第3話 天使が護衛になった理由
シリルが私の護衛になってから数日後。
私は冷静になってきた頭で、どうして先生が彼を護衛に選んだのかについて考え始めた。
シリルはすごくいい子だし、素直で可愛いし、見た目の印象は天使だし。
まあ、控えめに言っても完璧!……なのよね。
個人的にはすごく気に入ってる。
……ううん。ものすっごく気に入ってる。
弟がいたらこんな感じなのかなぁって、毎日妄想しちゃったりするほど……。
彼はすっかり私のお気に入りになってしまっていた。
……でも。
護衛?
――ってことで考えると、イマイチ……いや、イマサンくらいピンとこないのよね。
こんなに華奢で、女の子みたいに可愛い子が……護衛?
どうして先生は、わざわざこんな虫も殺せそうにない子を選んだんだろう?
……って、ますます不思議に思えてきちゃって……。
だから、単刀直入に訊いてみることにした。
先生にヘタな小細工は通用しないし、探りを入れる――なんて遠回しな方法は、即、看破されちゃうに決まってるしね……。
「何? シリルを護衛に選んだ理由だと?」
先生はさも面倒だと言うように、私をジロリとにらんだ。
「フン。そんなもの。まだ幼さを残す程度の少年であれば、君も恋に落ちたりはしまい? そう思ったからに決まっている」
「……へっ?」
私は思わず、アホの子みたいにポケーっと口を開けたまま、しばらくの間、先生を凝視してしまった。
我に返ったとたん、『いきなり何言い出すんだ、この嫌味教師!?』と思わずカッとなる。
「ば――っ、バカなこと言わないでください! シリルはまだ十一歳ですよっ!? 恋に落ちるなんて……! そんなの犯罪じゃないですかっ!!」
「だから、『君も恋に落ちたりはしまい』と言ったではないか。あの年頃の者に食指が動くようなら、大問題だからな。仔細なかったようでひとまず安堵したよ」
「なん――っ? あ、当たり前です! 先生は私をどういう目で見てるんですか!? シリルのことはもちろん気に入ってますけど、それは恋とは全く違う感情です! 人をショタコン扱いしないでいただけますっ!?」
……まったく。
人をバカにするにもほどがあるっつーの!
「ショタコ……? 君は時折、わけのわからない言葉を発するな。だが……まあいい。君が小児性愛者ではないことがわかったのだからな」
嫌味ったらしくニヤリと笑い、指先でメガネの位置を調節している先生を、私はムカムカしながらにらみつけた。
「……でも、シリルってあんなに小さいし、華奢だし……。ホントに、護衛なんて任せちゃっても大丈夫なんですか? むしろ、彼の方に護衛つけてあげたいくらいなんですけど……」
「見た目で人を判断するのは感心できんな。彼は確かに幼いし、力も弱い。だが、ああ見えて剣の腕は確かだそうだぞ。私は直接目にしたわけではないのだが……力のない分、俊敏さと技術で補い、陰では『天才』とささやかれているほど稀有な能力の持ち主らしい」
「天才剣士!?……シリルが?」
……ほぇ~……。
ホント、人は見かけによらないのねぇ……。
「剣士としては申し分ないんだが……あの容姿だからな。何かと問題も出てくる」
「……問題? 容姿で問題って?」
「危険なのだよ」
「危険?……え、シリルが……ってことですか?」
「そうだ。騎士見習いは男ばかりだからな。あのように女性的な美しさを持った少年が長いこと中にいると……マズイことになる可能性がある」
「マズイこと?……って、なんですか?」
ポカンとして訊ねると、先生は深々とため息をついた。
「察しが悪いな。年頃の男共の中に、美しい見た目の少年が一人いたとしたら?――深く考えずともわかるだろう」
「年頃の……男? 美しい見た目の……少年……」
「だから! 襲われる可能性があるということだ。その程度のこと、言われなくとも気付きたまえ」
「襲わ――……え?……えぇええッ!?」
襲われるって……シリルが!?
「ちょ…っ! ちょっと待ってください! シリルはまだあんな小さくて……しかも男の子ですよ!? 襲われるって、そんな――!」
「君は同性愛者の存在を知らんのか?……そうでなくとも、あのような少女のごとき見た目の少年が目の前に長くいたとしたまえ。フラッとなって間違いを犯す者が出てきたとしても、なんら不思議はあるまい?」
「……ふ、不思議はあるまい……って……」
イヤっ! 怖いっ!!
あんな可愛いシリルが……天使みたいなシリルが、飢えた男共の餌食になっちゃってたかもしれないなんてーーーっ!!
「冗談じゃありませんっ、そんなことあって堪るもんですか!――シリルは私が守ります!! ぜーーーったい、そんな人たちなんかには近付けませんっ!!」
キッパリと宣言すると、先生はフッと笑ってうなずいた。
「そう。シリルに君の護衛をさせることは、彼のためにも君のためにもなる。それが選んだ理由――というやつだ」
「なるほど……。さすがです、先生!」
心の底からの賛辞だったのに、先生はさして興味なさそうに私を一瞥すると、フイッと目をそらした。
「君に褒められたところで嬉しくは思えんな。……むしろ、バカにされているような気さえしてくるのは――どうしてなのだろうな?」
……たまに褒めてもこれだもん。
まったく、可愛くないんだからっ!
――まあ、それはともかくとして。
私は先生の言葉を聞き、シリルを守り切ろうと心に決めた。
いつもなるべく傍にいて、ヤバい人間なんて絶対に近付かせないんだから!
……だけど、その時の私はまだ知らなかったんだ。
シリルがただの天使じゃないってことを。
そして、私を守ることができるだけの実力を充分に備え持った『天才剣士』だということを――。




