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電話

 東京都 葛飾区・新小岩。

 人気のない路地裏で、がしゃり、と、何かが落ちる物音が立った。

 乾いた落下音に続いて、鈍い音がリズム良く辺りに響きだす。

 ややあってから、若い男数人の笑い声。

 その愉快そうな笑い声に混じるようにして、小太りの男の嗚咽の声が聞こえてくる。

 まだ夕方とはいえ、下町の路地裏には人通りも少なく、時折、聞こえてくる靴音も、関わり合いになるのを避けるかのように離れていく。


「たった二千円かよ。本当にしけた野郎だな」


 小太りの男を囲んでいる数人の内の一人が笑うのをやめると言った。


「おかしなアニメキャラのカードやら、聞いた事もねえ地下アイドルのブロマイドばっかり持ちやがって、気持ち悪い野郎だな。現金はどうしたんだよ、現金は。ほら、休まずジャンプ続けながら答えろよ。アスファルトは崩さないようにな」


 小太りの男は恐怖に顔を引き攣らせ、言われるがままに軽い跳躍を続けた。


「なあ、木嶋。でもよ、こんな物でも売っ払ったら、少しは金になるんじゃねえの」


 周囲にいる別の男が口を挟む。

 その男は、黒ずんだアスファルトに散らばったトレーディングカードやブロマイドを拾い集めと、それらをまとめてコンクリートの上に置いていた。


「冗談だろ」


 木嶋と呼ばれた男は不快感を露わにした顔で言い放つと、集められた戦利品の前まで歩き出す。そうして、様々な種類のカードが入ったプラスチックケースを踏み砕くと、そのまま蹴り飛ばした。当たり所が良かったのか、ケースはよく飛距離を伸ばし、それがまた彼らの笑いを誘う。


「こんな気持ち悪い物、どんな顔して売りにいけばいいんだよ。オタク専用アイテムなんて、所持してるだけで恥だし、罪だろ」


 大きな声で続ける木嶋に笑い声が立った。

 恐喝に遭っているらしき男は、その間も軽い跳躍を続けていたが、不意に苦悶の顔を浮かべてその場に屈み込んだ。


「おい、何を勝手にジャンプ芸やめてるんだよ、デブ」


 跳躍音が鳴りやむと、木嶋は向き直り、屈み込む男を冷たく見下ろす。

 すると、蹲る男の足首の辺りに包帯が巻かれているのを見て留めた。


「なんだよ、その包帯。アキレス腱でもやったのか? デブのオタク野郎が生意気な怪我するじゃねえか。大方、急にダイエットでも思い立って無理な運動でもしたんだろ」


 にやけ顔で言うと、木嶋はしゃがみ込んだままの男の顔面へと膝を叩き込む。

 悲鳴にならない呻きが耳に届くと、彼は何とも言えない快感を感じているようだった。

 木嶋はもう一発くらい殴ってやろうかと思い、次には腕を振り下ろそうとしたが、その刹那のこと、視界の隅に一匹の黒猫を捉えて手を止めた。

 その猫は、塀の上に座り、観察でもするかのようにじっと動かずにいた。


 手を止めた木嶋は何とはなしに、そっと一歩を踏み出し、猫の方へと歩を進め出す。

 猫の方は動かず、ただこの場を見つめていた。その視線は品定めでもしているかのようでもあり、彼からすれば何となく気に入らないものがあったのだ。

 木嶋は静かな足取りで二歩、三歩と猫との距離を縮めると、周囲を囲む仲間たちも猫の存在に気付いたようで、ショーでも見るかのように口を閉じ、口元だけで笑う。

 やがて、木嶋は一分もかからずに猫の手の届く距離まで近付くと、黒ずんで汚れたブロック塀の上に居座る猫を軽く睨んでみた。猫は、石になったかのように動かず、相も変わらず黄色く、丸い瞳を光らせているのみで未だ、逃げる様子は見られない。そんな猫を相手に木嶋は軽く一つ息を吐くと、ゆっくりと構えた。


 次の瞬間、木嶋の拳が突き出され、ひゅうっとした風を切る音が鳴った。

 しかし、眼前でじっとしていたはずの黒猫は、繰り出される拳がそこに届く頃にはもう場にはいない。はっとして振り返ってみた時には、アスファルトの上を駆けていく様子がどうにか確認出来ただけだ。

 木嶋が舌打ちすると、周囲からは小さな笑い声が漏れ出す。


「木嶋、惜しかったなぁ」


 その場にいる男の一人が笑みを浮かべて言うと、木嶋は不機嫌そうに顔を顰めた。


「別に俺だって、本気でやった訳じゃねえ。それに、何をそんなに笑ってるんだよ」


 不機嫌そうな声もそのままに続ける。


「もしかして、俺があんな猫を本気で相手にして、しかも逃げられたっていうのが、面白くってたまらなかったのか?」


 木嶋が軽く凄むと、声をかけた男の笑みはさっと消え、口が閉じられる。


「まあ別にいいじゃん。あんな汚い野良猫なんて、どうだってよ」


 取りなすようにして別の男が口を挟むと、その手に握った物を見せてくる。


「ほらよ、戦利品。ちょっとは金になるかもしれないし、やっぱり拾っておいたよ」


 その手の中には、ブロマイドやアニメグッズ、安っぽいポーチがある。

 そういえばポーチの中身はまだ見ていない。そう思った木嶋はひったくるようにしてポーチを手に取ると、ジッパーを乱暴に開けて中身を確認する。中には数点の小物と一枚の黄色い封筒。それらに交じり、携帯ゲーム機らしき物が一台あった。

 木嶋はゲーム機ならば金になると思ったのか、ポーチごとかっ攫うと口角を上げた。


「戦利品だ。貰っておくぜ、デブ野郎」


 多少、機嫌を直したらしい木嶋は、蹲ったままでいる男へ吐き捨てると、周囲にいる仲間たちには目もくれず、ポーチを持ったまま一人、歩き去った。



 ※※※



 午後も七時を過ぎたその日の夜のこと、恐喝したゲーム機を古めかしいリサイクルショップで売り払った木嶋は店の裏手で金を数えていた。ゲーム機と、セットされたままだったゲームソフトを合わせて八千円弱になった。

 思ったよりも金にならず、がっかりしていたが、どうせただで手に入れたあぶく銭だと考え直すと、木嶋は財布に奪った金をしまい込んだ。金にもならないポーチと、細々としたがらくたの方はリサイクルショップの敷地内へ投げ捨ててやろうとも思ったが、中に入っていた黄色い封筒が目に入り、手を止める。

 封は開けてあるようで、押し広げて見てみると、中には三つ折りにされたプリントが二枚ある。

 木嶋は好奇心から紙切れを取り出すと、そこに書いてある文章に目を走らせた。

 真っ白のプリントには『野田 真一様』という宛名があり、妙な見出しが続いていた。



『戦闘実験について』


 野田真一様、ご無沙汰しております。

 実験終了日より一週間ほどが経ちますが、お体の調子はどうでしょうか。

 心身ともに、問題なく回復なされている事を願っております。


 さて、先日の戦闘実験の結果及び報酬の件ですが、今回の野田様の結果は二日目での敗北となることを改めてここにお知らせします。

 また、報酬の件ですが、実験前にもご説明した通り、二日目を完了していないため野田様が得られる報酬額は一日分となることをご了承下さい。


 尚、報酬についてはご指定頂いた口座へと入金済みとなっております。

 こちらについては、同封の振込確認票と合わせてご確認をお願い致します。


 その他、ご不明点や不服、異議などございましたら、こちらの電話番号へ連絡下さい。

 TEL 〇〇〇-△△△△-××××(猫屋敷)



 戦闘実験……? 一体、何の書類だ、これは。

 野田真一というのは、さっきカツアゲしてやった小太りのオタク野郎だろう。

 あいつが、あの体で、あの弱さで、戦闘実験だと?

 ――いや、どうせゲームか何かの話だろう。詳細はわからないが、戦闘実験など、そんなことが現実にあるはずもない。それも、あんなオタク野郎が、こんな怪しげな闇バイトじみたことをしていたなんて有り得ない。

 そう考えた時のこと、先程、恐喝してやった小太りの男、野田真一の足の怪我を思い出す。

 いや、あの野郎が足を怪我していたのは、本当だった。転んだという感じの怪我でもない。

 だとすれば、戦闘実験をしたというのは、事実なのかもしれない。

 まさかとは思うが、本当に闇バイトっぽいことでもやっていたのだろうか。

 あの手の野郎は、自ら進んでという事はなくとも、誰かの口車に乗せられて、というパターンなら有り得るか?

 しかし、こいつが本当だとしたら面白そうな話だ。もしかしたら金になるかもしれない。

 木嶋は同封されていたもう一枚の振込確認票を確認すると、そこには振込確認の連絡がしっかりと印字されているのがわかり、目を輝かせた。

 それから、携帯電話を取り出すと、記載されている電話番号を打ち込んだ。

 数度のコールを経て電話は取られ、相手方の声が聞こえてくる。


『もしもし――』


 相手方の声は、初老の男性らしきもので、穏やかな声音だった。

 木嶋はすかさず、それに被せるように強めの口調で声を上げた。


『もしもし? あんたが猫屋敷さんかい。俺は野田真一って者の兄だ。それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。うちの弟が怪しげな書類を持っていて、そこにあんたの所の電話番号が載ってたんだけど、戦闘実験っていうのは、何のことだ』


 一息に喋ると、木嶋は語調を強めて続けた。


『あんた、何かおかしな真似してるんじゃねえだろうな』


 それだけ言うと、互いを探り合うような幾ばくかの沈黙が走った。

 声を発さずにいると、やがて、電話口から声が届く。


『ああ、野田真一様のご家族の方でしたか。そういうことならば、電話で、というのも何ですし、ぜひ、直接お会いして、この度の実験の詳細をお話したいと思うのですが』


 その口調は落ち着き払っていて、狼狽の様子は一切ない。

 しかし、野田真一という男の家族という嘘は通じたようだ。

 木嶋は自然と鼻を鳴らすと、まずは相手の話に耳を傾けてみることにした。

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