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「サーシャが忙しそうだったからね…」
誕生日を過ぎた後。
父が苦笑いしながら朝食時に教えてくれた事実。
数年前からサーシャに会いたいと、国王の側妃が何度も父に頼んでいたらしい。
とうとう国王から招待を頂いたと手紙を見せ、サーシャは覚えのある手紙の字に目を渋めた。
ゲーム内で出てきた文面だった。
しかし一点だけ違う点もあるが。
(確かこれはシーラが九歳の時で…サーシャが十歳の出来事だったはず…)
名前がシーラを指名していたはずなのに。
この手紙は、サーシャを城に呼んでいた。
*
第二王子ヴァイオスは王妃の実子ではない。
ゲームではその説明だけだった。
…この世界に転生して王族の話を聞くと。
王妃と側妃の二人だけだった。生家は両方とも公爵位。
つまり、ヴァイオスは側妃の子供であり、第一王子である王太子が正妃の子供なのだ。
ゲーム内では王太子のことも特に記載はなく、ラストも平和に暮らしましたで終わるためヴァイオスが爵位をもらったのか、はたまた結婚したのか別れたのかすら曖昧なおわり方だった。
ゲーム内ではシーラを国王が指名し、サーシャが駄々を捏ね無理矢理お茶会に乱入。チューラップ家の長女を主張して無理矢理ヴァイオスと婚約してしまうストーリーだった。
当のヴァイオスは風邪を引き当日不参加。学園で婚約者サーシャの妹シーラに出会い結ばれるストーリーだった。
「サーシャ、顔色悪いけど大丈夫?」
隣に座っていたカイゼルが額に手を添えたことで現実に引き戻された。
「お姉様、お顔が真っ白ですよ!」
シーラも心配そうにサーシャを見つめ、後妻は父に「サーシャはまだ登城は早いのでは…」と声を出した。
「…王命なんだ…」
苦々しく父は呟いて。
「…しかも、明日なんだよ…」
サーシャを見ていた使用人達もみな心配そうに彼女を見つめていた。
*
食事を終えた後、青ざめた私に気を使うように護衛にエスコートを頼む父。
サーシャも流されるまま身体を預け、部屋に着くなり疲労感でソファに座り込む。
しばらく一人にさせてくれと頼み、心を落ち着かせる。
転生してすぐは死ぬ運命を受け入れて好き勝手しようと思ってた。
後悔しないように自分の意見をきちんと伝えて自由に悠々お嬢様生活送って。
なるようにしかならない運命を受け入れようとしたのに。
(…この生活を失うのが怖い…)
得たものが多過ぎて。
明日が怖かった。
*
どの位時間が経ったのか分からなかった。
明日なんか来なければいいと思いながら目を閉じていた。
ノック音が聞こえ、返事をする間も無くカイゼルが部屋に入ってきた。
「サーシャ、ハーブティー持ってきたよ」
ドアの隙間から見える廊下でメイド達が心配そうにサーシャを見ていた。
すぐに扉を閉めたカイゼルはゆっくり歩いてサーシャの隣に座りティーセットが入ったお盆を机に置いて、落ち着かせるように成長した手でサーシャを優しく撫でた。
二人きりの時は昔みたいな関係についつい戻ってしまうのだ。
今思うと三人家族から除けられた余り者同士と言う同情もあったかもしれない。
それでも変わらない関係は心地よく、サーシャの瞳を映す水色の瞳が太陽と空みたいで好きだった。
カイゼルとサーシャの間柄は邸の者、事業関係者、自他共に認める関係だった。
理解者だからわかるのだろう。
理由も聞かずに過去にサーシャが伝えた言葉を繰り返し、繰り返し、優しい声音で紡ぐ。
「大丈夫だよ」と。
気がつくと涙を浮かべ、「行きたくない…怖い、怖いの…」
何を恐れることがあるのか?
国王の前での粗相が怖いのか、理由はわからないと思われるカイゼル。
なのに、優しい顔を崩さず。
「明日は、大丈夫だよ」
はっきりと断言した。
その表情を見たら。
勇気がもらえた。
*
謁見当日。
王城へと続く馬車がやってきた際、父と母、サーシャの他に護衛とメイド。…見覚えのある三つ編み厚太眼鏡を装着したメイドが一人。身長が伸びて喉仏も出てきたのに首上までネックで覆い隠してる。黒タイツに長スカートの今の時期違和感ありまくりのメイドを見ながら、サーシャは安心したように笑った。
馬車の中では始終朗らかな雰囲気で会話を楽しんだ。
この馬車移動の時間がずっと続けばいいのにと思いながら。
*
王城に到着すると案内されたのは謁見の間ではなく応接間だった。
「使用人と護衛はあちらに」
あちらに、と別室に案内されそうになるのをサーシャは断りを入れたが、父は従うように静止した。
(ついて来てくれただけでもありがたいものね…)
振り返るキーゼラが口パクで「頑張れ」と、サーシャに告げた。
その行動が嬉しく、拳を握りして「頑張る」と、口パクで返事を返した。
*
両親を両側に挟み、待つこと数分。
現れたのは国王らしき紅色髪の男性とやたら派手な黒髪美女だった。
父が合図をし立ち上がり、国王と側妃へ挨拶を行う。
国王と側妃が座った事を見計らい城のメイド達が次々にティーセットを用意していく。
彼女達が去った後、サーシャ一家は席についたのだ。
*
「チューラップ、この度の遠征ご苦労であった」
先日隣国との辺境で出現した大物魔物の退治遠征のことだろう。魔導団長なので現場で指揮を行う父は実は遠征が多い人だった。
父は返事を返し、国王と今後の話を行い始めた。
(仕事の話ならいつでも出来るでしょ?)
顔に出さずにサーシャは笑顔の仮面を作りティーポットを眺めていた。
すると、凍てつく視線を感じ視線の先を追う。
…側妃がサーシャを見ていたのだ。
舐めるような目を向けたのは一瞬ですぐに目元に弧の字を描く。
(な、なんなのよ…感じ悪っ)
笑顔の仮面は父達の話が終わるまで続いた。
*
「時にチューラップよ。お前の娘は市政で慈善事業に取り組んでいるらしいな」
国王の視線がサーシャを射抜き、居心地の悪さを感じながら答えた。
「慈善事業ではありませんわ、国王陛下。きちんとした商売ですの」
普通なら不敬にあたるだろう。
先ほどの側妃の視線の居心地の悪さと、関係ない大人達の会話を聞かされ、待たされ、サーシャも堪忍袋の尾が切れかかっていた。
「慈善事業と言うのは善意がつきものです。私は投資を行い、人材を雇い、知識を与え、結果彼らの生活に反映されます。最初に行った公園内レストランもきちんと金銭は受け取っております。公園以外の運営施設は利用するにあたり、金銭が必要なのです。私はただ市井の者達の未来に投資を行い、彼らがそれに応えてくれた。だからこその今ですわ」
私が行ったのはきっかけづくりであります、と、似非笑いを浮かべサーシャは口を閉ざした。
そのきっかけ作りを幼少に行うことが凄いと国王は褒めながら、早速本題なのか。
目元を緩めながら国王が「いやはや、サーシャ嬢の聡明さには恐れ入るわ。チューラップも未来が楽しみだのぅ」
「そうですわ、陛下!…私はサーシャの活躍に昔から目を光らせてましたのよ?それなのにあなたはいつも、いつも…」
「そう言うな、側妃よ。サーシャ嬢は事業者なのだ。忙しいに決まっておろう」
「ですが、陛下!!私の誘いをいつも断るのですよ?この私の返事を!せっかくヴァイオスの婚約者に私があなたを推薦してるのに!!」
ヴァイオス、と、名前が出てサーシャの顔色が一層白くなり唇が青ざめ始めたのを後妻が気付き、父も理解したのか国王に婚約は絶対かを聞く。
「いや、私は初み…」「陛下?!私はサーシャを是非ヴァイオスの嫁にと願いますわ」
これはほぼほぼ側妃の願いなのか、父はサーシャの背中をさすりながら「この度の婚約の話は無かったことにしてください。…陛下、あの盟約はお忘れではないですよね?」
父が一枚上手なのか?
国王は頷き、側妃を宥めながら部屋を後にした。
*
長く感じた会話も数十分にも満たない程度だったらしく。
キーゼラと護衛と合流したサーシャ達は馬車の待つ城門まで足を運ばせる。
(盟約…?盟約ってゲームになかったような…)
先ほどの父の言葉を思い出しながらキーゼラと手を繋ぎ庭を歩いていると、ドシンと頭に衝撃が走った。
「やっべー!なんかにぶつかっちまったよ!!」
聞き覚えの無い声がする方を、痛い頭を押さえながら見ると。
ゲーム内でサーシャを貶める奴らが揃い踏みだった。
*
「ヴァイオス殿下、ご機嫌よう」
父が頭を下げ、先ほど婚約計画が破談となった本人が「誰このおっさーん!」と声を出し笑う。
騎士副団長子息も釣られて笑い、宰相子息はオドオドしながら泣きそうな顔をして頭を下げ、医療団長の息子は気まずげに顔を背けた。
「おい、おんな、謝れよ!ボールが凹んだだろ?!」
(凹むボールって何よ?!痛かったのに!!)
内心悪態つきながらキーゼラの手を離し、ボールを拾い上げるとかなり重量がある。
ゴムボールの中に砂利を入れていた。
(凹んだだろ…じゃなくてこれ凹む前提で作られてるやつ!!)
何かにぶつかったら絶対形が変形するやつじゃないと両手で触りながら、先ほどの側妃の事と言いヴァイオスといい、と恨みつらみをボールに集中させて。
ニコニコ笑顔を保ちながらヴァイオスに近づき手にボールを手渡した。
重量魔法をかけた五キロ重たくなったボールを。
「…おいっ、俺謝れつったんだよ?笑うなよキメェ!!」
動く間も無く。
ヴァイオスがボールを持ったまま、サーシャの額を殴り、サーシャは額から出血を起こしその場に倒れた。
一瞬の出来事だった。
*
微かに意識があるが頭は回らない。
そんな状態の中聞こえてくるのはヴァイオスの叫び声。
「俺は悪く無い!コイツが謝らないから悪いんだ!!俺は王子だぞ?偉いんだぞ?!」
「コイツヘラヘラ笑って気持ち悪いんだよ!!見ててイライラするんだよ!ぜってー、友達いねーだろ!」
同調するように騎士副団長子息も叫び出し、父の制する声に、母の人を呼ぶ声。
そんな中、手のひらに感じた温もりを確認したのを最後。
サーシャの意識は遠のいて行った。
*
「お前、友達いないだろ?」
「お前を見てたらイライラする」
多分夢だとわかる。
暗闇にヴァイオスとサーシャ二人きり。
サーシャを睨み付けるように笑うヴァイオスの声が。
…前世の父の声だった。
「お前はいつも俺に養われてるくせに贅沢を言って」
「お前と会話してたらバカがうつる」
「お前は自分が正しいと思っているのか?」
「お前は出来損ないだ」
「お前らは俺の理想の家庭じゃない。お前らは俺を頼るな、求めるな」
「なんでお前は周りからバカにされるかわかるか?汚いからだよ!」
やめて、やめて、そんなこと言わないで。
私だって好きであんたの娘に生まれて来たわけじゃないのに!!
サーシャは声を張り上げて叫ぶ。
それを無視してヴァイオスはヘラヘラ笑う。
「いいか?いじめられる奴ってそいつに原因があるんだぞ?」
「低俗なモノは俺に見せるな、イライラする!」
「俺が一番偉いんだよ!!」
「お前ら子供は働き始めたら親孝行きちんとしろよ?今まで食わせてやってるんだから!」
「はぁ?お前はいつも言い訳ばかりだな。俺は仕事で疲れが溜まってるんだ。ったく、家に帰って来てまでイライラさせるなよ!」
「言い訳ばかりだな!無駄口を叩く暇があったらバカな頭を鍛えろバカ!」
「あーあ、この世はみんなバカしかいねぇ。お前もそのうちの最もバカの人種だよ。あのノロマ女の子供だからな、お前も俺の血が濃ゆければ優秀だっただろうに。顔が似てるのに中身が最悪なんて俺が可哀想だと思わねーのか?」
「お前のやってる事全てが間違いなんだよ」
「誰もお前を必要としてないんだよ」
*
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
声を張り上げてサーシャは叫ぶとざわめきが聞こえて。
冷たい感覚が頬を伝い、目をゆっくり開ける。
見慣れた自室のベッドだった。
ただし、両手は塞がれていて。
右手にシーラ、左手にカイゼルがいた。
二人とも手を強く握り、サーシャを涙目で見ていた。
*
サーシャの声にすぐに父も母もやって来て。
心配した使用人一同寝室に流れ込んできた。
ざわざわとざわめく声が全てサーシャには陰口に聞こえて、シーラとカイゼルの手を振り払い耳を押さえる。
(聞きたくない、何も聞きたくない)
きっと、もっと眠っていればよかったのにとか。
また気絶したのかよ、とか言われてるに決まってる!と胸が苦しくなり。
目を閉じる。
すると、手を覆うように大きな手が包み込み。
視界が開く。
「サーシャ、大丈夫かい?みんな、お前のことをーーー」
父であったはずの人物が。
サーシャには、前世の父の顔になり。
「お前なんか必要ない」
彼はそう告げた。