第11話 城外に出るためには?
部屋に戻ると、三人が一斉に駆け寄ってきた。
「サクラ様! 陛下にお許しはいただけましたか?」
「え……っと、それがね――」
「……お許しいただけなかったのですか?」
失望したような顔で、カイルさんがつぶやく。
「ううん、そうじゃなくて。……きちゃうらしいの」
「きちゃう……とは?」
「だから……ここにきちゃうんだって。明日、ギルフォード王子が」
「ええっ!?」
……うん。
見事なまでの三重奏……。
「王子が、この城にですか!?」
「うん。さっき手紙が届いてね。そういうことが書いてあったって、国王様が」
みんな――特にカイルさんは、困惑した様子でうつむいてしまった。計画を白紙に戻さなければいけなくなったんだから、困り果てるのも当たり前だけど。
「だから、こっちから会いに行って、その間にカイルさんが姫様を捜す――って方法が使えなくなっちゃったの。どうしたらいいと思う?」
「……どうしたら、と申されましても……」
みんな、『聞きたいのはこっちの方だ』って顔してる。
やっぱり、そう簡単には良い案なんて浮かばないか……。
「えっとね。さっきセバスチャンとも話したんだけど、私が外に出られないとなると……ここはやっぱり、カイルさんにお願いするしかないと思うの。一人で大変だと思うけど……カイルさん、行ってもらえるかな?」
「もちろんです! 至急、出立の用意をして参ります!」
「え――っ? あ、待ってカイルさん!」
部屋を出て行こうとする彼を、慌てて呼び止める。
「何の命令もないまま行ったら、マズいでしょ? カイルさんには、姫様を守るって任務があるんだし。姫様がここにいない以上、私が姫様の代役しなきゃいけないんだから、私から命じられた『何か』がないと――」
「……『何か』?」
「うん、そう。でも、その『何か』が思いつかないから、一緒に考えて欲しいの。姫様がカイルさんにお願いしそうなことで、叶えるのに時間かかりそうなことって、何かないかな?」
「姫様がお願いしそうなこと、ですか――」
カイルさんは困ったように腕組みした。
「姫様からお願いなどされた記憶は、特にありませんし……。アンナさんなら、姫様からお願いされたことがあるんじゃないですか?」
「え?……いいえ! 私だってございませんとも! 姫様はお優しいお方でしたから、私たちの手を煩わせるようなことは、何ひとつおっしゃいませんでした」
へえ~……。
姫様って、ホントに控えめな人だったんだなぁ……。
ワガママの一つや二つ、言ったことあるって方がお姫様っぽいと思うんだけど……。
――って、これは私の偏見かな?
「う~ん……。大人しい姫様でも、思わずお願いしたくなっちゃうような用事、何かない~? このままじゃ、カイルさんが外に出るための口実が……」
頭を抱える私を横目に、
「口実などなくても構いません! 姫様をお捜しするためなら、たとえ騎士の掟を破ることになったとしても、城外に出ます!」
カイルさんは思いつめたような顔つきで、キッパリと言い切った。
「ちょ――っ、掟破ってでもって……!」
「それはならぬ! ならぬぞ、カイル! 騎士団の掟を破った者は、騎士の称号も名誉も、全て剥奪されるのだ。ましてや、まだ見習いに過ぎぬおまえは、騎士を目指すことさえ許されぬようになるだろう。それでもよいのか!?」
「……構いません」
「カイル!」
少し間はあったけど、それでも言い切るカイルさんに、セバスチャンはたしなめるように名前を呼んだ。
「騎士になるのは、おまえの幼い頃からの夢であったのだろう? その夢を、簡単に諦めてもよいのか?」
「構いません! 今の俺には、騎士になる夢よりもずっとずっと、姫様の方が大事です!」
「……カイル……」
セバスチャンはそう言ったきり、しばらく一人でオロオロしていた。
私は何だかジーンとしてしまって、しみじみとカイルさんの横顔を眺めた。
夢よりも何よりも、姫様が大事だなんて……。
『騎士団の掟』がどんなものか知らないけど、それ破ってでも、姫様を捜したいだなんて……。
姫様と騎士見習いじゃあ、身分違いの――絶対に許されない恋なんだろうけど。
私……断然、カイルさんの恋を応援したくなっちゃった!
「カイルさんの気持ちはよーっくわかった! でも、やっぱり掟は破っちゃダメだよ!」
私はカイルさんの手を取って、両手でギュッと握った。
「さ――っ、サクラ様?」
「私、カイルさんのこと全力で応援する! この世界では、私なんてただのよそ者だけど……。でも、よそ者だからこそできることもあると思うの! だから、私に頼みたいことあったら、遠慮なく言ってね?」
手を握ったまま、真剣な顔で告げる私を、カイルさんはビックリしたように見つめていた。
そして次の瞬間、一気に顔を赤く染めて、
「あ……あの……。手を……」
うつむきがちに、ようやく聞こえるほどの小声でつぶやく。
「え? 手?……わわっ、ごめんなさい!」
私は慌てて両手を離して謝った。
しまった~……。カイルさんの気持ちに感動して、つい……。
いきなり手なんか握って、馴れ馴れしいヤツって思われちゃったかな?
うぅ……気まずい。
こうなったら、急いで話をそらすしかない!
「え~……。とっ、とにかく! 掟破りは絶対ダメ! 姫様だって、自分のせいでカイルさんの夢が台無しになっちゃったなんて知ったら、悲しむと思うし」
「ですが――! だったら、他にどうしろとおっしゃるのです?」
「だから! 大至急、何か良い案考えるから! もうちょっとだけ待って!」
私は考えた。
どっちかというと、頭脳労働より肉体労働の方が得意だけど、それでも必死に考えた。
だって考えなきゃ、カイルさんが騎士団の掟破って飛び出してっちゃうかもしれない。
とにかく急がなきゃ。
姫様が、いつ危険にさらされちゃうかわからない状態なんだし。
私は焦って、考えに考えた。
考えて考えて考えて考えて……考えた末に、ようやく一つの案を思い付いた。




