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地味王子がゆく。

もしも婚約破棄の場面にまともな王子が居合わせたら

作者: ののめの

「もしも婚約者の王子がまともだったら」の続き的な話ですが、これ単体でも成立しているお話です。


相変わらずゆるふわで書いておりますので、あまり深く考えずにお読みください。


連載版ができました→n9333jk

「イザベル! 今日限りでお前との婚約は破棄する!」

 

 和やかな卒業パーティーの空気をぶち壊す刺々しい宣言に、その場にいた卒業生全員の視線が発言者へ集まる。

 会場内の注目を一身に集めるのは、確かアーヴィング・ミオン・シュローデ侯爵令息だったろうか。その傍らで彼の腕に纏わりつくのはモニカ・マーリーン男爵令嬢、そしてアーヴィングに婚約破棄を突きつけられているのはイザベル・カミラ・ユーニア伯爵令嬢に違いない。

 

「お前はあろうことか私とモニカの仲を妬み、モニカに数々の嫌がらせを働いてきたな! 婚約者という立場を傘に彼女に暴力を振るう醜悪な女を我がシュローデ侯爵家に迎え入れるわけにはいかない! よってお前との婚約は破棄とし、このモニカを婚約者とする!」

 

 すらすらと口上を述べるアーヴィングに、恋人面でしなだれかかるモニカ、無表情で立ち尽くすイザベル。そしてざわつき始める聴衆。

 お決まりのシチュエーションに、エヴァンはやれやれと呆れ果てながら手元のシャンパンを傾けた。

 

 こうしたパフォーマンスが流行り始めたのは、何も昨日今日の話ではない。エヴァンどころかその父母が生まれるよりずっと以前、貴族学院が設立されて数年が経った頃から貴族子女同士の「真実の愛」とやらは盛んに育まれるようになった。

 

 そもそも貴族学院が創られた理由は、各家に一任されていた貴族子女の教育を画一化し、貴族の質を一定以上に保つためである。

 貴族子女同士の交友を盛んにし、まだ婚約者のいない者に良い出会いをもたらせる——という副次効果も見込んで立ち上げられた貴族学院はその理念通り貴族子女達の教育レベルの引き上げに成功し、また各家の交流の助けともなった。

 

 だが。教育機関としては目論見通りの成功を収めても、出会いの場としてはあまりよろしくない成果もあった。

 親から決められた婚姻にうんざりしていた少年少女達の不倫。俗に言う「真実の愛」の病である。


 貴族学院には伯爵以上の上級貴族も子爵以下の下級貴族も等しく通うこととなる。まだ婚約者のいない下級貴族子女はなるべく良いお家柄の子女にお近づきになれる良い機会だ。

 大物狙いの子女は非常にしたたかで、手練手管でもって意中の異性を落としにかかる。すると、家同士が決めた婚姻に飽き飽きしていた子女は「親に決められたものでない、自分で見つけた愛」という筋書き(ラベリング)に酔ってコロッと落ちる。たとえ不満がなくとも、貴族子女というものは基本箱入りで恋愛耐性が薄いので容易く落ちる。


 かくして、いつしか学園内では「真実の愛を見つけたからお前なんかとは別れる」という婚約破棄騒動がしばしば起こるようになった。

 真実の愛にうわついてそうした愚行に出るのは大抵家が決めた婚約の裏にある政治的意図や資金援助などが読めない迂闊な者ばかりで、事情をきちんと理解している子女は軽率に甘い囁きには乗ったりはしない。

 となると格上狙いのターゲットはおのずと頭の軽い子女に向き、流行はさらに加熱した。事を重く見た上級貴族は我が子が過ちを犯さぬようにと婚約の意図を口を酸っぱくして言い聞かせたが、不真面目な子はいくら言っても右から左に聞き流すばかり。


 そんなわけで、エヴァンの代になってもこの手の婚約破棄ムーブメントはしぶとく続いているのだった。


「嫌がらせなど、わたくしには身に覚えがありませんわ」

 

 当事者のイザベルも、愚かしい流行のことはよく知っているのか非常に冷めた態度である。一方のアーヴィングはそれが面白くないようで、きつくまなじりを吊り上げてイザベルを糾弾する。

 

「しらを切っても無駄だ、イザベル! モニカに嫌がらせをしていた令嬢達がお前の名を出している! 彼女達を使ってモニカを貶めようとしたのだろう!」

 

 卑しい女め、と口角泡を飛ばす勢いでべらべらとイザベルへの罵倒を並べ立てるアーヴィングに、イザベルの瞳がどんどん曇っていく。おそらくは婚約者に信じてもらえぬ絶望ではなく、こんな馬鹿が自分の婚約者だったのかという失望で。

 アーヴィングの妻となる運命からイザベルを解放したことを考えると、件のモニカは案外悪くない働きをしたのかもしれない。

 

「あの、アーヴィング様、もうそのくらいに……イザベル様がお可哀想です」

「ああ、モニカ! こんな女に情けをかけてやるなんて君は本当に優しいんだな。だが俺が我慢ならないんだ、心苦しいだろうがどうか耐えてくれ。この女の化けの皮を剥がして必ず君に詫びさせてみせよう!」

 

 自分に酔っているのか無駄によく立つ弁舌でモニカの進言を遮るアーヴィングには、モニカの顔色に焦りが滲んでいるのが見えていないのだろう。

 モニカはアーヴィングを奪いこそしたが、きっとイザベルを陥れることまでは考えていなかったのだ。己の実家よりも位の高いユーニア家のご令嬢に冤罪を被せて貶めたとなれば、モニカはおろか父や兄弟までも責を問われることとなる。ただお家のために少しでも良い婿を捕まえたかっただけのモニカにとってそれは本末転倒ともなりかねない事態だ。

 

 事の深刻さが何もわかっていないのは、アーヴィングただ一人だけである。

 

「彼女達が勝手に言っただけのことでしょう。アーヴィング様を慕うご令嬢方がおりましたのは、アーヴィング様もご存知のはず。そうした方々にとってモニカさんとわたくしは目の上の瘤。わたくしをだしに使ってモニカさんをあげつらい、どちらも貶めようとしたのでしょう」

「はっ、よくも見え透いた嘘を! 性悪らしく口だけは達者なようだな!」

 

 それはあんただろ、とこの場にいた聴衆のほとんどが思ったに違いない。エヴァンもそうだ。


 ちなみにアーヴィングの人気の秘密は、家名と見てくれと口先は立派でも頭の出来はお粗末で、大物釣り狙いのご令嬢から見れば好条件の物件だったからにほかならない。

 そんな思惑も知らず一部の女子からちやほやされ続け、中でも特に見目麗しいモニカと甘いひとときを過ごしたアーヴィングはさぞ幸せだったろう。下手に賢いより頭が悪いほうが幸せなこともあるのだ。

 

「アーヴィング様、そのことはもういいんです。私もイザベル様がやったとは思って……」

「いいや、止めないでくれモニカ! この女の悪行をつまびらかにして君を傷つけた罪を償わせなければ俺の気が済まないんだ! 皆も知っているだろう、イザベルがモニカにどんな仕打ちをしていたか!」

 

 突然の呼びかけ(コール)に、しかし応答(レスポンス)は返らない。観客席が冷え切っているのだから当然だ。

 仮にアーヴィングがこの国の王子で、侍らせたモニカが学園の華でもあればどこからか援護射撃が飛んできたかもしれない。が、ここでアーヴィングに恩を売ってもたいしたメリットはなく、モニカに学園中の生徒を心酔させる求心力もないとなれば手垢のついた茶番劇にわざわざ乗ろうという気も起こらない。

 聴衆から見れば、彼らは「真実の愛」という流行り病にかかった馬鹿な令息とそれを上手いこと手玉に取った小狡い女でしかないのだ。


「あの。ひとつよろしいでしょうか」


 白けた沈黙を破って、ひとりの生徒が会場の隅で手を挙げる。ノリの悪い観客を目の当たりにしてまごついていたアーヴィングは途端に元の余裕を取り戻し、「構わん」と発言を許す。

 まるでパーティーの主催者にでもなったかのようなアーヴィングの振る舞いにはツッコミを入れず、挙手をした生徒は隅のテーブルから動かぬままよく通る声で意見を出した。


「イザベル嬢がモニカ嬢にした仕打ち、というのはどんなものでしょうか。僕はよく知らないので教えていただけると」

「ほかの令嬢をけしかけて罵声を浴びせたり、ドレスを裂いたり、突き飛ばして怪我を負わせたり、二人きりの場で脅迫をしていた。淑女にあるまじき、浅ましい行いだ!」

「脅迫をした、というのは誠なのですか? それが真実ならば嫌がらせをしていたご令嬢方の証言以上に重要な証拠だと思うのですが」

「そうだろう! なあモニカ、言ってやってくれ! 君はイザベルから脅迫を受けていた、それがあの女の罪を示す何よりの証拠だ!」


 アーヴィングの言葉に、会場の視線が一気にモニカに集まる。衆目を集めたモニカは途端に引きつった顔になってうつむくが、アーヴィングにしつこく発言を促されると非常に気まずそうにしながら口を開いた。


「以前、授業の後にお話があると呼び止められて。あまり婚約者のいる殿方に近づくのは褒められた行いではないと、咎められたことならあります」


 次の瞬間、ただでさえ冷え切っていた会場の空気がより一層冷え込んだ。「脅迫」と言われたものがなんてことはないただの進言だったのだから当たり前だ。

 確かに状況によっては脅しに聞こえなくもないが、言葉だけを見れば至極真っ当な言い分には違いないし、何よりイザベルはアーヴィングの婚約者である。自分の婚約者に纏わりつく令嬢がいれば、それを咎める理由は十二分にある。


「脅迫と言うから何かと思えば、ただの忠言じゃないか。くだらない」

「わたくし、その場面を見ましたわよ。イザベル様は本当にただモニカさんを諌めただけという雰囲気で、脅すような素振りはありませんでしたわ」

「モニカ嬢も乗り気じゃないみたいだぞ。さすがに伯爵令嬢を陥れるのは嫌みたいだな」

「アーヴィングだけが吹き上がって勘違いしてるんだろう。惚れた女の前で格好つけたかったのかもしれんが、あれではなぁ」

「モニカさんも釣る相手を間違えたんじゃなくて? あんな方の夫人になるなんて、ねぇ。考えたくもないわ」


 あちこちから聞こえる忌憚のない意見に、アーヴィングが熟れたトマトの如く紅潮した顔で「無礼だぞ!」と怒鳴る。

 声量だけは立派な声に一瞬話し声は静まったが、所詮パーティーの参列者の一人であるアーヴィングの言葉には強制力もへったくれもない。すぐさま複数の囁き声が交わされ、会場は騒がしさを取り戻す。


「私も発言してよろしいでしょうか」


 続いて手を挙げたのは会場の中心、アーヴィング達にほど近い位置のテーブルにいる令嬢だった。アーヴィングは露骨に顔に不快を滲ませ、唾を飛ばして令嬢をなじる。


「女如きが意見をする気か? 黙って控えていろ!」

「あら失礼、面識がないのを忘れておりました。私、エレノーラ・アーリャ・セルビアンと申します。お見知りおきを」


 そう言って令嬢が優美なカーテシーを披露すると、アーヴィングの顔からさっと血の気が引く。

 エレノーラはルヴィルカリア王国の財務大臣を務めるヒューバートの愛娘にして、セルビアン公爵家の長女である。

 あくまで子女である彼らは法の上では同じ平民なのだが、バックにつく家は違う。国の重臣たる公爵家の庇護を受けたエレノーラに無礼を働けばどうなるかは、足りない頭でも理解できたらしい。


「ご無礼を承知でもう一度申し上げますわ。発言してもよろしいでしょうか?」

「ど……どうぞ、レディ」

「では失礼して。シュローデ家とユーニア家は先の大戦の折に親睦を深め、そこから数代を経てなお盟友としてお付き合いされていると伺っておりますわ。おふたりの婚約も当主の友誼の印ではないかと思うのですけれど、それを解消してしまうのは長年良き友であってくれたユーニア家にとってご無礼な振る舞いではありませんか?」

「え……それは……」

「念のため確認いたしますけれど、この婚約解消はお父上もご了承しているのですよね? 先の大戦での麗しい友情の逸話は私も聞き及んでおりますので、代々続く両家の交友がこのような形で絶えてしまうのは残念ですわ。本当に、シュローデ侯爵はユーニア伯爵を見限られてしまいましたの?」


 エレノーラの質問に、アーヴィングは青い顔で口をぱくぱくとさせるだけで答える素振りはない。おそらく、というか間違いなくこの婚約破棄騒動は家の了承を得ず彼の独断で引き起こしたものなのだろう。


 二百年前のグレンデル帝国との戦役において、両家の当主は良き戦友であり、また好敵手でもあった。戦場にて目覚ましい活躍を遂げた両者は侯爵位と伯爵位を賜り、以降代々に渡ってその友情は続いている。

 両家の子ならば親から必ず聞かされるであろう昔話を、当主が知らないことなどあり得ない。つまり、シュローデ侯爵がユーニア家令嬢との婚約破棄などという不義理を許すはずはないのだ。


 他家の令嬢でも知っている事情を知らない、あるいは知っていて無視するアーヴィングの非常識さに、聴衆から注がれる視線がさらに厳しいものとなる。怒りかはたまた羞恥からか、青くなった顔をまた赤くしてわなわなと震えるアーヴィングに、そろそろ潮時かとエヴァンはグラスを置いた。

 

「僕も発言していいかな?」

 

 エヴァンの挙手に、「今度は誰だ」とアーヴィングがわめく。アーヴィングの視界に入らない位置——パーティー会場の中心からはやや外れたテーブルの前を維持したまま、エヴァンは口を開く。

 

「仮にイザベル嬢との婚約解消が成ったとしても、君の有責という形になるだろうからシュローデ家は賠償金を支払わなければならない。友誼を結んだユーニア家に砂をかけるばかりか、シュローデ家にも迷惑をかける行いだと思うんだけど、君は理解している?」

「モニカを傷つけたのはイザベルだ! イザベルの有責に決まっているだろうが!」

「あまつさえこんな場でイザベル嬢を辱めたりすれば、慰謝料まで上乗せされる。多大な損失を手土産にして新しい婚約者を連れて帰ったら、まず間違いなくお叱りを受けるはずだよ」

「イザベルと違って、モニカは素晴らしい女性だ! 直接会わせれば父上もきっとわかってくれる!」

「無理でしょ。シュローデ家とマーリーン家ではシュローデ家にたいした恩恵はない。シュローデ家との繋がり欲しさにマーリーン家が近づいてきたのが見え見えだ。君は頭空っぽでも、家は名門だしね。庶子で良い家の男を釣れればマーリーン家も安泰だ」

「き……貴様ぁっ! 俺を愚弄する気か!」

「客観的な事実を述べたまでだよ。君がそういう男だからモニカ嬢も近寄ってきたんだ。愛する妻に可愛くおねだり(・・・・)をされればいくらでも実家に支援をしてくれそうだってね。まあ君の話の聞かなさを見てモニカ嬢も後悔していそうなものだけど」

「モニカまで愚弄するつもりか! 許さんぞ!」

 

 隠れていないで出てこい、と鼻息を荒くして憤慨するアーヴィングに、エヴァンは言われた通り会場の中央まで歩み出る。

 手元に剣があれば今すぐにでも抜かんばかりの勢いで怒り狂っていたアーヴィングは、人混みをすり抜けて現れた発言者をきつく睨みつけ——次の瞬間には、顔面を蒼白にして目を見開いた。

 

「どうしたんだい? 僕に何か言いたいことがあるから呼びつけたのではないのかな?」

 

 愕然とするアーヴィングを前に、エヴァンは余裕たっぷりに微笑む。

 エヴァン——エヴァン・ライーズ・ルヴィルカリア。「賢鷲王」の異名を持ち、優れた頭脳でもって善く国を治める国王エルドレッド・キース・ルヴィルカリアと、代々法務大臣を輩出してきた名門ウィルフレッド公爵家の出であるグロリア・エメル・ルヴィルカリア。その間に生まれた第三王子こそがエヴァンだ。

 

 第三王子の登場に、いち早く反応をしたのはイザベルだった。臣下の礼としてカーテシーをするイザベルに、続いてモニカもドレスの裾を摘む。すっかり呆けきったアーヴィングは、モニカに脇腹を突かれてようやくエヴァンに礼をした。

 

「で、殿下、ご機嫌麗しゅう……」

「構わないよ、今夜は無礼講だと祝辞で述べたはずだろう。だからといっていきなりこんな見世物を始めるとは思わなかったけど」

「も、申し訳ございません!」

「無礼講とはいえ、やっていいことと悪いことがある。仮にも貴族令息ならきちんと礼儀はわきまえた方がいい。僕の声まで覚えろとは言わないけど、せめて高位貴族の顔くらいは覚えておかないと」

「申し訳ございません! 申し訳……!」

 

 すっかり血の気の引いた顔を地面に向けて、アーヴィングはひたすら平謝りを続ける。

 王太子ではないとはいえ、エヴァンも一応は継承権を持った王子である。王族に向かって横柄な振る舞いをしておいて知らなかったでは済まされない。

 不敬の概念を理解しているのなら、そもそも王子も参列する卒業パーティーを勝手に己の舞台に書き換えないでほしい——と、エヴァンは冷めた目でアーヴィングを見下ろしていた。

 

「かなり頭に血が上っていたようだし、少し頭を冷やしたほうがいいんじゃないかな。外の空気にあたってくるといい。ああ、一人で出歩いて何かあってはいけないから護衛もつけようか」

 

 事実上の退場宣告に、アーヴィングはうなだれたまま会場の護衛にずるずると引きずられていく。アーヴィングの姿が見えなくなると、エヴァンは「さて」と残された二人の令嬢に向き直った。

 

「災難だったね、イザベル嬢。それにモニカ嬢も、かな? とんだ茶番に巻き込まれてほとほと困っただろう」

「いいえ。これも本を正せばわたくしの身から出た錆のようなものですから。わたくしが至らぬばかりにお目汚しをいたしました」

「あの、殿下、申し訳ございませんでした……殿下の卒業パーティーでとんだご無礼を……」

「構わないよ。ただ、モニカ嬢はもう少し相手を選んだほうがいい。君のように聡明な令嬢ならば、あんな粗忽者よりももっと良い縁談が見つかるだろうから」

 

 恐縮するモニカに、エヴァンはにっこりと微笑みながら釘を刺す。わかりやすく訳すると「大物釣りなんか狙わないでまっとうなやり口で婚約者を探せ」という意味である。

 

 エヴァンの父母の代にどこぞの男爵令嬢があろうことか王太子の婚約者を貶めて正妃に成り代わろうとした事件があってから、貴族学院では大物釣りという行為がより一層問題視されるようになった。

 不倫や手前勝手な婚約破棄という行為に出ないよう教師達は貴族子女という立場がいかに責任ある立場か、家同士が決めた婚約がどれほど重いものかをこんこんと説き続けているが、それでも大物釣りを目論む者と迂闊に引っかかってしまう者は絶えない。実に嘆かわしいことである。

 

「さて、トラブルもあったがパーティーを再開するとしよう。先程も述べた通り今宵は無礼講だ、節度を守って(・・・・・・)各々楽しんでくれ」

 

 エヴァンの呼びかけ(コール)に会場からは万雷の拍手という返答(レスポンス)が贈られ、和やかな空気を取り戻した卒業パーティーはつつがなく進む。

 そうしてパーティーは盛況のまま幕を閉じ、エヴァンも馬車に乗って王宮に戻り。パーティーの感想を聞いてきた兄や父母に茶番劇のことを話せば「いつの世もそういうのはあるんだなあ」と、どっと笑いが巻き起こったのであった。

◆エヴァン・ライーズ・ルヴィルカリア


ルヴィルカリア王国第三王子。「もしも婚約者の王子がまともだったら」のエルドレッドとグロリアの子。

父の性格を多少受け継いではいるものの、父と比べるとまだ控えめなほう。

兄王子と比べると若干影が薄く、学内では神出鬼没の王子様と噂。ただその場にいても発言しないとなかなか気付かれないだけである。

自分の婚約者をお披露目する場でもあった卒業パーティーを勝手に婚約破棄劇場に使われてキレている。

ちなみに婚約者はフィオナ・リース・クレイン男爵令嬢。悪女じゃなくてちゃんとした良い子。



◆イザベル・カミラ・ユーニア


伯爵令嬢。婚約破棄騒動に巻き込まれた人。

頭よわよわなアーヴィングを自分が支えなければと思っていたが、大物狙いの令嬢にちやほやされて鼻の下を伸ばしモニカといちゃこらするアーヴィングの姿を見て愛想を尽かした。

アーヴィングとは当然婚約を解消し、別の家に嫁ぐことになった。シュローデ家からむちゃくちゃ謝られたので、ユーニア家とシュローデ家の親交はなんとか続いている。


◆アーヴィング・ミオン・シュローデ


侯爵令息。あほ。

頭がいいイザベルにコンプレックスを抱いており、家が仲がいいというだけでなんでこんな女と結婚せにゃならんのだと内心不満を持っていたところで学園でモテまくり勝ちまくりになり、調子に乗る。

お気に入りのモニカと勝手に結婚の約束をし、邪魔なイザベルを排除してついでに鼻を明かしてやるぜゲヘヘと考えて卒業パーティー乗っ取り婚約破棄劇場を繰り広げたが、イザベルではなく自分が大恥をかいた。

結果家は弟が継ぐことになり、ブチギレした父に神のもとで悔い改めろと修道院に叩き込まれた。



◆モニカ・マーリーン


男爵令嬢。選ぶ男を間違えた人。

ミドルネームがないのは庶子の証。

庶子が学園に入ることはあんまりないが、マーリーン家に女児がおらずかつ容姿が良かったので「誰かいい男捕まえてこい」とルアー代わりに放り込まれた。

そんなに裕福でもないマーリーン家のために財布にできそうな男を探してアーヴィングを捕まえたが、イザベルを陥れるつもりまではなかったのでアーヴィングの断罪劇を最後まで止めようとしていた。

エヴァンに注意され、イザベルにもやんわり怒られたのでそのへんの適当な貴族の三男と結婚することにした。

学園卒業後は文官となった夫と慎ましく暮らしている。

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