とある庭師の回想
私は堤防沿い、岬の灯台の方を見やりながら、昼間の白昼夢のことを考えていた。
荒涼としているあの神秘的な館の古めかしい鉄細工の鯱の目が、どう考えてもおかしいのだ。何故、今朝に出逢ったあの貴婦人が、あの部屋の鉄細工のある同じ窓から、いきなり「ご機嫌よう」と私に言ったのか…。
そのような事があって、その流れのまま、又心勢いはなかったはずだけれど、僕は彼女に招かれて、あの神秘的な館に入ったのだ。
彼女は、私に聡明さと少しばかりの懐かしさと親しみを宿した眼で愛想をくれ、私の気まずさの住処、心の間を繕い埋める役者さながら、まるで予行練習でもしているかのような優美さで、あの大きな館の重厚感のある鉄門の小脇の美しい木の小扉から、この街をひょんなく訪れた庭師兼旅人であるこの私を、館の中へと導き入れてくれた。
聞くと、人違いではないらしい。何故ですかと続いてうかがうと「占いに出ておりましたの」ときた。
お茶を引き込んでしまった私に彼女はにっこり微笑んで、「あなた…。庭師なんですって? お仕事はおあり? この街にご滞在長いなら、ココの庭を最もな様にしてくださらないかしら。給金はご満足されるはずです。…いかが?」
引き込み咳に見舞われる私の喉から首をいたわりながら、私は「それは嬉しいですが…。…はあ。お話が急すぎて、私…頭の整理が追いつきません。しかし、有り難い。蓄えは幾らかありますが、この街に来て数日ほど、正直なところ心は不安でありまして…。」
遮って彼女「まあ! それならば決まりでいいでしょう? 日払いがいいかしら? 月ごと? これぐらいでいかが?」
何故、そのような数字が控えられたランチの如く提示できるのか、私は訝ったけれど、変に昂った情緒も裏も感じられるず、心地よい緊張感が、私の心に立ち昇ってきたのだった。
思案するフリをして私は役者じみて、手を一旦左の頬を撫でてから口元へ持ってゆき、どこぞの両替商のような面持ちで数秒押し黙った後、心を決めた表情と共に顔を上げ(彼女の失礼に当たらないように)、彼女を見つめて、お願いしますという心をイロイロと言葉で内容を膨らませて返事をしたのだった。
今夜は、その日の夜であった。
この館の庭を把握したいということと、あとは、美しいこの館の庭を拝見させてくださいと彼女にお願いし、では私が手料理を作っている間にどうぞ、となって、この海岸沿いを臨める館の庭のトンネル…、遠くから響く波音と、この場より私の革靴がたてる大理石の床からの音との、交響曲の運びとなった。
この街にくる途中の馬車の中でうたた寝をしてかしないでかに観た、かの白昼夢のことを、私は思い起こしていた…。
館の方へと振り向くと、大きな闇を象徴したような重厚な森に囲まれた古城のような館の心象が、何故か大きな安らぎと少しばかりの恐怖となって、聳え立っており、
彼女がいると思われる、かの一室についた小さな窓からはぼうっと光が放たれていた。
…まるで、大きな闇の中、永遠に謎を隠し持っているかのように。
私は、この大きな闇に繋ぎ止められはしないかと、一瞬思ったが、すぐにここを美しくして去ると、また決心して、しかし決して立ち向かう心でなく、彼女の手料理にありつこうと、少しばかりタップダンスを独り、決めて、足早に灯台に背を向けた…。