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高卒サラリーマンが脱サラして田舎でスローライフするだけの話  作者: らいお
第一部

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後日談⑤-新しい家族と、続くスローライフ

 蝉時雨が降り注ぐ、ある夏の日。

 『Farm Cafe Katze』の定休日。

 いつもなら畑仕事や動画の編集に精を出しているはずの俺とサクラコは、居間で正座をして、時計の針を睨みつけていた。


「……遅いね、孝文」

「あぁ。予約時間はとっくに過ぎてるはずなんだが……」


 サクラコはもう高校生になった。

 農業科のある高校に通い、専門知識と持ち前の天才的頭脳を活かして、品種改良や効率化の研究に没頭している。

 背も伸びて、少し大人びた雰囲気になったが、こうしてソワソワと貧乏ゆすりをしている姿は昔と変わらない。


 今日、ほなみは朝から街の病院に行っている。

 ここ数日、体調が優れない日が続いていたのだ。

「ただの夏バテだと思うけど、念のため」と言って出かけた彼女を、俺たちは祈るような気持ちで待っていた。


 ガチャッ


 玄関の戸が開く音がした。

 俺とサクラコは弾かれたように立ち上がり、玄関へと走った。


「おかえり、ほなみ!」

「ほなみちゃん! どうだった!?」


 玄関には、少し疲れたような、でもどこか晴れやかな顔をしたほなみが立っていた。

 手には母子手帳が握られている。


「……ただいま、二人とも」


 ほなみは靴を脱いで上がると、俺たちに向かってふわりと微笑んだ。


「……できました。新しい、家族」


 その瞬間、時が止まったような気がした。

 そして次の瞬間、爆発的な歓喜が弾けた。


「やったぁぁぁぁぁっ!!」

「マジか……! マジかよ……ッ!!」


 俺はほなみを抱きしめようとして、慌てて力を緩め、優しく肩に手を回した。

 サクラコは「私、お姉ちゃんになるの!? やったー!」と叫びながら、その場でピョンピョンと跳ね回っている。


「予定日は来年の春だそうです。……ふふ、賑やかになりますね」

「あぁ、そうだな。……ありがとう、ほなみ。本当に、ありがとう」


 涙が滲んでくるのを堪えながら、俺は愛おしい妻の額にキスをした。


 ◇


 興奮冷めやらぬまま、俺たちは庭に出た。

 この吉報を、どうしても報告したい相手がいたからだ。


 庭の隅、大きなクスノキの下に、小さなお社がある。

 そこには、初代ヤギ・クロエが眠っている。

 彼女は大往生だった。最期まで食欲を失わず、俺とサクラコに看取られて、眠るように逝った。


「クロエ、聞いたか? 家族が増えるんだぞ」


 俺がお社に手を合わせると、どこからともなく「メェ〜」という声が聞こえた。

 振り返ると、クロエのひ孫にあたる子ヤギが、不思議そうにこちらを見ていた。

 その目は、クロエと同じように優しく、賢い光を宿している。


「ふふっ、この子がクロエの生まれ変わりかもね」

「そうだな。……頼むぞ、先輩。新しい家族のこと、見守っててくれよ」


 子ヤギは「任せとけ」とでも言うように、俺のズボンに頭突きをしてきた。

 うん、この容赦のなさもクロエ譲りだ。


「よしっ! 決めた!」


 突然、サクラコが拳を突き上げた。


「私、今日から『英才教育カリキュラム』を作る! 生まれてくる子のために、最高のおもちゃと絵本、それに農業の教科書を用意しなきゃ!」

「気が早すぎるだろ……。でもまぁ、サクラコがついてれば勉強の心配はないな」

「任せて! 私が世界一賢い子に育ててあげる!」


 頼もしいお姉ちゃんだ。

 これなら、俺たちは安心して子育てができそうだ。


 ◇


 その夜。

 俺は久しぶりにパソコンを開き、動画チャンネルの管理画面を開いた。

『脱サラ男と天才少女の田舎日記』。

 数年前に何気なくつけたこのタイトルも、今や登録者数十万人を抱える人気チャンネルの顔だ。


「……タイトル、変えないとなぁ」


 サクラコはもう「少女」というより「才女」だし、俺ももう「脱サラ男」というより「農家のおじさん」だ。

 それに、これからはもう一人、主役が増える。


『脱サラ男と天才少女と、新しい命の田舎日記』

『Farm Cafe Katzeの賑やかな日常』

『高卒サラリーマンだった俺が手に入れた、最高の家族』


 いくつか案を打っては消し、打っては消し。

 結局、俺はキーボードから手を離して、苦笑いした。


「ま、急いで決めることもないか」


 俺たちの毎日は、これからも続いていくのだから。

 タイトルなんて、後からついてくる幸せの記録みたいなものだ。


「孝文ー! お祝いのケーキ焼けたよー!」

「あなたー、早く来ないとサクラコちゃんがつまみ食いしちゃいますよー!」


 居間から、愛おしい家族の声が聞こえる。

 俺はパソコンを閉じ、椅子から立ち上がった。


 窓の外には、満天の星空。

 虫の声と、風の音。

 そして、家の中には温かい光と笑い声。


 かつて、孤独と不安の中で会社を辞めた俺へ。

 未来は、こんなにも明るくて、温かいぞ。


「今行くよ!」


 俺は笑顔で返事をすると、光の待つ場所へと歩き出した。

 最高のスローライフは、まだまだ終わらない。




 後日談、完

⚫︎あとがき

これにて、長かった第一部完結です!


最初はダラダラと書き出した本作でしたが、第一部を走り切ることができました。(途中大失速してしまいすみませんでした)

これも、読者の皆様からのいいねやコメントがあったからです。本当にありがとうございました。


第二部も絶賛執筆中ですので、楽しみにお待ちください!


烏骨隊長「うむ、楽しみに待っていて欲しいのであるぞ。今作者が必死こいて続きを執筆している最中であるからな」


そういうの、言わないで……締まり悪いから……

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