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プロジェクト・ヒト対ネコ

 猫屋敷との電話のやり取りから三日が過ぎた夕暮れ時のこと、木嶋は新小岩駅へと来ていた。

 あの後の電話では結局、ご家族の方ならば直接お話したい、と言うばかりで詳細が掴めなかったので、自分の足で行ってみることにしたのだ。電話の主である猫屋敷が指定してきたのは神奈川県・山手町。日本屈指の高級住宅街が立ち並ぶ町であった。

 特に仕事にも就いておらず、日々、暇を持て余していた木嶋は、いつでも行くことができたので相手の指定する日取りの中で最短のものを選んだ。

 また、指定された場所の土地柄からいっても、相手は相当の金持ちか有力者であるということは容易に推測できたし、上手くやれば金になるかもしれないと思っていた。


 改札を通り、品川駅と横浜駅で乗り換え、快速で山手駅へ。

 話によれば山手駅へと到着次第、猫屋敷の使いの者が送迎用の車を寄越す、という手筈となっている。

 随分と用意がいいというか、丁寧すぎるほどの対応だ。

 揺れる電車の中で木嶋は、そういえば交通費はどう請求してやろうか、などと考えていると、一時間もかからず目的地である山手駅へと到着した。

 木嶋は電車を降り、駅舎の外へと出る。

 すると、そこには彼を待ち構えていたかのようにして立つスーツ姿の男が見えた。


「失礼ですが、野田真二様でしょうか」


 男は迷う素振りもなく木嶋の方へ近付くと、開口一番、確認するように言った。

 木嶋は『野田真二』という言葉に、一瞬、呆けたような顔をするが、すぐに自分が電話で名乗った偽名だと気付き、肯定の意味で一つ頷いた後、言った。


「あいつ……真一の奴、戦闘実験とかいうおかしな書類について、何も教えてくれなくてね。それにどう関わってるのか知らないけど怪我もしてるし、治療費もかかるしで、こっちは困ってたんだよ」


 こっちは野田真一の弟と名乗っているので、あいつ、と呼ぶのは不味かったか、と思ったが、後から訂正するのも不自然なのでそのまま一気に言った。


「存じております」


 すると、動揺することもなくスーツの男は言った。


「申し遅れました。わたくし、猫屋敷様のお屋敷で運転手をさせて頂いております、桐島きりしまと申します。先ほど、お聞きしましたお兄様のお怪我の件についてですが、わたくしには分かりかねることも多いので、ご説明及び、ご提案については猫屋敷様からさせて頂きたいと思います」


 桐島と名乗る男は一礼し、「車を回しますので」と続けると、足早にその場を去っていく。

 何か突っ込まれるのではないか、不審に思われるのではないかと思った木嶋は、ひとまずは安心した。その後、駅舎の外で居心地も悪そうに突っ立っていたが、五分もしない内に高級車が回ってくる。

 木嶋は黙って後部座席に乗り込んだ。



 神奈川県・横浜市山手町。

 丘陵地帯にある閑静なその町は、よく道路が整備されており、交通の通りも少ないようで桐島と木嶋を乗せた車は殆ど止まることもなくスムーズに進んだ。

 窓の外に目を向ければ緑が溢れ、遠目からは夕陽に染まった山々が眺望出来る。

 人通りはまばらだが、時間帯が夕方なため、学校帰りらしき高校生の姿がよく見かけられた。山手には全国的にも有名な学校が多いためか、皆、行儀の良さそうな、それでいて洒落た制服を纏い、育ちの良さそうな雰囲気を放っていた。

 特にやることもない木嶋は、ぼんやりと外を歩く高校生たちを眺めていると、一人の男子高校生と目が合った。車内から軽く睨んでやると、高校生はさっと目を逸らす。

 その様子を見て木嶋は自分が高校生だった頃、ターゲットにしていたクラスメイトのことを思い出し、少しおかしくなった。


 あの頃は恐喝や暴行はもちろん、いじめもやった。

 小動物みたいに大人しくて何をしても抵抗してこない奴を見つけては、散々嬲って、奪って、それから見せ物にしてやったものだ。

 特に裸に剥いて体育倉庫に閉じ込めてやった野郎は傑作だった。

 少し遊びが過ぎて最終的には退学処分になってしまったが、今となっては良い思い出だ。

 しかし馬鹿でも金無しでも入れる学校だったおかげで、恐喝については大した儲けにもならなかった。

 こんな町に住んでいるお坊ちゃんだったら、さぞかし金が毟り取れただろうに、世の中っていうのは理不尽なものだ。


「到着致しました」


 木嶋が高校時代の出来事を思い返していると、運転席から声が掛けられた。

 車は既に止まっていて、前には大きな洋風屋敷の門が見えた。

 窓から外を確認してみると、門の向こうには瀟洒な屋敷に劣らず、美しい庭園が広がっており、その奥から人影が近付いてくるのが見える。

 歩いてくるその人影を確認したらしい運転手の桐島が口を開いた。


「あちらは案内人となります。私は車を収めてきますので、ここからは案内人の指示に従って屋敷へお進みください」


 全く、鼻持ちならない金持ち野郎が、と木嶋は心の中で毒づいたが、運転手の桐島は木嶋の不機嫌そうな顔には目もくれず、外側からドアを開けると一礼し、再び車に乗り込むと発進させて去ってしまった。

 それから殆ど間を空けずにやってきた案内人に声をかけられた木嶋は、手入れの行き届いた庭園を通り、別荘や教会のものを思わせるような格調高い玄関扉へ着いた後、屋敷の応接間らしき場所へと案内された。

 綺麗にはしてあるが飾り気のない八畳ほどの部屋は無人で、中央には黒い革張りのソファーがテーブルを挟むようにして並んでいる。テーブルの上には何枚かの書類の束が見えた。


「ここで、少々、お待ち下さい」と案内人は一言だけ呟くと、ソファーに腰かけるよう手で促す。

 木嶋は言われた通りにソファーの背もたれに体を預けるように腰を下ろすと、案内人は退室していった。そしてテーブルの上に綺麗に並べられた書類に目を落とした木嶋は目を丸くした。

 その書類には、にわかには信じ難い内容の文面が記されていた。



※※※



 プロジェクト・ヒト対ネコ


 ルール・一

 決闘は防音仕様の密室の中、二十四時間体制で行われる。

 期間は最大七日間とするが、決着が付き次第終了。

 実験を行う密室は公平性を期すため、人の居住空間と猫の居住空間あり。

 また、居住空間については人、猫ともに、両エリアへの行き来は常時可能とする。


 ルール・二

 公平性を期すため、人、猫、ともに裸体で決闘を行うものとする。

 それに伴い、武器、道具の類は全面禁止とする。


 ルール・三

 ヒト側の勝利条件は猫を殺害、あるいは生殺与奪の権を握ることとする。

 ※猫の失神状態や、何らかの形での猫の戦闘続行不能等。

 ただし、生殺与奪の権を握ったかどうかは、実験主が判定するものとする。


 ルール・四

 食事の時間は午前六時、午後零時、午後六時とする。

 人の食料、猫の食料ともに、上記の時刻に達し次第、外部より与えられる。


 ルール・五

 公平ではないが、安全面の観点からヒトにのみ、ギブアップが認められる。

 ギブアップの際には人の居住エリア端にあるスイッチを押し、連絡をすること。


 報酬・及び補足事項

 基本給は日給で三万円。

 対戦相手の猫に勝利した場合、ボーナスとして百万円の追加。

 基本給については午前六時を迎えた時点でその日の報酬が確定する。

 午前六時を迎える以前に決着がついた場合、その日の分は無報酬となる。

 この戦闘実験によって怪我をした場合、治療費は全額、実験主が負担する。



 ※※※



 ――戦闘実験。まさか、本当にそんなことがあったとは。


 木嶋は先日、恐喝した男から奪ったプリントのことを思い返し、驚愕した。

 あの時のプリントには確かに戦闘実験という文字が記載されていたが、まさか、本当にこんな頭のおかしい実験が行われているとは思わなかった。


 それにしても、相手は猫だって――?

 猫っていうのは、あのニャアニャア鳴く猫のことでいいのか。

 それも、猫を殺しさえすれば、百万円……?

 しかし、ただの猫だとしたら話が美味しすぎるし、正気とも思えない。

 幾らなんでも相手が単なる猫ならば、どうやったって負けるはずもないだろう。

 まさか猫と言いつつ、猫科の動物、ライオンやトラでも出してくるんじゃないだろうな。


 書面に綴られた荒唐無稽な話に興味を持った木嶋は更に先を読み進めると、最下部に氏名欄があるのに気付いた。欄は空白になっていて、横には上記のルールへ同意する旨の文字が刻まれている。

 木嶋は首を傾げた。先日、自分が恐喝した男、野田真二がここで実験とやらを行ったのならば、その名が記述してあってもいいはずだが、なぜ空白になっているのか。


『ルールは気に入って頂けたかね』


 不審に思っていると、部屋の中にくぐもった声が響く。

 ぎょっとして室内を見回すが、どこから声が聞こえてくるのかわからない。


『ああ、そう驚かず、そのままゆっくりしていてくれて構わない。その部屋にはスピーカーが備え付けられているんだよ。私の声が室内に届くのと同様に、君の声もこちらに届くようになっている。質問があればそちらから声を上げて貰えばいいが、まずは私の話を聞いてほしい』


 状況が掴めない木嶋はソファーに座ったまま室内を睨み回す。

 そんな木嶋の動きを察知したかのように声は続いた。


『まずは自己紹介といこうか。といっても、既に君はご存知のことと思うが、私がこの家の主である猫屋敷ねこやしきだ。ここでは普段の生活はもちろんとして、私の興味から始まった様々な実験を行っている。例えば、君が今、目にしていた書面にあるような面白そうな実験をね。君も、このような話には興味があるのではないかな、野田――もとい、木嶋正樹くん』


 声の主は一呼吸置くと、『君のことは一通り調べさせてもらったよ』と続けた。

 木嶋の額から冷たい汗の玉が浮き出た。

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