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騎士副団長への尋問が終わり指揮官と複数名の騎士を残し、サーシャたちは王都への帰路を進んでいた。
「すまない…」
サーシャの隣で申し訳なさそうに騎士団長子息は呟き、サーシャも気にしないでくださいと伝えたが気持ちは晴れることはなかった。
見張り台の頂上にカイゼルがいた。一人ではなかったが。
騎士団長子息や他の子息達と今回の事件の話をしていたそうな。
サーシャがカイゼルと会話をしたいのだろうとを察した一部子息達がカイゼルだけを残し見張り台を降りようとした時。
事件がひとまず解決したから打ち上げでもどうかと騎士団長子息が切り出し、サーシャやカイゼルを引っ張り宴会を開いてしまった。
来たばかりだったからまた歩かせてすまないと次の日騎士団長子息は言った後に。
他の子息達から聞いたのだろう。
今の今である。
結局カイゼルとは話せず、真実を知った今どう切り出していいのか。目を合わせるとお互い自然と顔を背け、まともに見れない。今までの距離間が嘘の様に離れていき、気がつけばカイゼルは王太子の横をキープしているのだ。
*
王都に帰る道なりに村があり一晩泊まる事になった。
一部騎士は副団長ら数名の見張りのため野外で寝るらしいが、流石に王太子は泊まる場所があるのに休ませないわけには行かない。
父と女医、王太子と側近、サーシャや残った騎士達は村の好意に甘える事にした。
その夜、村長の邸に招待され王太子、父、女医、側近二人にサーシャは食事を楽しんでいた。
騎士団長子息に押し切られる形でサーシャとカイゼルは隣同士になり、女医とカイゼルに挟まれながら食事を終えた後。
村長は奇妙な噂を耳にした、と話し出した。
「今、王都では王太子殿下が魔物に殺され、王太子殿下の婚約者が第二王子の婚約者を戦地に送り暗殺したと商人達が話していたのです。なんでも王太子殿下の婚約者が第二王子を誘惑し、邪魔になった婚約者を脅して出兵させたとかどうとか。側妃様がお怒りで捕まえ次第処刑をするとか、どうとか」
その話にサーシャ達は言葉を失った。
確かに情報を撹乱させていたのはこちらの方だった。
何も知らないまま戦闘が長引いている。その事実に更に側妃は嘘を重ねたのかと。
「その話を聞いたのはいつですか?!」
王太子が驚いた声を上げ村長を見ると、彼も驚きながら二日前だと告げる。
そして更に奇妙な話を、と首を傾げながら。
「第二王子は第二王子で学園内の関係者に王太子婚約者の事件は自分の婚約者の自作自演だと話しているんだとか。当の婚約者は行方をくらまして真相は闇の中なんですが。その噂を側妃様側は否定して第二王子が悪女に誑かされたと嘆いているそうです。いやはや奇妙な話ですよね」
村長はそう言うとお茶を啜った。
*
場の雰囲気を和ませる様に村長も気を遣ったのだろう。
ただの噂ですからと言葉を濁しながら使用人達にデザートを頼んでいた。
食後の飲み物を先にどうぞと一人一人に紅茶を注いでいく。
その時。
サーシャの手のひらに紅茶が数滴かかったかと思うとすぐ後に村長の怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前!何をしてるんだ?!」
数滴の紅茶の元を辿ると、老婆の使用人が。
カイゼルの頭に紅茶を被せていた。
「カイゼル兄様?!」
サーシャ達は各々カイゼルの名前を呼び、彼は直ぐに使用人の手首を掴み上げた。
村長の怒鳴り声を無視した老婆は憎々しげにカイゼルを睨みつけいきなり叫び出した。
「お前が私の人生をダメにしたんだ!!」
しゃがれた声で訴える老婆にカイゼルは心底呆れた顔で父を見た。
この女に見覚えはないか、と。
父はその問いに老婆を上から下まで確認する様に見た後思い当たらないのか首を振る。
サーシャ、と、カイゼルは声を出して我に帰ったサーシャはハンカチを片手にカイゼルの頭の紅茶を拭こうとした。が、断られた。一瞬目を合わせると直ぐ逸らされ、老婆を再度睨みつけながら同じように問う。
見覚え、ない。とサーシャもはっきり告げるとカイゼルは老婆に勝ち誇った様に口元を吊り上げた。
「お前の雇い主だった当主様も、お前にとって娘同然に育てたサーシャでさえお前のこと覚えてないみたいだよ。まぁ、横領して得ていた金で高額の化粧品を買って化けてたんだから素顔を知らないのは当たり前なんだろうけどな」
その言葉に思い当たった父は「お前っ?!お前の故郷はここではないはずだろう?!」と声を荒げ理解した。
この老婆は乳母なのだ、と。
*
偶然居合わせたのだろう。
怒鳴り散らす村長を女医が宥めながら王太子達に老婆は邸から追い出した元使用人だと告げる。追放した理由は様々だが乳母だった老婆はカイゼルに掴まれながら「お前ら家族がやってきて平穏が壊れた!」などと怒鳴りだす。
「母親同士が約束した婚約だからって調子に乗らないでよ!お嬢様は私の息子を嫁がせる予定だったのに!!あんたがきたから息子を従者に出来なかったじゃない!私の人生返してよ!!」
何を言っているのか?乳母の息子は当時サーシャとは一回り離れていた様な気がする。いや、そうじゃない。そんなことより、あからさまにおかしい発言を乳母はした。
カイゼルも気付いたのだろう。乳母を離し、倒れ込む彼女を代わりに騎士団長子息が拘束する。
サーシャとカイゼルは二人同じタイミングで王太子のそばにいた父を見て、父は頷く。
「妻とお母様が二人とも仲が良くてね、もしもの話を昔してたんだよ。もしも結婚して異性が生まれたら婚約させようって。妻が亡くなってお母様やカイゼル、シーラを引き取った時にカイゼルだけは養子の籍を外してるんだよ。後見人扱いで育ててる流れかな。お母様主導で出会った年にきちんと届けを出してるし、どのみち家族になるからサーシャやカイゼルには私やお母様の呼び方を改める必要がないかなと。だからサーシャは婚約してるからもう「婚約出来ない」って周りに伝えてたんだけどねぇ。当時メイド長であったお前にも妻とお母様の関係やカイゼルとシーラのことを話したはずなのにわざと聞き逃してたんだろうね」
父よ、何故いつも後出しなのだ。何故今言う?
未来の婚約者として現れた義理の兄かと思いきや最初から婚約者扱いだったなんて信じられない話を飄々と話す父に王太子も含み笑いを浮かべ、多分違う事を考えているのだろう。
婚約偽装疑いを問うつもりだと大体想像はついた。
怒鳴り終わった村長がそんなサーシャとカイゼルを見ながら呑気にめでたいと話し出した言葉に現実に戻される。
事態は全くめでたくないと。
乳母の件でうやむやになりつつあった婚約者という言葉。
王太子の婚約者であるシーラが今ピンチなのだ。
一刻も早く王都に帰らなければ、という気持ちでサーシャは村長に向き直る。
*
人生を台無しにされたと自称した乳母を引き取りサーシャ達は騎士達と合流した。
拘束された騎士副団長達を集めてサーシャは乳母を捕まえながら微笑む。
サーシャの件は側妃は知っていたかを尋ねると彼らは一同に否定を行う。
本当にそうか?騎士副団長は子息から聞いていないのか?
そう問いかけると副団長は息子が関わっているとは思わなかったのだろう。驚きながらサーシャに自分は側妃の命で王太子を狙っただけだと告げた。
「貴方達は私を聖人とまだ勘違いしてますよね。謝れば許してくれる小娘と思ってませんか?あなた方の言葉はいくら話しても信じることができませんの」
実際は全て話し終えたのだろう。
それでも心の底から湧き上がる感情を表現したかった。
自分はこんなに怒っているのだと。
「貴方のご子息は戦地に向かう様に話してきたヴァイオスに肩入れする様に言いました。「お前はチューラップ家の家系だろ?下手な魔法でも役に立つんじゃねーの?」と」
「下手な魔法を今お見せしましょう」
そう言うとサーシャは乳母の方を振り返り優しい笑みを浮かべる。
怯え始めた乳母に「私、とても成長しましたの。貴方がいなくなってとても精密に調整できる様になりましたの」
ありがとうと乳母の両手を掴むサーシャ。
徐々に乳母の体が凍り始め、悲鳴を上げながら乳母は彫刻の様に動かなくなった。
「前回は氷漬けだったのですが、今回は更に細かく内部まで凍らせました。もう生き返ることはできません」
この様に、と、サーシャは聖女のように笑みを浮かべたまま手を離し乳母の胸を押す。
失敗作を壊す様に。
乳母であった女は地面に砕け散った。
*
惨劇を見た副団長達は顔を青ざめながらサーシャを見ていた。
月夜に輝く銀の髪を靡かせながら。
「下手な魔法でも役に立ちますわね」
微笑むサーシャ、怯える拘束兵。
そんな彼らを見ながら騎士団長子息はカイゼルに結婚しても夫婦喧嘩はするなと助言をしていた。
そしてサーシャが手を叩いた瞬間。
次元が歪み、直ぐに見慣れた王城の中庭に着いていた。
*
「さ、サーシャ?!こんなこともできたのかい?!」
父は驚きながらサーシャに駆け寄り皆一様に驚きながらサーシャを見ていた。
「初めてこの魔法が成功したのはカイゼル兄様と街に出た時です。確か、六歳の時です」
「サーシャは街に出て自分で作った商品を販売してたのですよ、父様。その資金を僕の…生活費に充ててくれてました」
主に下着代と食費だが。
幼少期、いくらサーシャが食事を多めにねだっても乳母達は標準的な子供の量しか与えてくれなかった。使用人のキーゼラがいくらサーシャの専属侍女だと話してもキーゼラの食事はサーシャの半分だけだった。事業をしながらご飯代も稼いでいた。ちゃっかりレストランで何度も食事を行い、成長期のカイゼルの空腹を凌いでいたのは事実だった。
流石に女装をさせても下着まで女物に、とはいかなかったし。
驚く王太子達に側妃が実家に帰っている今、何よりも国王と話をとサーシャは勧め、次の段階に移る。
多分、出来るだろう。
サーシャは誰よりも優れた魔導士だったから。
王太子にシーラからもらったものはあるか尋ね、彼は胸のブローチを指差す。
サーシャはブローチに手を近づけ目を閉じると光る糸が現れ細くなり空に飛んでいく。
「糸の先にシーラがいるはずなので探してきます」
その言葉に父はまだ信じられないものでも見る様にサーシャの名前を呼ぶと。
「そ、そんなこともできるのかい?!」
「今考えて出来るようになりました」
普通なら出来ない、と女医も驚き、サーシャと目が合った拘束兵達は数名気絶した。
シーラを探すなら自分もと王太子が言い出したものだから次は中庭のバラを一輪宙に投げ王太子の形を作る。
「お父様、国王陛下への説明はお父様と医療団長だけで十分ですよね?殿下とカイゼル兄様とシーラを迎えに行ってきますわ」
「サーシャ、この魔法も…」
「今考えて出来ました」
もう何も言うまい。
父の表情は物語っていた。
*
一旦目を閉じ光の糸の先を確認した。
見覚えのある邸の中にシーラは確かにいた。
使用人らしき侍女達と一緒に寝ていた。
ドアには厳重に従者達が待機し、廊下側にも。
何か違和感がある光景。
目を開き、場所を確認出来たと王太子とカイゼルに伝えると合図の手を叩く。
近くの雑木林に辿り着き、あの邸だと指を指す。
「見えた光景がシーラはいたんですけど。使用人達がシーラを守る様な配置で…」
わけがわからないと言おうとした時、カイゼルが邸を見、思い出したかの様に低い声を出した。
「母の実家の子爵家です。…昔、母の弟に会ったことがあるのですが…母に好意を持ってました。シーラが赤ちゃんの頃から何かにつけて遊びにきたりしていて」
多分カイゼルが物心つく前から母に邪な感情を抱いていた、と話す。
確か子爵は母と血の繋がりがなかったとサーシャは頭で整理しながら、そういえば、の記憶を話す。
子爵は母にかけられたネックレスを気持ち悪い顔でなぞっていたと。
「チューラップ侯爵家は。我が家は父の施した魔法と護衛がいるから…母は安全ですが…」
まさかのシーラを狙うとは。
処刑は数日内にと噂があったぐらいだからここにシーラを残したのは側妃だろう。
現に側妃の生家公爵家の傘下貴族なのだから。
サーシャが死んで手を出さないと言う約束が破られたのだと二人に話し、作戦会議を行なった。