第7話 傷心の姫様
つい、『闇雲に捜し回ってただけじゃ、姫様見つけられないんじゃない?』なんてことを言ってしまい……。
振り返ったカイルさんに、私は冷たい視線を向けられてしまった。
「では、お聞きいたしますが……他にどういう方法があるとおっしゃるのです?」
「え?……あ、いや。べつに、具体的な方法が浮かんでるワケじゃないんだけど……」
……どうしよう。
言葉遣いは丁寧だけど、だいぶ怒ってるっぽいぞ……。
カイルさんは鋭い目つきで私を見て、次に私が何を言うか、様子を見てるみたいだった。
うぅ、困ったな……。
私はただ、当てもなく捜し回るよりは、姫様の行動パターンをよく考えてから、次の行動に移った方がいいんじゃないかって……そう思っただけなんだけど。
「えっと……。じゃあ、みんなにちょっと、質問してもいいかな?」
訊ねてから、一人一人の顔を確認するように見回す。
「質問?」
カイルさんが怪訝そうに眉をひそめた。
「そう、質問。そもそも、姫様って自分の意思でいなくなったの? それとも、誰かに連れ去られたっぽいの?」
「……それは……」
最初に発言したのは、セバスチャンだった。
「自らのご意思で……とは、考えたくはございません。しかし、この城に曲者が入り込むなど、ほぼ不可能だと思われますので、恐らく……」
「自分から城を出た、ってことね?」
「……はい……」
「ですがセバス様。姫様が誰の目にも触れられることなく外出なさるなど……それもまた、不可能だと思われるのですが?」
「……うむ。解せぬのはそこなのだ。城の出口という出口には、常に騎士団の者が数人、交代で見張りに立っておる。外からの侵入が不可能であるのと同じく、外へ出るにも、誰かしらに目撃されるはずなのだ。だが、姫様を見かけたなどという報告は、一切受けておらぬ。姫様のご性格からして、たった一人で城外へ出ていくなど、あり得ぬと思うのだが……」
「姫様って、大人しい人なの?」
「はい。とても物静かで、慎重な方でございます」
……へー……。
どうやら、中身は私とは大違いみたい。
「んー……。じゃあ、姫様がどうやってこの城を出たか――って問題は、ひとまず置いといて。次の質問いくね?――ここ最近、姫様に何か変わったことってなかった?」
「変わったこと?」
「うん。昨日今日のことじゃなくてもいいの。何か……姫様がショック受けたりとか、傷付くような出来事ってなかったかな?」
「姫様が、傷付くような――」
私を除く一同が、ハッとしたように顔を見合わせた。
「あったの!? 思い当たることがあるのね、みんな?」
みんなの目が一斉に私に向けられた後、彼らは同時にうなずいた。
「何なにっ!? いったい何があったの!?」
みんなを代表して、まずはセバスチャンに訊いてみる。
「いえ、それが……」
セバスチャンは助けを求めるかのように、他の人たちに順番に目配せした。
でも、全員に目をそらされてしまい、自分が話すしかないのかと早々に諦めたらしい。ぼそぼそと、まるで独り言のように語り出した。
「姫様には、将来ご一緒になられるはずだった婚約者がいらっしゃいまして……。婚約者と申しましても、隣国との昔からの口約束と申しますか、そのようなもので……絶対的な拘束力がある訳ではないのですが。姫様は、その……絶対そうなるものと、お考えになっていらっしゃったらしく――」
「えっと……つまり、姫様はその婚約者さんが好きだったのに、どういう理由かはわからないけど、お断りされちゃった……ってこと?」
「ピッ!?――何故おわかりになるのです、サクラ様!?」
「えっ? いや、だって……」
今の話聞いてれば、自然にこういう結論に行き着く……よね?
「まさしく、その通りでございます。姫様は、ギルフォード様に初めてお会いした時分より、ずっとお慕いしておられたようなのですが……。つい先日、国王様の元に届いた書状には、ギルフォード様に、姫様との婚姻のご意思はない――との内容が含まれていたそうでございまして……」
「ギルフォードさんって……王子様か何か?」
「はい。隣国であるルドウィンの第一王子であらせられます。まだお若くていらっしゃるのに人望も篤く、大変ご立派なお方でございます。第二王子はフレデリック様とおっしゃいまして、私は、まだ直接お会いしたことはないのですが、聞くところに寄りますと――」
「ああ、今は第二王子の話はいいから。――先、続けて」
「ピッ!?……は、はい……」
しゅんとしながら、セバスチャンは話を続けた。
「その……とにかく、ギルフォード様に婚姻のご意思がないとお知りになった姫様は、たいそう衝撃を受けていらっしゃいまして……。しばらくの間、打ち沈んでいらっしゃるご様子でした」
「そっか……。みんなにもそう見えた?」
そこで私は、黙ったままの三人を振り返る。
「は、はい。姫様は、普段から大変控えめなお方でいらっしゃいますので、そう大きな差があった訳ではございませんが……」
「でも、毎日お世話をさせていただいてますから、わかります! 姫様は、かなり落ち込んでいらっしゃいました!」
――お、珍しい。
ずっと大人しかったエレンさんが、強めに主張してる。
私はチラッと、カイルさんの表情を窺った。彼は唇をキツく結んで、床をにらむように見つめていた。
「え……っと、姫様が落ち込んでたのは間違いないみたいだから、自分の意思で城を出てった……って考える方が自然かな?」
「……はあ、それは……。ですが、この数日は笑顔もお見せくださっておりましたし、私どもも、もう大丈夫であろうと思っておったのですが……」
セバスチャンが力なく言うと、アンナさんも同意するようにうなずいた。
「うん……。でもさ。それはたぶん、みんなに心配かけたくないから無理して笑ってた、とか……そういうことなんじゃないかな?」
失恋の傷なんて、そう簡単に癒えるものじゃない――ような気もするし。
……まあ、私なんて初恋もまだだから、なんとなくそう感じるってレベルの話だけど。
私の意見をどう思っただろうと、他のみんなの様子を窺うと、何だかうな垂れてしまっている。
これはマズい、どうにかしてフォローしなきゃと、私は焦って口を開いた。
「とにかく、それが唯一の手掛かりっぽいなら、そこから攻めてみるしかないよ!」




