第2話 天使が舞い降りた日
新しい護衛はどんな人なのかと、ドキドキしながらドアを見守っていた私が目にしたのは。
信じられないほどに線が細くて少し小柄な――一瞬、少女かと錯覚してしまったほどの可憐な美少年――だった。
……ほ……ほわぁああ……。
て……天……使……?
その少年が入ってきた瞬間、周りの空気が一瞬のうちに浄化され――辺り一面がキラキラとした柔らかい光の粒子に包まれたような――そんな感覚に囚われた。
ふわっとウェーブのかかったプラチナブロンドの髪。
透き通るような白い肌に、ほんのりピンクに色づいた頬。
整ったアーチ型の眉に、深く澄んだセルリアンブルーの瞳。
形のいい小さめの鼻に、ローズピンクの柔らかそうな唇……。
か――っ、完璧だ!!
完っ……璧な天使顔だーーーっ!!
こんなに美しい少年が、この世に存在するなんて……。
今まで小説や絵画の中でしか見たことないわ。
まるで、神様が特別に心を込めて作り上げたかのよう。
この天使みたいな子が、これから私を守ってくれるなんて……。
なんだかとんでもなく得した気分……。
あまりにも理想的過ぎるその容貌に、私は思いっきり飲まれてしまっていた。
ほけ~っと見惚れたまま動くことすらできず、その場に突っ立っていると、
「姫様? いかがなさいました?」
セバスチャンの声で現実に引き戻され、私はパチパチと両目を瞬かせた。
「あ……。いやっ、えっと……。なっ、なんでもないなんでもない! ちょっとえっと、その……あー……うううんっ、やっぱりなんでもない!」
「……は、はぁ……?」
……あー、危なかったぁ……。
『天使が舞い降りてきたかと思っちゃって』なーんて恥ずかしいセリフ、思わず言っちゃうところだった。
「姫様。この者が、新しく姫様の護衛を任じられました、シリル・アウデンリートと申す者でございます。――シリル、姫様にご挨拶を」
「は、はいっ!」
その天使――じゃない、シリルは、声変わり前みたいな可愛い声で返事すると、その場に片膝をついて頭をぐぐっと下げた。
「お、おはっ――お初っ、に、お目に、かかりますっ。シ……シリル・アウデンリートと申しますっ。あのっ、じゃ、じゃくはい者っ――では、ございますがっ、これより先はっ、ひ、姫様のごえいをせいっっ、せいいっぱいつとっ、務めさせていただき、ますっ。――ど、どうかよろっ――よろしっ――く、お願いいたしっ――ますっ!」
言い終えた後の肩が、大きく上下していた。
慣れないセリフを一生懸命覚えてきたんだろうなと、なんだかすごく微笑ましく思えてしまう。
私は彼の傍までいってしゃがみ込み、両腕を膝の上で重ねて訊ねた。
「そっかぁ。シリルくんっていうだ?――歳はいくつ?」
「は、はいっ。歳は――」
シリルは少しだけ顔を上げ、目の前に私の顔があると気付いたとたん、ビクッとなって大きく体をのけぞらせた。
「あっ!……だ、大丈夫? ごめんごめん。驚かせちゃったかな?」
危うく後ろに倒れ込みそうになったのを見て、私は慌てて謝った。
彼はカアッと顔を赤らめ、
「……い、いえ……。あの……」
ものすごく恥ずかしそうに、うつむいてモジモジしている。
う~ん、可っ愛いなぁ~~~。
自然と顔がニマニマしてきちゃうっ。
私がひたすら顔を緩ませていると、後ろからセバスチャンの叱責が飛んだ。
「姫様! そのようなはしたない格好をなさってはなりません! とても淑女とは思えませんぞっ?」
「……え、はしたない? 姫って、しゃがんじゃダメなの?」
「当然でございますっ! そのようなはしたないお姿……国王陛下がご覧になりましたら、さぞや落胆なさいますでしょう。ご幼少のみぎりでございましたらまだしものこと……。まったく、前代未聞でございますぞっ!」
えぇ~~~?
しゃがんだくらいで、『はしたない』とか『前代未聞』とかって言われちゃうのぉ?
……ハァ。
姫ってホント、めんどくさ~~~。
「むぅ……。わかったわよ。立てばいいんでしょ、立てば」
私はすっくと立ち上がり、シリルへと右手を差し出した。
「ごめんね。私はしゃがんじゃダメなんだって。だからシリルが立ってくれる? 堅っ苦しいのって苦手なの」
「え……。あ、あの……。でも……」
シリルはセバスチャンの様子が気になるみたいで、横目でチラチラと窺っている。
「セバスチャンは気にしなくていいから。――ね? ほらっ」
「えっ? あ――っ」
私は両手でシリルの手をギュッと握り、思いきり引っ張って強引に立ち上がらせた。
「君は私の護衛なんでしょ? だったらこれからはセバスチャンじゃなくて、私のことを一番に考えてくれなきゃあ。――ねっ?」
ニッコリ笑ってみせる私を、シリルはまん丸い目をますますまん丸く見開いて、しばらくじいっと見つめていた。
しばらくして緊張が解けると、肩の力を抜いてはにかむような笑顔でうなずく。
ふわぁあああ……。
やっぱり天使ぃ~~~っ。
その笑顔は、さっきまでの緊張した表情とはまるで違って、本当に無邪気で優しくて……。
この子となら、きっと楽しい毎日が過ごせるはず……!
――と、こんな有様で。
彼はほんの僅かな時間で、私を虜にしてしまった。




