第14話 会いたいから、会いに行く
いきなり神様に『桜に会いにいく』と宣言された私は、ポカンとして訊ねた。
「会いに行く?……桜さんに?」
「そうだ。桜に」
「会いに行くって……え、どういうこと?」
「前にも言ったろ? オレの力はすっかり弱まっちまってて……桜をここに呼び寄せるとか、たぶん、もう無理なんだ。けど、オレがあっちに行くくらいなら……もしかしたら、なんとかなるかもしれない。だから、行くんだ」
「そんな……。力が弱まってるってわかってて、それでも行くの? そこまでして、桜さんに会いたかったの?」
私の問いに、神様は見たこともないくらい素直な――ちょっと照れたような顔で、ポツポツと語り出した。
「オレさ。あいつが――おまえの父親が恋だのなんだのってわけわかんないこと言って、出て行っちまった時……すっごく腹が立ったんだ。腹が立って、悔しくて……『何が恋だ、バカバカしい』くらいに思ってた。人間の女なんかに入れ込んで、何考えてんだってさ……。けど、桜がオレの前からいなくなって……もう二度と会えないのかもしれないって思った時に、なんかこう……。その……うまく言えないんだけど、さ……」
「え? それって……。じゃ、じゃあもしかして……神様、桜さんに恋……を?」
頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうに視線をそらせると、神様はコクリとうなずいた。
「そっ……か……。神様、桜さんに恋――してるんだ?」
……そっか。
だからあんなに、桜さんのことばっかり気にして……。
なんだ、そっか。
そうだったんだ……。
「桜が、あっちでちゃんとやれてるかも気になるし……さ。だから、行こうと思うんだ。――いや。もう行くって決めたんだから、絶対行く! 何が何でも行く!」
「……神様……」
真剣な顔の神様は――どこか嬉しそうでもあった。
人を好きになれた喜びで、すごく輝いて見えた。
――でも――。
「神様……。会いたい気持ちはわかるけど、そんなに弱ってて大丈夫なの? 呼び寄せるのと、直接向こうに行くのとでは、どれくらい力の消耗具合が違うのかとか、よくわからないけど……。ちゃんと向こうまでたどり着けるの?」
寿命がどうのって話を聞いちゃった後だから、どうしても心配になってきちゃうよ……。
「そんなの、オレにだってわからない。けど、もう決めたんだ」
「きっ、……決めたんだ、って……」
「いいんだ。たとえたどり着けなくても。途中で力尽きて、消滅することになったとしても。オレはやっぱり……桜が好きだから。ここで、ただウジウジしてるだけなんて耐えられない。結果なんて二の次だ。行きたいから行く。それでいいんだ」
神様は、すっかり覚悟を決めているみたいだった。
『あとは実行するのみ』。……そう顔に書いてあった。
……すごいな。さすが神様。
思い立ったら即実行、か……。
「カッコイイね、神様。即断即決かぁ……。それだけ桜さんに会いたいってことだよね」
「う――っ。……ま、まあな」
神様は照れくさそうにしながらも、ごまかそうとはしなかった。
真っ赤な顔のまま、素直に肯定してみせた。
生意気で意地っ張りな神様を、ここまで可愛くしちゃうなんて。
……すごいな、桜さんって。
私はとうとう会うことは叶わなかったけど……きっと素敵な人なんだろうな。
でも……桜さんがどれだけ素敵な人だとしても。
神様がちゃんと向こうに着けるのかって考えたら、やっぱり心配だよ。
もしかしたら、途中で力尽きて消滅しちゃうかもしれないなんて……。
「神様……」
「な、なんだよ。そんな顔するなって。たどり着けないって決まったわけじゃないだろ?」
「それはそうだけど……」
「大丈夫だって。力が弱まってるって言っても、向こうに行くくらいだったら、どうにかなると思うしさ。……まあ、こっちに戻ってくんのは無理だろうけど……」
「……じゃあ、神様とはもう会えないの? 無事に向こうに着けたら、それっきり……?」
「ああ。そういうことになるな。……たぶん、だけどさ」
「……そっか」
神様と、本当にこれでお別れなんだ。
なんだか実感が湧かないな……。
でも、神様が桜さんに会いに行けるんなら、それが一番いいことなんだろうし……。
……それに、たとえ二度と会えなくなるとしても、神様の幸せを祈りたい。
桜さんと、無事に再会させてあげたい。
そう思えるくらいには、私もこの神様のこと、いつの間にか好きになってたんだな……。
胸がギュッと締め付けられる。
寂しさがじわじわと胸に広がって……。
――でも、その時ふと気付いた。
「え……。ちょ、ちょっと待って神様! 神様が向こうに行っちゃったら、私はどうなるの? まさか、このままここに閉じ込められちゃったりしない……よね?」
一気に不安が押し寄せてきて、慌てて訊ねてはみたものの。
神様のことを、ここでちゃんと見送ってあげたいって気持ちも強かったから、『今すぐここから出して』という言葉をとっさに飲み込んだ。
神様はいたずらっ子のようにニンマリと笑い、
「まあ、待てって。俺がいなくなってからでも、ここからちゃんと出られるようにしといてやるからさ」
そう言って、得意げに胸を張った。
「え、ホント? どうすれば外に出られるの?」
「おまえのために扉を用意してってやる。オレが向こうに行っちまったら、おまえはその扉を開けて外に出るんだ」
「扉を……。うん、わかった! それを開ければ外に出られるんだね?」
「ああ。そういうことだ」
神様はニコリと笑うと、腕を組んで大きくうなずいた。




