第10話 未来への恐れと別れの予感
お父様の話を聞いてからというもの、私の心臓は絶えず落ち着きなく大きく脈打ち続けていた。
身近な人たちが傷付く。
避けられない運命。
――そんな言葉が、頭の中でぐるぐる回る。
ちょっぴりドジなところもあるけど、いつも優しく私を支えてくれているセバスチャン。
頼り甲斐があって、時には厳しく叱ってもくれるアンナさん。
性格は穏やかで控えめだけど、言わなければならない時はちゃんと言ってくれるエレンさん。
天使みたいに可愛くて素直な、天才剣士だという噂のあるシリル。
一見冷たそうに見えるけど、実は不器用なだけで、心根は優しいオルブライト先生。
居眠りばかりしてるように見えて、実は誰よりも私を理解し、見守ってくれているグレンジャー師匠。
私を支えてくれている、大切な大切な人たち。
その誰かが傷付く。ううん、もしかしたら、もっと取り返しのつかないことになるかもしれないなんて……。
いつ?
どんな風に?
誰が?
……それを知るのが怖かった。
でも、知らないままでいるのはもっと怖い気がして。
私は意を決し、ゴクリとつばを飲み込んでからお父様に声をかけた。
「あのっ!……えっと……お父様?」
「うん? なんだね、リア?」
「あの……お父様のご覧になった夢って……いつ頃、起こりそうなんでしょうか? もっとずっと先ですか? それとも、近いうちに……?」
「……そうだな。私の予知夢というのも、そこまで詳しく――細部まで読み取れるわけではないのだが……。これだけは伝えておくとしよう。おまえはこの先……どうやら、あの者と再び会うことになるらしい」
「『あの者』?……あっ! もしかしてそれって……神様のことですか?」
「そうだ。あの者にも……終焉の時が近付いているようでな」
「え? 終焉、って……」
「あやつも、かなり長く生きた。すっかり力も弱まってしまっている。哀れではあるが……寿命というものなのだろう」
「寿命? 神様が?」
そんな……嘘でしょ?
だって、見た目があんなに小さくて……。
寿命だなんて、実感なんて湧くワケないよ……。
その時。
神様と初めて会った日の光景が、脳裏に蘇った。
神様だっていうから、きっとお年寄りに近い見た目なんだろうと思ってたのに。
実際は十歳前後にしか見えない、ちょっぴり生意気な神様で。
でも、桜さんに会えなくなって――お父様にも会ってもらえなくなって、すごく寂しそうだった。
あの神様に、『終焉の時が近付いている』?
そんな……そんなことって……。
「望もうが望むまいが、近いうちに、おまえは再びあの者に会うことになるだろう。その時が……あの者との別れの時だ」
「えっ? 別れの……時?」
「そうだ。」
「神様と再会した時が、別れの時って……。それって本当に、神様が亡くなっちゃうってことなんですか?」
「それは私にもわからん」
「えっ!?……だって、お父様はさっき『終焉』とか『寿命』とかって――」
「私が見たのは、二つの未来の先であの者が消える――もしくは、存在しなかったという事実だけだ。あの者の姿が何ゆえ見えなくなったのかまでは、夢には詳しく現れなかった」
「そ……そうなんですか……」
誰が危険な目に遭うかわからない未来……。
その危険が誰に訪れるのか。
その危険がどの程度のものなのかも、お父様は知ってるのかな?
『おまえの身近な者が、おまえを守るために傷付く場面があった。それが誰なのか、いつのことなのかまではわからぬが……』
さっき、お父様はそうおっしゃってたけど……本当は、誰が傷付いたか知ってるんじゃ……?
知ってるけど、私を怖がらせたくなくて黙ってらっしゃるんじゃ……。
訊いてみたかったけど、すんでのところで思い留まった。
やっぱり、知るのが怖かったから――。
「リア……」
お父様は辛そうに目を伏せた。
けれど、すぐに顔を上げると、大きな温かい手で頭をゆっくりとなでてくれる。
「未来など、詳しく知らぬままいた方が幸せなことが多いものだ。変えられぬ運命であれば、尚さらな……」
実感のこもったつぶやきに、涙が溢れそうになる。
だって、お父様はずっと一人で……変えられない未来の夢を見続けて、今まで生きてきたに違いないんだから。
きっと何度かは、不幸な未来を変えようと――どうにかして変化をもたらそうと、試してみたこともあったかもしれない。
でも、どんなに試しても試しても……夢に見た未来から逃れることはできなくて……そのたびに、傷付いてきたのかもしれない。
……何の根拠もないことだけど。
私が勝手に、そう感じたってだけのことだけど。
お父様を見ていたら、何故だかフッと……そんな映像が浮かんできて。
……錯覚だったのかな?
気のせいだったのかな?
本当のところはわからないけど……。
お父様ならきっとそうしてきたに違いないと、素直に信じることができた。
そして……神様。
次に会う時がお別れの時なんて、やっぱり怖いけど……。
でも、会わなきゃ。
そうしなきゃ前に進めない。
その時――私はちゃんと伝えられるだろうか。
心からの『ありがとう』と『さよなら』を――。




