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ヒカリココニ

 午前と午後でまるで違う寒暖差が原因でくしゃみが出た。数日前に新たなアルバムを発表したばかりの女性のシンガーソングライターがパーソナリティーを務めるラジオ番組を聴いていた時間帯のこと。自分の出身地にゆかりのあるアーティストだったので彼女のことは割と事細かに記憶していて、好きな食べ物がマルゲリータであることとか趣味が競馬で自分がSNSでもフォローをしているからか推し馬もきっちり存在するような話さえ知っているというのは身近に感じられて勝手に親近感を抱いている。



『最近は寒暖差に対応する為に漢方を飲み始めてですね、それで』



アルバムの宣伝の合間の雑談のトークを聞いているとちょうど関心のある話題になったのでしっかり耳を澄ます。



『効果は何となく感じています。確かにくしゃみがピタッと止まったりして』



<漢方が良いって話は確かに聞くよな。どれが良いのか分からないけど>



 漢方の話題の直後に彼女が選曲したのは『雨音』というタイトルの曲。透明感のある歌声でしっとりと情景が歌われていることに感動を覚え、あまりCDは買わなくなってきているけれど今回のアルバムは購入したい気持ちが湧く。



窓の外は秋晴れの空。あいにく翌日には雨の予報でインスタントのコーヒーを飲んでいたら、



<出かけるなら今日のうちだよなぁ>



と気分が高まってきた。昼の少し前に放送終了となったラジオの電源をオフにして、近場のCDショップをアプリで検索してみる。



「やっぱり減ったんだよなぁ。結構遠いかも」



ぼやいてはいたがやはりそこは雲ひとつない青の澄んだ空の力か、意外にもすんなり革靴に足を通して玄関を出てゆく。間もなく再び大きなくしゃみが出た。自分でも思わず笑ってしまうくらいの音量で、今度のくしゃみは日光を浴びたせいなのかもと思った。あまり出向かない方面まで歩いている途中、美味しそうな匂いを漂わせているピザ屋を発見し一瞬立ち止まる。更にその方面にはドラッグストアがやけに多いことに気付く。



<完全に『誘導』されてるな>



物欲で消費を誘導されているのか、はてまたそれは何者かの『導き』なのか、定かではないにせよほぼ無風に近い朗らかな一日を思う存分味わうようにと【御達し】なのだとその時に思った。



「ヒカリはここにある…的な」



なんだかそれは妙に懐かしい気分がする言葉だなと思いながら口にした。



☆☆☆☆☆☆☆☆



 季節変わって春の嵐を思わせる強風がくしゃみの原因を運んできた頃。自分も例に漏れず猛烈な目の痒みに耐えかねてクリニックを受診したらアレルギー用の薬に加えて漢方も処方された。アレルギーのくしゃみにも漢方は有効らしく、飲んでみたら嘘みたいにピタッと止まって感動した。花粉を避けるように外出も控えようと思ってはいたが、県外で桜の便りも聞こえてくる中で非常にタイミングよく近隣の町のとある情報を見つけて興奮する。



『今度N市のライブハウスで急遽『凱旋ライブ』をさせていただく事になりました!!』



フォローしていたシンガーソングライターの『片山杏』さんの投稿はライブの告知。ファンではあるもののそれまで直接ライブに出向いたことはなく、ましてやライブハウスに足を踏み入れた経験など皆無。



<もしかしてめっちゃ近くで見れるってこと?>



該当するライブハウスの画像を見る限り、演者とお客さんの距離は接近していて直に触れ合えそうな雰囲気がある。『SOLD OUT』になる前にチケットを確保する事ができたのは奇跡かも知れない。



 県内の桜の名所が見頃になった4月半ば、ライブ当日に訪れたN市にも『桜の番付』で関脇に選ばれるほどの『枝垂れ桜』が存在する事を事前にリサーチしていた。ライブの時間は夜なので、折角だからちょっとした観光のつもりでN市の名所を車で廻って観ていて、その枝垂れ桜にはとても強い興味を持っていた。ナビを頼りに現地付近まで来たところで、田んぼの向こうに雄大に咲き誇る姿が見えた。開花の間はイベントがあるようで多少混雑はしているけれども駐車して車を降りると、のどかでうららかな雰囲気が漂っていて心が和らいだ。



 紹介するページの写真にあったが枝垂れ桜は田んぼの水に映り込んでいて、夜間ライトアップされる頃にはよりはっきり上下反転した桜が見えるらしい。実物を近くで見るとほんとうに圧倒される。花びらの色合いは何となく淡く、空の青とも映える。



<どこから撮影するのがいいんだろうか?>



そう思いながら撮影する場所を探して歩いていると「え!?」と思うような光景に出くわす。桜から田んぼを挟んだ正面の場所にスマホを構えていた女性の姿に見覚えのあるどころではない。



「あれ?もしかして片山杏さん!?」



確信に変わって思わず呼びかけてしまっていた。カシャッと撮影を終えた「片山杏」さんがこちらを振り向いてニコリと微笑んでいる。



「はい!そうです!」



なんという偶然&幸運だろうか。ただ後で知った事だがもともと片山さんの実家がN市だそうでラジオでもこの枝垂れ桜のことを「推し」ているらしかったからN市に帰省したついでにやってくるのはとても自然というか、出会う確率がまあまあ高い状況だったと言える。



「えと、その今日のライブ、僕も行くので。『雨音』という曲が好きなんです!」



本人を前にしどろもどろになりながらも伝えたいと思っていたことを伝える事ができた。思い出すだけで鮮やかに蘇ってくるそのシーンでは晴れてはいるものの少しだけ肌寒く、直後、軽く風が吹きつけてきていた。



へ…はっくしょ!!



返事を聞く前に彼女の前で豪快にくしゃみをしてしまった。片山さんは目をまん丸にしてはいたが笑顔のままで、



「ありがとうございます!めっちゃ嬉しいです!風邪ひかないようにして下さいね。今日、『雨音』も演奏しますよ!」



と伝えてくれた。その夜、アコースティックギターの弾き語りの『雨音』の邪魔にならぬよう、くしゃみをピタッと止めてくれる例の漢方は非常に重宝したというエピソード。そして煌々としたスポットライト浴びて光輝く姿がそのまま自分にとっての『ヒカリ』なんだなと感じたという、おっさんのSNSの投稿についた「いいね」の数は意外と多かったというお話。

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