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「こ、来ないで!お願い、いえ、お願いします!もう何もしません!!出来損ないでごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
夢の続きだろうか?
サーシャは発狂しながら謝罪を告げ体全体で父を拒否する。
落ち着かせるように力自慢の護衛達にサーシャを押さえるように頼む父。
魔力はあれど物理的には非力な少女。
見知った護衛達が一言サーシャに言葉を投げかけ近づくと。
目を見開き「こ、来ないで!!」と繰り返した。
*
不思議なことにカイゼル以外の男が全て前世の父に見え。
投げかけられた言葉は全てサーシャを罵倒するものだった。
「お姉ちゃん!落ち着いて!!」
シーラが抱きつきサーシャをベッドに押し倒すと、落ち着いたのか。
サーシャは潤んだ瞳でシーラの名前を呟いた。
*
一旦使用人達とカイゼルを退席させて医師を呼んだ。
医師が現れると父は背を向け、仕事のための診断を行うため、サーシャに向かい合う。
「この出来損ないが。お前なんかさっさとくたばれば良いんだ」
医師も、あの顔で。あの声で。
「いやぁぁ!」
「サーシャ!」
近づかないでと叫ぶ声に、反射的に現れるカイゼル。
ドアを勢いよく開け、上半身下着姿のサーシャに抱きついた。
思えばいつも泣き言はカイゼルに話している気がする。
大丈夫、と宥めるカイゼルの手が心地よくて次第に落ち着きを取り戻すサーシャ。
カイゼルも慌てていたのだろう。
父の咳払いが聞こえ始め、カイゼルと体を離すと途端に顔を赤らめる。
何事かと自分の胸元を覗くと。
発育途上の胸に合うランジェリーが姿を表していた。
*
結局診察は家族揃っての立ち会いのもと行われ、カイゼルの足を踏みつける父の背中達を横目に、シーラと母に手を繋がれながら、質疑応答に答えて行った結果。
「ストレス性の対人恐怖症ですね」
前世の父の顔で。声は知らない人の声がして告げられ、医師は気を遣いながら部屋を後にした。
医師が去った後にサーシャは気まずげに男性が怖い、と追加補足を告げた。
「…お父様の顔が…あの日の第二王子の顔に見えるのです…。さっきの医師様も。…カイゼルお兄様以外の方々が皆、あの王子に見えて。みんなで私を責めるように聞こえてくるんです…」
前世の父もヴァイオスも同じ扱いだ。説明するにもってこいの適材だろう。
サーシャは嗚咽交じりに告白し、前世の父の顔をした父はしばらく休養するようにと話し部屋を去って行った。
(気を遣わせたんだろうな…。申し訳ないな…)
去ったドアを見るサーシャ、を見ていた母とカイゼルの視線が痛く悲しそうだったのは。
後から知る最悪な事実だった。
*
しばらく休養期間が続いた。
サーシャの周りの世話は女性で固められ、事業関係はカイゼルとシーラが代わりに参加するようになった。
普段通りの日常をしばらくは過ごしていたと思う。
唯一の違和感は新聞で報じられる魔物出現の遠征に父が参加していないことだった。
副団長に任せてあるから、と、母伝に伝えられて今は別件の仕事を行なっているそうな。
夜になるとうなされる機会が多くなった。
サーシャの様子が心配だから、と、最近ではシーラが添い寝をしてくれるようになり。
「お姉ちゃん、私ね、気になる人が出来たの。ほら、昔からいるカイゼルお兄様の訓練の生徒でね、アルって言うんだけど。優しくて、まだまだお兄様には敵わないけど何度も立ち向かう姿が素敵なのよ」
彼女は甘い声を出しながら、手を握る。
アルなんて攻略対象にいなかった、と、予想外の展開に驚きを隠せず月明かりの中サーシャはシーラを見る。
…恋する少女、そのものだった。
「だからね、私はお姉ちゃんが…一番好きな人と結ばれて欲しいの」
サーシャの視線に気がついてないシーラは目を閉じて。
そのまま眠ってしまった。
*
あの事件から二ヶ月。
サーシャは医師の指導のもと、カイゼルとシーラと手を繋ぎ父と会話する練習をしていた。恐怖症は一種の精神病で、長年一緒にいた二人に支えられながらリハビリに励んだ。
なんとか知り合いの男性達とまともに話せるようになったのはそれから一ヶ月後のことだった。
その間、ずっとシーラまたはカイゼルがそばに居てくれ、父も母もサーシャを気遣ってくれた。
そんなある日。
父から呼ばれ、母と父のいる執務室へ足を運ばせた。
母と隣のソファを勧められ、父は重苦しく、自身の遠征を告げた。
久々の遠征だと思いながら数秒の沈黙の後。
「…サーシャが倒れた後…」
すぐ後に、と。
重々しく父が言葉を発した。
「第二王子がサーシャを傷物にしたと言う噂が流れ、第二王子の婚約者に勧める声が一部貴族から上がっている。側妃の生家公爵家を主要として、彼らの傘下貴族達が噂を広めてるみたいなんだ…」
「そんな?!嫌です!私絶対に嫌!」
思わず声を発して、蘇るヴァイオスの顔。
今はまだ幼かったが、ゲーム内で見る断罪時のサーシャを見下す表情が脳裏に浮かび過呼吸がおきる。
父は火消しに走っていて、国王自体も知らぬ存ぜぬを貫き通しているらしい。
「元々王妃と側妃の両生家が政敵なんだ。…陛下と王妃は幼馴染で恋愛結婚だったんだ。しかし、側妃の生家が力を持ち過ぎて。…陛下の事をずっと慕っていた側妃が国費支援を申し出て側妃に収まったのが今世の王家だよ」
ゲーム内では語られてなかった現実の王族の話を聞き。
「陛下はね、側妃に逆らえないんだよ。お会いした時に婚約はしないと伝えてくれた言葉だけでも陛下なりの側妃に対する抵抗だったんだよ」
(どれだけ立場弱いのよ!国王っ!!)
母に背中をさすられながら呼吸を整え、サーシャは思った。
とりあえず火消しは終わったから報告だけでも、と父は苦笑いをして。
後日、遠征に旅立って行った。
*
父が遠征に出て数日後。
とある子爵から母とサーシャ宛にお茶会の案内が届いた。
母はその子爵名を見、母を男爵に売った生家だとサーシャに話した。
シーラとカイゼルに伝えないのは男爵は仮にも二人の父親だった男だからだろう。
はっきり子爵家に売られたと発言するあたりお茶会への招待はあまり良い印象はないなと判断できた。
母は不参加の返事を出し。
何事もなく日々がすぎると思っていた。
*
お茶会があるはずだった日。
シーラとカイゼルはサーシャの代わりに事業に行って不在だった。
申し訳ないと思いつつ母と執事長と父の代わりに執務に励んでいると、慌ただしくドアが開いた。
乳母達追放以降メイド長になった女性。
普段は落ち着き払い、母と仲がいい彼女が汗を垂らしながら、公爵家の馬車が母とサーシャを子爵家のお茶会に迎えに来たと邸の前で待機している事実だった。
公爵家の家紋は側妃生家公家で、彼らは公爵家を強調し、早く用意しろと急かしていると。
父がいれば断りを入れるくらい簡単だっただろう。立場の弱い母とサーシャはその言葉に従うしかなかった。
*
母の実家である子爵家に着くと邸から出てきたのは、母が弟と呼んだ人物だった。
彼は軽やかに笑いながら「ちょっとしたサプライズだよ、姉さん。どう?ドキドキした?せっかく久々の再会なんだからもっと嬉しい顔しようよ」
悪びれもなくそう言った。
あまりに失礼ではないか、と、母は怒鳴ると母の弟は肩をすくめ、公爵家の使いが彼に部屋に案内するよう伝えた。
男性に怯えるサーシャの手をずっと握りながら母はごめんねと小さく呟いて。
母の実家に足を運ばせた。
*
(確かお茶会会場は…中庭だって書いてたのに…)
招待状の内容を頭の中で思い出しながら、母と手を繋ぎ案内された場所は邸内の部屋だった。
どうぞ、と、母の弟はドアを開け、母とサーシャが入るのを確認するとドアが閉まり、鍵がかけられた音がした。
慌てる二人がドアを見たのは一瞬のことで。
「私がここにいるとわかっていながら、挨拶がないとは不敬じゃないかしら?」
背後からした声は。
「側妃…様…」
母の声が静かになった部屋にこだました。
*
「この家はね、私の生家の傘下貴族なの」
側妃はサーシャ達の考えを読み取ったかの様に笑みを浮かべる。
「チューラップ夫人とはあの日よくお話しできなかったでしょう?ゆっくり話し合いたいなと思って…ねぇ?」
笑っているが…標的を見るいじめっ子の顔そっくりだ、とサーシャは側妃を見た。
母の立場は微妙だ。
子爵家から男爵家に。そして侯爵家の魔導団長の妻になって数年。元々社交界に出るより、市井に出てサーシャ達と関わって事業に携わることが多い人だ。いきなり、雲の上の人物と話すのは無理な話だ。
そんな母に標的を定めたのか?サーシャは母に手を繋がれながら母の前に出て側妃に「母も私も体調を崩しており…」「私は元気よ?貴方達が体調悪かろうが私は側妃よ?王族の一人なの。貴方達は臣下でしょう?たかが侯爵家の分際で言い訳しないで」
ゆっくり近づいてきて側妃はサーシャ達を睨み付ける。
サーシャは魔法で少し痛い目を見せれないものかと模索しながら母と一緒にドアの方へ後退り。
その時。
ガチャリとドアが開き、現れた母の弟が男を連れてきた。
*
「ほら、姉さん、ドッキリ成功したかな?」
母の弟…子爵は愉快そうに笑い、母の悲鳴が上がる。
何事かとサーシャも男達の方を向くと、見覚えのない男と目が合い。
気持ち悪い、と息が苦しくなった。
「なぁ、お前。元旦那の顔を忘れたのか?あんなに仲が良かっただろ?」
男の言葉に、カイゼルの実父である男爵だと理解し。
…理解は出来たが、体は拒否を起こす。
「良かったわねぇ、夫人。可愛い弟と、好き別れた人にまた会えて。私もねぇ、あなたにプレゼントがあるのよ。これからも仲良くしたいと思って」
いつの間にか近くに来ていた側妃が母の首にネックレスを付けた。
細いチェーンで飾り気のない、鎖みたいな…。
そのネックレスを子爵が愛おしげになぞりながら。
震える母とサーシャを残して。
役目が終えたとばかりに子爵と男爵は部屋を去っていった。
ちゃっかり鍵をかけて。
*
震える母とサーシャに落ち着けと側妃は言いながら。
どこに隠れていたのか、黒フードの人物数名が現れた。
彼らは母の首に手を近づけて、ネックレスを消して。
母とサーシャの後ろに立つ。
「私の生家は力があるのよ?はっきり言うわ。サーシャ、あなたはヴァイオスの婚約者になりなさい」
「断れば公爵家の力であんたの事業を全てぶち壊すわ。隣の女の首も飛ぶ事になるし、盟約の件もあるでしょう?父親の足枷になりたくないの?」
何を言っているのだろう?
首が飛ぶ…?
母の首が…。
ハッと隣を見て怯える母の首…見えなくなったネックレスは魔法をかけられているのだと理解したのは早かった。
後ろの黒フード達は魔法が使えるのだろう。
しかも大人数。
サーシャが始末している間に側妃の指示一つで母の首が飛ぶのだ。
母は恐ろしいものでも見るかのように側妃を見、震えた手をサーシャに添えていた。
*
「あんたがヴァイオスとさえ婚約すれば家族は助かるのよ?あの、事業や、商品と呼んだ平民達の命も。盟約はね、あんたの父親が王と契約してるの。父親が王から賜った宝石、あれ、王の指輪の色と一緒でしょう?王の命に背いた時父親が死ぬの。宝石に王の印をつけているから。…王の指輪はね、壊すとあんたの父親が死ぬの。言いたいこと理解出来るわよね?」
「…国王陛下の指輪を…側妃様ならいつでも壊せるということですか…」
震えながらサーシャは側妃を見、正気のない声で呟く。
頷きは肯定か。
側妃は優雅に微笑んだ。
*
「一つ、言わせて下さい…私は決して民を商品とは呼んではおりません…」
事業をボランティアではなく商売だとは話した。
勝手に国民を物扱いするなと怒りを静かに告げ、睨まれ肩が震える。
「あんたは私のいう通りにしていればいいのよ」
「なぜ、私なのですか?」
ここまでゲームの強制力が働くのか?
サーシャは「側妃様が理由をお話しして下されば…私は応じます…」
力無く呟いた。
母の握られた手を強く握り返して。
*
「私はね、ヴァイオスを次期王にしたいの。平民達の支持を得なければ内乱が起きるわ。
そこであんたよ。底辺な事業で平民達の期待を受けてるアンタをヴァイオスの嫁に添えたら良いのよ。アンタは魔導団長の娘だから、あんたが次期王子を産めば魔法使えるかもしれないでしょう?見た目も悔しいけど整っているし、次期王子の母にぴったりじゃない」
「私が国王の母になるのよ!国を導く賢王の歴史に名を残すかもしれないヴァイオスの実母として後世で讃えられるのよ!!」
ヴァイオスでさえ、私欲のための道具なのか?
サーシャは驚き、母は小さな悲鳴を上げる。
「ほら、さっさと婚約書類書きなさいよ!」
特別な書類を母の前に出し羽根ペンを投げつけ机に落ちる。
「側妃様…、一つお願いがあります…」
冷静さを取り戻したサーシャは一つ条件を交わした。
*
中庭のお茶会会場に出ると、公爵家の傘下貴族達だろうか。
複数名の貴族達が小さな子供を連れて集まっていた。
サーシャは側妃から無理矢理着替えさせられたヴァイオスの色味のドレスでお辞儀をし、側妃は上機嫌でヴァイオスを呼ぶ。
(来てたの?!)
驚きながらも顔の笑みは崩さず。
実母の前でだからか上機嫌なヴァイオスはサーシャのエスコートを始めた。
側妃がヴァイオスとサーシャの婚約を告げ賑わう会場。
喧騒の中ヴァイオスはサーシャの指を一本掴んで力を入る。
痛い、と声を出すと「お前と会うとママがお小遣いくれるからいるだけだよ、勘違いすんなよブス!」と小声で言いながら。
ヴァイオスも笑顔を崩さなかった。
*
密談の件を家族に話すと母の首を即跳ねると言われ、二人は顔色悪くお茶会から帰宅した。
市井から帰ってきたシーラとカイゼルは心配していたが、お茶会に参加した件は執事長はじめ邸の者にも箝口令を敷き、静かに一日が過ぎた。
過ぎようとしていたはずなのに、サーシャは眠れず夜の廊下を歩いていた。
母は帰宅後、死んだように眠りにつき、メイド長とシーラが付き添いをしている。
(…ゲームの中のサーシャは…自ら婚約者に名乗り出てたわね…)
外に出て庭を歩き、ベンチに腰掛け月を見る。
月が綺麗で。
綺麗すぎて、泣きそうになる。
自分の行いが全て人を巻き込んでいく。
大切な人達を勝手に…。
生き地獄ね。
澄んだ月を見ながら呟いた。
*
しばらく目を閉じていたら背中から温かい感触。
「サーシャ、体冷えるよ。ほら、ブランケット持って来たから」
いつの間に来たのだろう?足音がしなかったわよね?隣に座ってくるのは慣れた日常風景だ。
背中に一つ、二人でもう一つを共有する様に膝に添え、一呼吸した後サーシャは感謝を伝える。
思えば辛い時、いつもそばにいてくれるのはカイゼルだった。
年相応に成長したカイゼルは市井でもモテ始め、元々の顔立ちもヒロインの兄弟だからなのか?ゲームの中ではテキスト扱いで登場すらしていなかったが。
正直攻略対象者と同等、それ以上の成長を遂げていた。
「サーシャ…何かあったの?」
一段と成長した手を頭に添え、優しい声音で話す。
…カイゼルの声を聞くと何故か落ち着くのよね、と思いながら。
なんでもない、と呟く。
「…ねぇ、カイゼル」
「カイゼルはね、好きな子いる?シーラはいるみたいよ」
なんてことない話だった。
手を添えたカイゼルの方に首を動かし、目が合う。
水色の、空色の瞳は優しい笑みを浮かべながら。静かに頷いた。
ズキリ、と、胸が痛くなり。
サーシャは目を細める。
(そりゃ、年頃だものね…)
変な虚無感に襲われ、思わず顔を背ける。
*
「サーシャ、僕が父様に連れてこられた理由は…」「ねぇ、カイゼル。私ね、今日第二王子との婚約が決まったの」
聞きたくなかった。
跡継ぎの養子だと昔から言われていたから。
カイゼルが気に入った人を嫁に迎えて、チューラップ家は安泰の未来。
…その枠にサーシャは存在しないのだ。
そもそも今のこの関係も踏ん切りをつけないといけないのだ。
血の繋がりはない兄妹が二人きりで会うこと自体おかしなことなのだ。
「カイゼル…カイゼル兄様。カイゼル兄様はこれから貴族学園に通い始めます。今のままの関係で社交界に出ると周りから不審がられますわ。兄様の想いを寄せる方にも誤解されます。…私も婚約者が出来たので…出来たので…」
この関係を終わりにしよう、と言ったはずなのに。
終わりを告げた言葉はカイゼルの腕の中に消えていった。
*
子供の頃とは違う体付き。
体を鍛えてるだけあって筋肉がついた胸元に顔を覆われながら。
何が起きたのか、理解できぬままただカイゼルの心音を聞いていた。その音でさえ、サーシャには心地良いものだった。
「サーシャ…」
頭の上から声が落ちて来て。
先ほどのサーシャの会話の有無を言うわけでもなく、答えを返すわけでもなく、カイゼルは何度もサーシャの名前を呼び続ける。
「カイゼル」
彼の名前を呼ぶと腕から解放され、カイゼルの安堵に満ちた表情を見ながら。
誰にも吐き出せなかったサーシャの本心を口にした。
*
「私ね、夢を見るの。小さな頃からよく見るの。夢の中の私はわがままで、シーラやお母様を虐めてて。夢の中の私はシーラと第二王子の恋の邪魔をする悪女だったの。最後は魔法を封じられて地下牢獄へ死ぬまで幽閉されるって夢を…何度も見るの」
ゲームの中の話をなぜしたのか?
ただ聞いて欲しかった。
シーラは好きな人がいると話していたのに。
そんなわけないという可能性は捨てきれなかった。
「ずっと第二王子が怖かった。夢の中より少し幼い彼が出て来た時。名前が上がった時。シーラと出会ってほしくないと願ってしまった。シーラもお母様もとても良い人なの。私はわがままだけど…夢の中の私より落ちぶれてないわ…」
「サーシャはわがままなんかじゃないよ。君の事を慕う人は沢山いるし、シーラも母様も君のこと愛してるよ。…僕も、」
何か言おうとして口を閉ざし、代わりに手をサーシャの頬に添えた。
目を合わせ、カイゼルの瞳にサーシャが映り。
「愛してるよ。…その、父様も、邸の人達みんな、サーシャのこと!夢の話をしてくれてありがとう。ねぇ、サーシャ。…今回の婚約はサーシャの意思かな?」
理由を話せば母と父、周りに迷惑が掛かる。
「…も、もちろん!私は…」
好きだから、と言おうとしたのに言葉が詰まり。
気まずくなり視線を逸らす。
「大丈夫だよ、サーシャ」
何が大丈夫なのだろう?
いつもそう思うのに。
カイゼルからそう言われると安心してしまうのである。
*
第二王子とチューラップ侯爵令嬢の婚約発表で国内は大きく賑わった。
しかし、それ以上に世間を騒がせたのは。
翌日発表された王太子と同じチューラップ侯爵令嬢次女の婚約発表だった。