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「おい!お前戦地に行ってこい」


王太子達が遠征に向かって三ヶ月。

いまだに激戦が続いていると言う知らせに第二の補給を城で始めたと、側妃から知らせが届いたらしい。



死者行方不明者はいまだに不明。家族の安否を心配するものは少なくない中、魔物の数だけ増え続けていると情報が入っているらしい。



「お前はチューラップ家の家系だろ?下手な魔法でも役に立つんじゃねーの?」

下衆な笑いを含ませ騎士副団長子息は言うと、仕事は宰相子息ができるからお前は用済みだとヴァイオスが声を出す。



「お前なんか、魔物に喰われて死んじまえ」



その言葉に糸が切れたように頷いた。






シーラには何も告げず学園から去り、懐かしの住み親しんだ邸へ帰る。



驚く母や使用人達に戦地への参加を決めたと告げ、母と二人きりにしてもらう。



「ねぇ、母様。母様の魔法ね、私が死んだら解除されると思うの。だって側妃の目当ては私でしょ?私さえいなければこの家のことは諦めると思うの」



「サーシャ?!馬鹿なことは言わないで!今国境はどんな事が起きてるかわからないのよ?!あの人だってカイゼルだって…行方がわからない今、私は貴方まで失いたくないのっ!」




涙を溜めて訴える母。

それでもサーシャの意思は変わらなかった。


「母様、私ね。…死に場所は自分で決めたいの。…あんな男の前で一生を終えるくらいだったら。…側妃に利用される人生で終わるなら…好きな場所で死にたいの」


「サーシャ…」



「わがままな娘でごめんなさい。もう、楽になりたいの…」


確か前世も途中で投げ出したなと母を見る視界が滲み始め、今世の家族は皆サーシャを大切にしてくれた。この違いを実感できただけでも未練はなかった。



なによりも皆無事に生き残れた未来があったとしても、カイゼルの隣で微笑む恋人を見ながら側妃の駒として過ごすくらいなら潔く散りたかった。



「さようなら、お母様…」


サーシャは泣き崩れた母を置いて部屋から去っていった。




補給兵として国境に到着したのは一週間後の事だった。

副団長率いる兵達数名、学園を卒業した腕に覚えのない子息達も治療団の手伝いとして駆り出されていた。



今回の魔物襲来で王は王妃と共に王城に待機し、側妃は恐怖に怯え一時生家邸に帰省して休養中だと騎士副団長はサーシャ達に伝えた。



最初に魔物が発見された、騎士団長達第一陣が駐屯する砦にやって来た。

砦はもぬけの殻で。



思えばおかしなことばかりだと副団長はつぶやいた。



「王都に来た報告には魔物がこちらの地域で増加し、徐々に王都に進んできていると。…私達はその魔物が進んでくるであろうルートを進みながらやって来たのに魔物のまの字もなかった…」


団長達もいない、王太子もいない。



みんなどこへ消えたのか?



砦を一回りした時には、すでに日が沈み始めていた。




その日の夜。

サーシャは副団長から呼び出された。

砦に滞在し、周辺を探り魔物又はこれまで遠征に出た兵がいないかを明日以降探していくと伝えて、彼は微笑んだ。



「息子が貴方のことを褒めていたよ。とても美しいとね」


副団長の息子は…ヴァイオスの取り巻きでサーシャのことを率先してなじるアレではないか?

あの男もヴァイオスと同じように猫を被り、親の前ではサーシャの上辺を誉めていた事実に愕然としながら彼の勧めて来たお茶を飲み干す。



「そんな君はここにくるべきではなかったのに…」


途端に視界がぐらつき。


最後に見えた副団長の顔が偉く歪んで見えた。



「側妃様のお気に入りの君は、くるべきではない人間だったのに…。誰がよこしたんだろうね?」



寝息を立て始めたサーシャを部屋に置き去りにし。


夜間招集を掛けた副団長は数名の子息を残し。



夜の森へ消えていった。





次の日目が覚めると副団長の部屋のソファにいた。

砦には幾分かの同世代の子息を残し夜に出かけて行ったそうだ。

そうだ、と言うのは起きたサーシャが施錠されたドアを開けた際に廊下に立っていた子息が教えてくれたからだ。



今日から森の中の探索をすると指示があったと残された彼らは言い、残されたサーシャと彼らでグループを組むことになった。

サーシャ含め五人。全て子息達だった。



森に入り最年長の青年の指示の元歩き始める。

…砦の周りを行ったり来たり。

いくら腕に覚えがない者たちをかき集めたと言ってもこれでは全く役に立たないどころかむしろ足手まといだ。


サーシャが何度目かのため息を吐きながら森を歩いていると、付近で大きな悲鳴が上がった。


様子を見に行こうと震える彼らを鼓舞し、それでも動かなかった二人を除く三人で声のする方へ行くと。



人の形はなかった。

代わりに木々や地面にこびりつく血痕。

点々と散らばり、その場所が傷をつけられた箇所なのだろう。十数人分の血の塊の跡が物語っていた。



サーシャ達が移動して来た距離を考えると犯人達ももう逃げているだろう。

倒された人達はどこに消えたのかはわからない。


とりあえず残っている二人が心配だとサーシャ達は判断してその場を去った。




その日の夜。


いくら待てど副団長率いる兵達は帰ってこなかった。

不気味すぎる時間だけが恐怖を煽り、サーシャ以外の子息達は皆で集まり眠ると話しながら食事を交わした後、与えられた部屋で過ごしていたサーシャ。



昨日は睡眠薬を盛られたのだろう。副団長に。

何の目的があって?

昼の光景は何だったのだろう?

消えた人達はどこへ消え、魔物達は??


わからない問題が多すぎて軽く目を閉じる。



その時ドアからノック音がした。


「サーシャ嬢、俺です」


その声は昼間おじげづいていた二人のうち一人の声で。




「カイゼルの事で話があります」



ドア越しに彼はそう言った。




サーシャは迷わずドアを開け子息を部屋に招き入れる。

昨日の今日で殺風景な部屋のまま。カバンの中に衣類や貴重品は詰め込んでいるので特に見られて恥ずかしいものなど置いてなかった。


「カイゼル兄様が何か?」


「…実はこれを渡してくれって…」


俺、知り合いだったんです。


子息はそう言いながら小箱を開けると金色のブレスレットが入っていた。

子息はブレスレットをサーシャの右手に着けて微笑む。


「とても綺麗な魔法使いのお嬢様だって。…特別に見せてくれませんか?」



どんな話をしたのだろう?

サーシャは知り合い子息に笑みを浮かべて魔法で水を操ろうとした。

近くに置いていたカップに手を添えて力を込めると。



「…あれ?…どうして??」


いくら力を込めても魔法は発動せず。


子息に今は少し不調みたいだと告げると。



気味悪く笑みを浮かべた。




「お前、俺のこと馬鹿にしただろ?」


先程の会話は嘘のように子息は声を荒げサーシャの左手首を掴み上げる。


「昼間お前は俺のこと馬鹿にした目で見てたろ?どうだ?魔法が使えなきゃお前はただの非力な女なんだよ!」


何を言われているのか?サーシャは子息の豹変ぶりに驚きを隠せず口を開く。


「私は貴方のことを馬鹿になんかしてません!!魔法は本当に…今日は不調なのです!」


手を離そうと腕を引くも掴む手が緩むことなく。


「不調じゃねーよ!使えねーんだよ!!そのブレスレットのおかげでなぁ?どうだ、そのブレスレット!愛しいヴァイオス様からの王族の宝物を貰えた気分はよぉ?」


子息はゲスな笑いを含めながらそう言った。



「ヴァイオス様ですって?!」


もしかしてこのブレスレットは…魔力を封じる家宝の…。


ゲームではテキスト表示しかなかったのでどんな形かはわからなかった。

大切なものなので厳重に保管している設定だった。

ゲーム内ではヴァイオスがサーシャの悪評を国王に直談判して事前に手に入れていたはず。


…今世のサーシャはむしろ国王が関与してないのに。


(あの男、盗んだのね?!)


そこまでしてサーシャを殺したいのか?

悔し涙は見せまいと必死で腕に力を入れるも子息は全然動じなかった。



「ヴァイオス様とカイゼル兄様は関係ないでしょう?!何で貴方がカイゼル兄様を知ってるのよ?!知り合いを名乗らないでよ!!」


ヴァイオス関係にカイゼルの名前を呼ばれたくなかった。

声を荒げサーシャは子息を睨み付けると。



「俺はカイゼルが大嫌いなんだ!俺があの家で一番だったはずなんだ!あいつはいつも俺に助けられてたのに侯爵家の養子に入るなり見下しやがって!!あの女も父さんが可愛がってたのに!八つ当たりが俺にくるようになっちまじゃねーか!」


「なぁ、あの不義の子が王太子の婚約者とかお前は許さねーだろ?そんな不義の子をヴァイオス様は好きなんだ。だから俺達に言ってきたんだよ。お前を本当の傷物にしろってな」



子息の言葉にサーシャは思い出した。



義母の元夫の男爵家が側妃派閥だと言うことと。



カイゼルには兄がいた事を。





「嫌よ!離して!!」


いくら叫んでも体格差がある男爵子息には無意味で、半端引きずられながら部屋から出され他の子息がいるであろう部屋に向かうため廊下を歩く。



側妃との話をヴァイオスは知ってるはずなのに。

そこまでシーラに執着しているのかと、学園に残してきたシーラの安否を不安に思いながらも、今置かれている自分のピンチをどう切り抜けようか考える。


考え、ようとした。

頭の中に靄がかかり身体中が熱を帯びたみたいに息苦しくなり始め。


立ち止まった男爵子息は振り返り、舐めるような目で舌ずりする。


ようやく効き始めたか、と声がした時にはすでに遅く。


サーシャは歩くのも精一杯になっていた。





崩れ落ちたサーシャを男爵子息が抱き上げ歩き出す。


「勿体無いよなぁ、ヴァイオス様も。こんな美人捨てるなんてよ。その分俺たちが楽しめるんだけどな。お前を穢したら俺も楽しめるし、カイゼルの苦しむ顔も見れるし得ばかりなんだよ」


息遣い荒く男爵子息は言いながら歩く速度を落としていく。

顔すらも見せたくないと必死で顔を俯かせ唇を噛み締め堪えようとすると身体の火照りが治らず。

考えようとすると何も意識できず。ひたすら自分を抑えることに必死だった。





到着したのかドアを開ける音がして聞こえたのは悲鳴。

悲鳴の主は頭上からして、男爵子息だと理解したのは、サーシャの身体がここにいるはずのない父に抱かれた時だった。



意識が朦朧としているサーシャを別室に移し、父は医療団長…女医に頼み先程の部屋に向かう。


先に倒した三人は既に騎士達に捕縛されており、残る獲物は男爵子息だけになっていた。

その男爵子息も上半身と下半身が真っ二つにされており、悲鳴をあげてもがく男爵子息をカイゼルが冷めた目で見下ろしていた。

利き手の愛用剣は真っ赤に染まって。



「どうせ王都に戻っても斬首刑ですから」


カイゼルは息絶えた男爵子息の下半身を軽く蹴った。





体の疼きが止まらず泣き出すサーシャに女医は薬を飲むよう指示をする。

摂取された媚薬が多く効果も強力だったらしい。

苦しいと泣きながら一向に飲まない現状を女医は別室で父であるチューラップ侯爵に説明した。



「どうやら娘様の件は王太子殿下の件と別件みたいですね」


「だろうね。あの女はサーシャの事を手放すはずがないから…。ヴァイオスの独断の犯行だろう。家宝まで盗んでまでサーシャを苦しめて…」


「…薬、飲まない場合には…その…」

実親に言ってもいいものか。

媚薬という類はそういう意味がある。


父も気まずげにしながらもある薬も頼んだ。






一旦着替えをし、父に呼ばれたカイゼルは女医から渡された小瓶を眺める。



「サーシャに薬を飲ませてきてくれ。もしも何か起きた場合はこの薬を終わった後、処方するように」



父の少し乱暴な口調に苦笑しながらカイゼルは頷き部屋を後にした。



去った後のドアを見ながら女医は驚きながら父を見、将来が早まっただけだと腑に落ちない声で呟いた。



「元々我が家はサーシャを跡継ぎに考えてました。カイゼルを婿として迎える予定だったのに…あの、クソ王子め…」


「クソ王子は息子を付けてますから…最後はどうなるでしょうね」


女医はカイゼルが出ていったドアを見ながらほくそ笑んだ。






部屋に誰か入ってきた音がした。

泣きながら叫ぶサーシャの目元を誰かは手で覆い、もう一つの手を顎に添える。


この手を知っている気がする。


サーシャが思うと束の間、口が塞がり喉元に流れてくる液体。

口が離れると同時に反射的に液体を飲み込み、熱った体が急激に冷えていくのを実感した。


あれだけ苦しかった体の疼きが驚くほど落ち着き、呼吸を整えながら感覚の戻った手でサーシャは目を隠す彼の手に重ねる。



助けてくれてありがとう、と言うべきだろう。

今の唇の感覚はきっと薬を飲ませるための事故的なものだったのだろう。

体の安否を応えるべきだと頭は動くのに。

心の中で彼は違う人と笑い合っているのに。

自分はもう届かない存在なのに。



「好きなの」



ただ一言。


サーシャはそう言って重ねた手を離した。





手を離したすぐ後。

サーシャの寝息が聞こえ、疲れが一気に押し寄せてきたのだろう。あっという間に夢の世界に旅立った。



眠ったサーシャから手を離し、彼女の寝顔を見たカイゼルは小さく息を吐いた。



「…ねぇ、サーシャ。君は昔何度も好きって言葉安売りしてたんだよ。あの日ね、何度も、何度も」



それ以上の言葉を望むのは贅沢なのだろう。



頭を撫ではにかむサーシャの寝顔を確認すると。

使わなかった小瓶をポケットに乱雑に入れ、部屋を後にした。


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