第6話 二度目の謁見
勉強と剣の稽古を繰り返す日々にも、すっかり慣れた頃。
もう少しで夕食――という辺りで、その知らせは私にもたらされた。
「えっ、国王様がここに!?」
「はい! 先ほど知らせが届きまして。明朝、こちらにいらっしゃるそうです」
セバスチャンはソワソワというか、ウキウキというか。
とにかくすごく嬉しそうに、私に報告してくれたんだけど……。
「姫様? 浮かないお顔をしていらっしゃいますが……いかがなさいました?」
「うん……。国王様にはいろいろと訊きたいことがあるんだけど、どう切り出したらいいのかわからないような話ばっかりだからさぁ。どうしようかなーって」
「ピョ? 『どう切り出していいかわからない話』……でございますか?」
セバスチャンは私をじーっと見つめてから、不思議そうに顔を傾ける。
……まあ、そういう反応になるよね。
この話は、セバスチャンにだってしたことないんだから。
私自身、信じられないような話だし……。
まさしく、荒唐無稽としか言えないんだもの。
どう話せばいいかなんて、さっぱりわかんないよ。
「んー……。セバスチャンには関係ないことだから、気にしなくて大丈夫。これは私と国王様――お父様の問題だから」
「はぁ……」
セバスチャンは納得したんだかしてないんだか、判断が難しい顔をしていたけど。
まあいっか。
これ以上何か訊かれても困るだけだから、放っておくことにしよう。
そんなことより……う~ん、どうしたもんかなぁ?
国王様に面会した時、どうやって話を切り出そうかと私はずっと考えていた。
夕食の時間も湯浴みの時間も――夜、眠りに就くギリギリの瞬間まで。
とにかく、その日一日ずーーーっと考え続けた。
次の日。
国王様を前にした私は、ひたすら緊張していて。
前日に頭でシミュレーションしていたはずのことを綺麗さっぱり忘れ、頭が真っ白になっていた。
どっ、どうしよう……。
訊きたいことはいっぱいあるのに。
これからどうする予定だったかが……。
あぁあっ!! 全ッ然、思い出せない!!
「リア?……いかがしたのだ? 顔色が優れぬようだが?」
そっと頬に触れる、大きくて温かい手。
一瞬ビクッとしちゃったけど、その後、何故だか急に甘えてみたくなってしまって。
私は片手を国王様の手の甲に重ねると、大きな手のひらに自ら顔を近付けた。
「リア?」
少し戸惑ったような、国王様の声。
私はハッと我に返り、慌てて手を離して頭を下げた。
「すっ、すみません! あの――っ、失礼しましたっ!」
国王様は、両腕で包み込むように私を抱き締める。
「何を謝ることがある? おまえは私の娘だ。ただ一人の愛しい娘なのだから……遠慮なく甘えてよいのだぞ? その方が私も嬉しい」
穏やかな声で語りかけ、国王様は優しく頭を撫でてくれた。
「国王、様……」
胸がジ~ンと熱くなって、ホッとして……。
私は全てゆだねるように国王様の胸に顔を埋めた。
大きくて広くてたくましくて……どこまでも温かい、国王様の腕の中。
なんだか、小さな頃に戻ったみたい。『このままずっと、こうして甘えていたい』なんて思ってしまう。
……やっぱり、信じられないよ。
国王様が桜さんに冷たかったなんて……。
こうしてるだけでも、優しさや温かさが伝わってくる。
父親が娘を大事に想う気持ちが、しみじみと感じられるのに……。
「あの、国王さ――……いえ、お父……様」
勇気を出して呼んでみる。
国王様のことを桜さんがなんて呼んでいたか、全然わからないのに。
……ちょっと軽率だったかな?
違う呼び方をしていたなら、変に思われちゃうかも……。
「……ん? いかがした?」
国王様が自然に受けてくれたから、安心して先を続ける。
「えっと……実は、お父様にお訊きしたいことがあるんです。聞いていただけますか?」
「うむ。なんだね?」
「あの……急にこんなこと言って、驚かれるかもしれませんけど……。私、会ったんです。会って、いろいろ聞いたんです。その……神様に」
一瞬だけ、私を抱き締める手がピクリと反応した気がした。
驚いたためなのか、緊張しているためなのか、それはわからない。
だけど、お父様は神様を知っている。――そう確信した。
お父様は私から静かに体を離すと、くるりと背を向け、ゆっくりと窓辺に近付いた。
しばらく外を眺めていたかと思うと、ふいに、
「それで……全て聞いたのかね? 私の……いや。初代国王とのことを」
特に取り乱す様子もなく、お父様は落ち着いた声で訊ねた。
「やっぱり。お父様はご存知なんですね、神様のこと? 神様が、すごく子供っぽくて、短気で……ホントは、とても寂しがり屋だってこと」
お父様はこちらを振り返り……何かを思い出したかのように、フッと笑みをこぼした。
「子供っぽくて、短気で……か。確かにそうだな。……まったく。困った神様もいたものだ」
そう言いながらも、お父様の声には、優しさと親しみが込められている気がした。
まるで、イタズラ好きの弟のことでも話しているみたいだった。
そんな温かさが感じられたことが、何故だか無性に嬉しくて。
私はホッと息をついてから、次の質問を投げかけた。
「お父様は、神様と――元は同じような存在だったって聞いたんですけど……。あの、それってどういう意味なんですか? 私、神様の説明を聞いただけでは、よくわからなくて……」
しばらくの間、沈黙が続いた。
お父様は、何か思いついたかのように私を見つめると。
「リア。これから少し昔話をしようと思うのだが……聞いてくれるかね?」
「え、昔話?」
「ああ、そうだ。私の記憶も、だんだん薄れてきているのでな。うまく話せるかどうかわからぬし、退屈させてしまうかもしれぬが……。それでも聞いて欲しい」
「はい。聞かせてください。お父様の話が聞きたいです」
「……うむ。ありがとう。では、始めるとするか――」
お父様は昔を懐かしむように目を細めると、遠い過去の記憶をポツポツと語り始めた。




