消しちゃう人だったの?」
「い、いえ! 決してそのようなことは――! 武術大会での姫様には、優勝者の頭上に草冠を載せ、栄誉を称えるという役割がございましたので……たぶん、そのお役目に不安がおありだったのだと思います。普段は城内からお出になることなどほとんどなく、お部屋の内だけでお過ごしになっているようなお方でいらっしゃいましたので……。セバス様も困り果てていらっしゃるご様子でしたし、緊急時だからと、私も特別にお許しを得ることができ、捜索に加わらせていただいたのです」
そこで言葉を切ると、カイルさんは当時を思い出しているかのように、フッと優しい顔つきになった。
「私は主に、中庭や裏庭の辺りを捜し回っていたのですが、裏庭の森に近い辺りで――」
「姫様を見つけたんだ?」
「……はい。姫様は裏庭の長椅子に腰かけられ、物憂げにうつむいていらっしゃいました。ゆるやかな風がお美しい黒髪を揺らし、まるで一枚の絵画のようでした。……恥ずかしながら、私は一瞬見惚れてしまい……しばらくはお声がけすることすら忘れ、立ち尽くしておりました」
……なるほど。
要するに、一目惚しちゃった……ってワケね。
うなずきつつ一人で納得していると、カイルさんは憂い顔で黙り込んでしまった。
「……カイルさん?」
「申し訳ございません。その時の、姫様の寂しげな表情を思い出してしまって――」
そう言って、辛そうに睫毛を伏せる。
「寂しげな表情……?」
「ええ。その時の私は、姫様の置かれた状況を何一つ存じ上げませんでしたから、察して差し上げることなどできませんでしたが……。たぶん、姫様はお寂しかったのだと思います。陛下も、こちらには滅多にいらっしゃいませんし……」
「……そっか。そんな状態の上に、婚約破棄だなんてショックなことが続いたら……ここにいたくないって思っちゃったとしても、無理ないかもしれないね」
だから姫様は、たった一人で神様にお願いしにいったのかも……。
私の確信は、姫様の新情報を入手するたびに強まっていった。
もう、それ以外には考えられない――というほどに。
いよいよ確信を強めた私は、カイルさんに質問した。
「カイルさん。最近姫様から、神様について訊かれたことってなかった?」
「え、神様について?……いえ、私が知る限りではなかったと思いますが」
「そっかぁ~。もしかしたらと思ったんだけど……」
「もしかしたら? 姫様が行方不明になられたことと、神様と、何か関係があるのですか?」
「えっ?……あ、ううん!」
余計なことを言ってしまったと後悔したけど、カイルさんはさらに追及してきた。
「サクラ様。やはり、何かご存知なのではございませんか?」
「しっ、知らないっ! 私は何にも知らないよ?――ただ、私がこの世界に迷い込んだのが神様のいたずらだとしたら、姫様が消えちゃったことにも関係してるのかなって、ちょっと思っただけ!」
「神様が姫様に、何かしらの影響を及ぼしたのではないか――と?」
「うん。なんとなく、そんな気がして……」
「…………」
あぁ~……。
カイルさん、難しい顔で黙り込んじゃった。
……困ったな。ここまで話すつもりはなかったのに。
神様のところにいって証拠を見つけたら、そこで初めて、自分の考えを話そうと思ってたのに。
あーもーっ、私のバカ!
どうしてこう、肝心なとこが抜けてるんだろ?
ズズンと落ち込んでいるところに、ノックの音が響いた。
「セバスチャン? いいよ、入って!」
気まずい雰囲気から逃れるため、外に向かって呼びかけると、セバスチャンが入ってきた。
「どうだった? 国王様のお許し、もらえた?」
「はい。カイルについては、父親の体調不良で家に戻る許可を申し出たところ、すぐに了承されました。『こちらのことは気にせず、孝行せよ』とのことです。サクラ様のお見送りについても、『セバスが供するのであれば、問題なかろう』とお許しいただけました」
セバスチャンは大きくうなずいて、得意げに胸を張った。
まるで、『お許しをいただけたのは、陛下に信頼されている自分だからこそ』とでも思っているみたい。
……まあ、実際、信頼されてるんだろうけど。
見た目は〝めちゃめちゃ可愛い、ゆるキャラ体型のオカメインコ〟なのにねぇ……。
「――サクラ様? いかがなされました?」
「あ……ううんっ。お許しもいただいたことだし、早速出発しようか!」
善は急げとドアに駆け寄ると、セバスチャンが翼をバサバサさせて私を呼び止めた。
「お待ちください! まだお伝えせねばならぬことがございます。――陛下からのご伝言です。本城から緊急の知らせが届き、予定よりも早くお戻りになるとのこと。そして明朝、ギルフォード様が参られたら失礼のないようお迎えし、数日の滞在をご所望の折には、つつがなくおもてなしするように――とのことでございました」
「え……。えっ、私が!? 私が王子のおもてなしを?」
「はい。姫様がお戻りになるまでは、代わりを務めていただけるのでしょう?」
「う――っ!……それは、そう……だけど……」
「では、よろしくお願いいたします」
ペコリと頭を下げられ、私は渋々うなずいた。
でも、おもてなしするってどうすればいいんだろう?
姫様の代わりなんて、私にちゃんとできるのかな?
ギルフォード王子の突然の来訪を忌々しく思いながら、私は大きなため息をついた。
お読みくださりありがとうございました!
第4章からは1日1話(朝6時半ごろ)更新となります。ご了承ください。




