廃公園にそびえる螺旋階段
トマソンという言葉を知っていますか?
語源となったのは、ゲーリー・トマソンという人物。
元大リーガーとして期待されていたものの、成績は振るわず、それでも四番に据えられ続けたために『美しく保存された無用の長物』を意味する言葉として使われるようになりました。
トマソンは一般的に『本来の役割を果たしていないのにも関わらず、何故かそのまま保存されている物』を指します。
例えば、建物の壁に扉があるのに足場がなかったりすることがありませんか?
扉はどこかへ通じる場所に設置されていますが、ただ壁にあるだけの扉は本来の役割を果たしていません。
にもかかわらず、そのまま保存されていることに芸術性を感じた人たちが、そう言った建築物のことを『トマソン』と呼ぶのです。
他にも、登っていった先が壁になっている階段や、入り口が塞がれてしまった門や改札など、様々な種類があります。
今回はそんなトマソンにまつわるお話。
そして理解しがたい価値観を持つ悪意に満ちた人間のお話。
殺人鬼が一人も現れないサイコホラーをお楽しみください。
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私たちの住む町は山間部の盆地にある交通の要所。
大昔は宿泊客などでにぎわっていたと聞くが、今では過疎化が進む一方だ。
高速道路のインターチェンジが建設され、経済効果が期待されたものの、逆に人口が流出する結果となってしまった。
住人たちは遠出して大型ショッピングモールへ買い物に出かけている。
街の商店街はすっかりさびれてしまい、軒並み閉店してしまった。
なんとか観光客を呼び込もうと、様々な施策が試みられたが、何一つうまくいかない。
その失敗事例の一つが丘の上の廃公園である。
町が出資して建設されたその公園には沢山のアスレチックと、町を一望できるレストランがあった。
キャンプ場や人工の湖まである。
しかし、あまりに訪れる人が少なかったため、あえなく閉鎖に追い込まれる。
レストランとキャンプ場は営業を中止したが、公園はそのまま残された。
維持費はそれなりにかかるようで、役所は定期的に草刈りなどのメンテナンスを行っていた。その費用もバカにならず、無駄に財政を圧迫する負の遺産となってしまった。
アスレチックも老朽化が進み、本格的に閉鎖が議論され始めた矢先に……とある一人の資産家がその施設を購入したらしい。
いったいどんなもの好きが買ったのだろうと町中の噂になったが、誰一人としてその正体を知らない。
かん口令が敷かれているのか役所の関係者もみな一様に口を閉ざしている。
謎が謎を呼ぶ公園の購入者。
いったいどんな使い方をするのだろうと、住人たちの注目を集める。
しかし――
「なんにも変わってなかったぞ。
むしろ前よりも荒れてた」
様子を見に行ったクラスの男子が言う。
「マジで酷かったよなぁー。草とか伸び放題だったし」
「湖も水が腐っててヤバかったよな。マジ臭ぇ」
「レストランは完全に撤去されて更地になってたよ」
小学生だからか、男の子たちは好奇心旺盛だ。
公園の様子を見に行っては、逐一変化をクラスメイトに報告する。
しかし、特に気を引くような変化は起きていないらしい。
再利用する気があるのかどうか分からないけど、新しい所有者はこれから何か新しいことを始めるつもりはないようだ。
「あっ……でも」
眼鏡をかけた真面目そうな男子が言う。
「広場に螺旋階段ができてたよね。
大きな建物でも作るんじゃないかなぁ」
その男子によると、唯一整備されている広場の真ん中に、大きな螺旋階段が建設されたのだと言う。
赤一色に塗られたその階段は天に向かってグルグルと続いていて、5~6階分の高さがある。
「へぇ、何ができるんだろ。ホテルとか? それとも展望台?」
「僕には分からないなぁ」
「もしかしたら秘密基地かもしれないぞ」
「んなはずないじゃん、バカなの?」
「うるせぇ!」
螺旋階段の会話で盛り上がるクラスメイト達だが、すぐに話題は流行の動画投稿者に移る。
「コイツマジ面白いんだぜー!」
「あ! 私も見た! 面白いよねぇ!」
スマホの画面に夢中になるクラスメイト達。
すっかり螺旋階段のことなんて忘れてしまったようだ。
「みんな、席について。
勉強以外の目的でタブレットを見るのはだめよー」
「「「「はーい」」」」
先生の言葉に素直に従うクラスメイト達。
私は自分の席について教科書を取り出す。
「最近、丘の上の廃公園に出入りしている子もいるみたいだけど、
あそこは私有地だから勝手に入ったらダメですからね。
不法侵入で警察に捕まるかもしれませんよ」
「「「「…………」」」」
警察、捕まる。
その言葉を聞いて途端に青くなる男子たち。
普通の子なら素直に言うことを聞くのだろうけど……全員が全員、そうじゃない。
むしろ逆に好奇心を駆り立てられる子供もいるのだ。
私みたいに。
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「ねっ……ねぇ! やめようよ!」
日曜日。
私は真面目そうなメガネの男子――彼の名は山田君――を連れて廃公園へと向かった。
道中はアスファルトで整備されており、普通に歩いて行ける。
障害物になるようなものもない。
「先生言ってたよね⁉ 不法侵入になるって!」
「大丈夫だよ、ばれないって」
「でっ、でもぉ……」
泣きそうな声を出しながらも、私の隣を歩き続ける山田君。
彼は多分、私に気があるのだと思う。
だから日曜に遊びに行こうと誘ったら簡単について来たし、廃公園へ行くと言っても帰ろうとしないのだ。
どうして彼を騙して連れて来たかというと、万が一の時に助けを呼んでもらうためだ。
元公園があった場所とは言え、長年放置されて自然との境界があいまいになっている。野生動物と出くわす危険性はゼロではない。
それに、どこかへはまって抜け出せなくなったら、助けを呼ばないといけない。
スマホの電池が切れた状態で動けなくなってしまったら大変だ。
だから保険のために彼を連れて来た。
それ以外の理由はない。
もちろん、私は彼に好意など抱いていない。
「どうしても行かなくちゃだめ? 引き返そうよ!」
「山田君さぁ、一度ここへ来てるんでしょ?
なにがそんなに不安なの?」
「だっ……だって……何かすごく怖いんだよ」
「お化けでも出るの?
山田君、霊感あったっけ?」
「ないけど……」
じゃぁ、何がそんなに怖いのだろうか?
「ないけど……なにか感じるんだよ。
悪意みたいなものを」
「ふぅん……悪意、ね」
幽霊でも妖怪でもなく、悪意ときたか。
それがどんなものかは分からないけど、とりあえず化け物に襲われる心配はなさそうだ。
もしかしたらその悪意の正体は人間かもしれない。
でも、誰かが潜んでいるとしたら、とっくに見つかっているはずだ。
ここには大勢の子供たちが出入りしている。
ふと、足元に目をやると、比較的新しい煙草の吸い殻が落ちていた。
ペットボトルや空き缶などのごみも。
私たちだけでなく、不良と呼ばれる人たちがこの公園に出入りしているようだ。
悪意の正体はゴミを道端に捨てる人たちかな。
そんなことを考えながら上り坂を進んでいくと、廃公園の入り口にたどり着いた。
駐車場はそのまま残っており、一台だけワゴン車が停まっていた。放置された廃車ではなく、ちゃんと動くみたいだけど……持ち主は見当たらない。
アスファルトはところどころで割れ目ができていて、そこから雑草が芽を出している。
小道沿いに植えられた木々は伸び放題になっていて、あたりは落ち葉が散乱。
ろくに掃除もされていない。
駐車場の入り口にはゲートが設けられていたはずだが、完全に撤去されている。
キャンプ場へ続く石畳の傍には照明が残されていた。
塗装が剥がれてところどころ錆びかけている。
今でも明かりが灯るとは思えない。
全体的に荒れている状態だが、歩けないほどではない。
念のために長袖長ズボンの服装で来たけど、運動着でもよかったかな。
「うわぁ、酷いことになってるね」
「この先はもっとひどいよ。
草がぼうぼう」
「螺旋階段はどこ?」
「キャンプ場の方」
さっきまで帰りたがっていた山田君は、ここにきて素直にガイドしてくれるようになった。
山田君を先に行かせて、雑草をかき分けながら進んでいく。
子供たちがよく遊びに来るからか適度に踏み慣らされていた。
結構、人が来るんだな、ここ。
「あれだよ」
「へぇ……」
目的の場所へは数分でたどり着けた。
キャンプ場の手前。
そこには大きな広場がある。
以前は利用者が運動をしたり、ドッグランとして利用されていた場所だ。
公園の敷地を囲う柵以外に特に何もない場所。
その中央に、真新しい螺旋階段がそびえ立っていた。
太くて頑丈そうな鉄柱に備え付けられた螺旋階段。
真っ赤なペンキで彩られた不思議な建築物。
周囲には何もない。
螺旋階段だけがぽつんとそびえ立っているのである。
辺りの草は綺麗に刈り取られており、スッキリとしていた。
ここだけ廃墟感が皆無である。
「ここに何か建てる予定なのかな?」
「でも……変だよね。
重機も建築資材も見当たらないし」
山田君の言う通り、追加で工事を行おうとしている形跡はどこにも見当たらない。
大きな建物を作るのであれば、基礎工事が行われているはずだが……。
存在自体が奇妙なのだが、それ以上に不可解に思えることがある。
地上付近には階段が存在しないのだ。
螺旋階段は3メートルくらいの高さから始まっている。
地上からその位置まで手の届かない高さ。
「本当になんであんなものを作ったんだろうね。
いったい何を考えて――」
「あっ、看板がある! この前来た時はなかったのに」
山田君が螺旋階段の傍に看板を見つけた。
見に行ってみると――
『これはトマソンと呼ばれる芸術作品です。
あくまで観賞用の建築物ですので、
階段としての機能は備わっていません。
危険ですので、絶対に昇らないでください』
二人でそれを眺める。
ふぅん、とぞっとしない感想を抱いた。
「これ、誰が面白いと思うの?」
「さぁ……僕には分からないなぁ」
二人そろって首をかしげる。
誰も来ない廃公園。
そこにそびえる真新しい螺旋階段。
興味本位で見物しに来る人がいるとは思えない。
いったいこれを作った人は何を考えているんだろう。
螺旋階段の周りにはサーチライトも設置されている。
どうやら夜間はライトアップされるらしい。
ますます意味が分からない。
ふと、あることに気づく。
足元に複数の足跡があった。
ほとんどが子供のものだが……中には大人と思われるサイズのものも。
いろんな人がこの階段を見に来ているらしい。
「ねぇ……他に何かないの?」
「あそこに小屋があるよ」
山田君が指さした先には、これまた真新しい小さなプレハブ小屋があった。
入口の扉には南京錠で鍵がかけられている。
窓からは中が覗けるようになっていたが……興味を惹くようなものは特に置いてなかった。
設備の維持管理に必要な道具がいくつか。
熊手や草刈り機に脚立。あと手押しの一輪車とか。
「一応、電気が通ってるみたいだね」
「そーだね」
その小屋には電線が引かれており、電気がつくようだ。
と言っても、外側に照明のスイッチとかはないけど。
「監視カメラがあるよ」
「ふぅん」
小屋の入り口には監視カメラが螺旋階段を見上げるように設置されている。
その下には注意書きが貼り付けられていた。
『無断で階段を昇ろうとした人がいた場合、
直ちに警察に通報します。
危険ですので、絶対に昇らないでください』
頼まれたって昇ったりしないよ。
なにかあるわけでもないし……。
「ねぇねぇ、見てよ」
山田君がまた何か見つけたようだ。
私の服の袖を何度も引っ張る。
「なにか見つけたの?」
「階段の一番上に何か置いてあるよ」
見上げてみると、確かに。
一番上のところに何か置いてあるのが見える。
それがなんなのか、ここからは分からないけど……。
「金庫とかかなぁ? 箱みたいだね」
「そっか」
「あんまり興味ない?」
「どうせ工事した人が置き忘れたものでしょ」
箱が置いてあったから、それが何だと言うのだろう。
まったく興味がそそられなかった。
空を見上げていると、どんよりとした雲が太陽を覆い始めているのが分かった。
もしかしたら雨が降るかもしれない。
「帰ろっか」
「そうだね」
こんな場所で雨に降られるのは嫌なので、さっさと帰ることにした。
山田君は何故か残念そうにしている。
箱の中身がそんなに気になるのかな。
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翌日。
クラスでは例の螺旋階段の話題で大いに盛り上がっていた。
山田君が謎の箱が置いてあることを皆に言いふらしてしまったのだ。
男子たちは中に何が隠されているのか、予想し合っている。
「山田君と一緒に見に行ったんでしょ?
どうだった?」
女子たちからワクワクした感じで尋ねられる。
彼女たちの興味は箱の中身より、私と山田君の関係性にあるらしい。
「特に、なにも」
「カエデって山田君ねらいだったの?」
「そんなはずないじゃん」
「そっかぁ……」
何故かみんな残念そう。
男子たちがからかってこなくて良かった。
「今度昇って確かめてみようぜ!」
誰かがそんなことを言った。
さすがにちょっと嫌な予感がする。
螺旋階段の形をしているとはいえ、あれはあくまで芸術作品だ。
人が昇ることを前提としていない。
もし事故があったら……。
「皆なんの話をしてるの?
もしかしてまたあの公園の話かな?」
先生が心配そうに語り掛ける。
大人たちの心配はやはり事故。
子供たちが不法侵入の結果、命を落としたりしたら、町は大変な騒ぎになる。
だから、妙な存在に興味を持たないよう神経をとがらせているのだ。
でも……男子たちの様子を見る限り、大人が止めたところで興味を失ったりしないだろう。
むしろ加熱する一方だと思う。
「こんど昇ってみようぜ」
誰かがヒソヒソ話をしているのが聞こえた。
嫌な予感がする。
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どんよりとした雨が降りそうな日。
私は男子たちが廃公園へ向かっているとの情報を手に入れた。
クラスの女子が噂していたのだ。
その中には山田君もいる。
気弱な彼が一緒に行ったりしたら……間違いなく最初に昇らされるはず。
止めないといけない。
強くそう感じた私は自転車にまたがり、廃公園へと向かった。
上り坂を必死で立ちこぎしながら走る。
登り終えた頃には汗だくのゼェハァ。
なんで私が山田君なんかのためにこんな苦労をしないといけないのか。
駐車場には複数の自転車が停められていた。
山田君のもある。
これはまずいと思って、広場へと急いだ。
男子たちが雑草を踏み慣らした跡がはっきりと残っている。
「ちょっと! なにしてんの!」
男子たちを見つけて思わず叫んでしまった。
彼らは脚立を螺旋階段の下に設置していたのだ。
「はぁ? なんで杉田がいるんだよ!
誰がこんな奴呼んだんだ⁉」
クラスのガキ大将的なポジションにいる川端が口をとがらせる。
「別に誰にも呼ばれてないよ。
それより、その脚立どうしたの?
わざわざ運んできたわけじゃないよね?」
「そこから借りたんだよ」
川端は小屋のある方を顎でしゃくって示す。
どういうわけか入口の扉が開けっ放しになっていた。
確か鍵がかかっていたはずだけど……。
「もしかして鍵を壊して開けたの?」
「んなはずねーだろ!
もともと開いてたんだよ!」
開いてた?
そんなバカな。
誰かがここへ来て、鍵を開けたのだろうか?
「そんなことはどうでもいいよ。
脚立を勝手に持ち出したら不法侵入だよ。
犯罪だよ、犯罪。
分かってるの?」
「うっ……うるせぇ!」
不法侵入の言葉に若干たじろぐ川端だが、他の男子たちは私を無視して脚立を設置。
このままでは誰かが昇ってしまう。
「じゃぁ、僕から行くね」
よりにもよって、山田君が真っ先に昇ろうとする。
普段からなよなよしてるアンタが、なんで先頭をきろうとしてるんだよ。
「山田君! やめなよ!」
「ごめん、止めないで。どうしても確かめたいんだ。
あの箱の中に何が入ってるのか」
「どうせ大したものなんて入ってないよ!
それよりも本当に危ないからやめて!
お願いだから!」
「……ごめん」
山田君は私の言葉なんて聞いてやしない。
螺旋階段の頂上にある箱に魅入られている。
このままだと……本当に危ない。
嫌な予感がヒシヒシするのだ。
山田君が感じていた悪意は本物だと思う。
その根源がこの螺旋階段であることも確信している。
だから――絶対にとめないとダメだ!
このまま螺旋階段を昇ったら山田君は死ぬ!
「もし降りて来てくれたらデートしてあげるから!」
やけっぱちだった。
とにかく山田君に降りて来てほしくて、思わず叫んでしまった。
「……は? なに言ってんのお前」
川端が困った顔をする。
他の男子たちも気まずそうな表情。
「えっと……カエデちゃん?」
脚立の天辺から私を見下ろす山田君は、少しだけ恥ずかしそうにしていた。
「聞いたでしょ?
昇るのやめたらデートしてあげる。
嫌なの?」
「嫌じゃないけど……」
「じゃぁ降りて。早く!」
「うっ、うん……」
山田君は私の求めに対して素直に応じて、脚立から降りて来てくれた。
「デートしてくれるって本当?」
「うん、二言はないよ」
「分かった、じゃぁ昇るのやめるよ」
「「「うわあああああ!」」」
山田君の態度を見て、男子たちが奇声を上げる。
「山田と杉田が付き合ったぞおおおおお!
明日みんなに言いふらしてやろー!」
川端がからかってくる。
他の男子たちも同調してはやし立てる。
ハッキリ言って、どうでもいい。
「好きにして。
町中のみんなに言いふらすといいよ。
ほら、行くよ」
「うん」
私は山田君の手を引いて、その場を後にした。
残った男子たちはどうするのか分からないけど……私には止められないかな。
助けたかったのは山田君一人なので、あとはどうでもよかった。
そう……どうでもいいと思ってしまったのだ。
§
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翌日。
山田君とのことをからかわれると思ってたけど、クラスの雰囲気はそれどころじゃなかった。
異様な空気を察して、何があったのかなとクラスメイトに尋ねると、どうやらあの後、残った男子たちだけで螺旋階段を昇ってしまったらしい。
そして……川端が転落死してしまった。
昇っている最中に階段の板が外れたのだ。
即死だったそうだ。
一緒にいた他の男子たちもその瞬間を目撃して精神的なショックを受けているのか、みんな学校を休んでいる。
「カエデちゃん……」
不安そうな、悲しそうな、それでいて自分を責めているような顔をする山田君。
彼は私がとめていなかったら犠牲者になっていたはずだ。
「僕がちゃんととめていれば……」
「アキラは悪くないよ。
私ももう少しちゃんと引き留めればよかった。
川端も死なずに済んだかもね」
「…………」
私の言葉に俯いたまま返事をしない山田君。
何を言っても無駄かもしれない。
それから全校集会が開かれ、事故があったことと、廃公園にはいってはいけないことが教頭先生から生徒たちに告げられる。
川端が落下して死んだことには触れられていない。
でも……ニュースで報道されているようだし、みんな知っているのだろう。
教室へ帰ってきた後もクラスは異様な空気に包まれたままだった。
担任の先生は職員室へ。
緊急の会議が開かれるらしい。
授業は自習になった。
「ねぇ……これ……」
誰かがスマホでなにかの動画を見ている。
他の子たちがその子の周りに集まると、みんなそれぞれスマホを取り出して何かを見始めた。
「うわぁ!」
「嘘でしょ⁉」
「きゃあああああ!」
あちこちから悲鳴が上がる。
スマホを見ていた子たちは途端に動揺して、中には泣き出してしまう人もいた。
「え? みんな何を見てるの?」
「カエデちゃん……こっ、これ……」
震えるてでスマホを差し出す山田君。
そこには……とある動画サイトが映し出されていた。
動画のタイトルは昨日の日付。
説明文には「art」とだけ書かれていた。
流された映像は……何もない場所にそびえる真っ赤な螺旋階段。
そう、あの廃公園の螺旋階段だ。
数人の子供が螺旋階段を昇って行く。
たぶん川端たちだと思う。
勢いよく先頭を進んでいた川端は、頂上付近まで昇って行った。
そして……足場の板が外れて地上へと落下。
映像は螺旋階段を見上げるように撮影されていたので、川端が地面に激突する様子は映されていない。
川端が落下して少ししてから、動画は終了。
事件の一部始終を映していたのは――
「これ、監視カメラの映像だよね?」
「多分……ね」
この動画を撮影したのは間違いなくあの監視カメラだ。
「どうして……どうしてあのカメラの映像が?
なんで動画サイトなんかに?」
「そっ、そんなの僕にも分からないよ……でも」
でも?
「もしかしたら、最初からこれを撮影するために……」
彼の言葉を聞いて背筋が凍った。
階段を見上げるようにカメラを向けるのはおかしい。
侵入者を撮影するのが目的ならば、地面の方を映せばいいのだ。それなのに……どうしてあのアングルで撮影していたのか。
私はスマホの画面を見つめる。
動画には川端が落ちていく様子がハッキリと記録されていた。
世界中の人たちがその瞬間を目撃しようと再生している。
誰かが落下する瞬間を撮影するためだけに、あの螺旋階段を建設したとしたら……正真正銘の狂人だ。
狂っている。
こんなことのために……。
■
それから月日は流れ。
私はその町を出て、都会で一人暮らしを始めた。
仕事は大変だけど、何とか暮らしている。
山田君とは今でも連絡を取っており、たまに予定を合わせて遊びに行ったりする仲だ。
たまに、あの螺旋階段の話題が上がる。
昔を懐かしんでいるわけではない。
今でも犠牲者がでるのだ。
役所は廃公園への入り口を完全に封鎖。上り坂にもフェンスを設置して人が通れないようにしている。
しかし、それでも無理やり不法侵入する者が後を絶たず、対応に難儀しているらしい。
興味本位で廃公園へ行って、肝試しでもしているのだろう。
いわくつきの螺旋階段を見物して楽しむつもりなのか。
肝試しだけならまだしも、中には螺旋階段を昇ろうとする者もいる。
そして……数年おきに落下事故が発生。
なかには死亡する者もいる。
町の人たちはあの螺旋階段のことを『人喰いの塔』と呼んで恐れている。
私有地なので撤去することもできず、そのまま放置されているのが現状だ。
私も帰省するとイヤでも廃公園のことを思い出してしまう。
山田君を助けられたのが唯一の救いか。
町ではたびたび、螺旋階段の撤去が議論されるが、一向に話が進んでいない。
設置した業者はすでに解散しており、螺旋階段の所有者は今でも不明なまま。
あの箱の中に何が入っているのか、誰も知らない。