あの子
――ガラガラ。
教室の扉の開く音が、みくの鼓膜を震わせた。
無機質な音が廊下に響いた。
「生徒会の人だよね。お待たせ、入っていいよ。」
1組の担任であろう女性の先生が開いた前側の扉から顔を出した。
いけない。
全然関係ないことを考えていた。
切り替えないと。
みくは「はい」と言いながら先生のもとへと向かう。
「失礼します。」
軽くお辞儀をしてから教室の扉をくぐった。
縦横きれいに並べられた机が6列。
教室の一番後ろの壁には、画用紙で象られた「入学おめでとう」の文字が貼られていた。
1組は確か30人だったっけ。
横目で教室の奥側をさっと見やる。
あの子は、まだ窓の外を眺めていた。
何を考えているんだろう。
あなたはいったい何を見ているの……。
みくはクラスをさっと見回した。
みくのクラスよりも少ない人数ではあるもののいざ前に立ってみると、思いのほか多く感じる。
新しい環境への不安と期待の入り混じるたくさんの目が、みくに集まった。
「生徒会です。胸に付ける花を配布しに来ました。前にかごを置いておくので一人1つ取って、左胸に付けてください。」
そう言いながら、みくは教卓に胸花のかごを置いた。
「10時30分に体育館へ移動します。お手洗いに行きたい人はそれまでに済ませておいてください。」
淡々と言葉を紡いだ。
大丈夫。
言うべきことは全て言ったはず。
それでは、と再び軽くお辞儀をする。
顔をふっと上げたとき、あの子とバチっと目が合った。
わざとあの子がいる方向を向いたわけではない。
たまたま、顔を上げて目を向けたところにあの子がいただけ。
って、何を弁解しているんだ私は……。
みくは如何にも気にしていない風を装って顔をそらせようとした。
その時、あの子がふわっとほほ笑んだ。
花がぱっと開くみたいな、その表情に心臓がドキッと跳ねる。
顔がみるみる熱くなっていく。
「失礼しました。」
逃げるように教室を出る。
その足で2組の扉の横へと移動する。
……笑ってくれた。
先輩と目が合ったからただ気まずくならないように微笑んだ。
たぶんただそれだけのこと……。
たったそれだけのことなのに……。
はぁ……。
「……名前、なんていうんだろ。」
ぽつりとつぶやいたみくの耳に、ガラガラと開く扉の音が響いた。
お待たせ、という2組の担任の声にみくははっと我に返った。
いけない。
今は自分の仕事に集中しないと。
失礼します、と一礼してからみくは2組へと足を踏み入れた。