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高卒サラリーマンが脱サラして田舎でスローライフするだけの話  作者: らいお
第一部

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後日談③-犬山先生と動物だらけの休日

 獣医師という職業は、激務である。

 言葉を話せない患者たちの訴えに耳を傾け、時には暴れる彼らを抑え込み、小さな命を救うために神経をすり減らす日々。

 やりがいはある。誇りもある。

 けれど、時には充電が必要なのだ。


「……というわけで、来ちゃいました!」


 私は愛車を駐車場に停め、大きく伸びをした。

 目の前に広がるのは、のどかな田園風景と、その中に佇む可愛らしいログハウス。

 看板には『Farm Cafe Katze』の文字。

 ここは、私の中学時代の同級生、喜多孝文くんが奥さんと営む農園カフェだ。


「さぁ、モフモフ補給のお時間ですよ……!」


 私は気合を入れて——といっても顔はにやけっぱなしだが——、店の敷地へと足を踏み入れた。

 目的は、美味しいランチ。そして何より、ここの看板犬たちとの触れ合いだ。


「ワンッ!」


 敷地に入った瞬間、茶色い影が弾丸のように飛んできた。

 ゴールデンレトリバーのミックス犬、アリスだ。

 子犬の頃に私が診察し、今やすっかり立派な成犬になった彼女は、私の姿を見つけるなり尻尾がちぎれんばかりに振っている。


「アリスちゃん! 久しぶり~! 元気だった?」

「クゥ~ン!」


 私はしゃがみ込み、アリスの温かい体を抱きしめる。

 あぁ、この感触。太陽の匂いと、少し土の匂いが混じった独特の獣臭。

 最高だ。仕事の疲れが浄化されていくようだ。


 しかし、私の至福の時間はこれだけでは終わらない。

 アリスに続いて、庭の奥から白いモフモフたちが現れたのだ。


「メェ〜」

「メェッ!」


 クロエの子供……いや、もう孫世代かもしれない子ヤギたちが三頭。

 さらに、足元には白い綿毛のような烏骨鶏のヒナたちがピヨピヨと群がってくる。


「ちょ、ちょっと待って! みんな落ち着いて!」


 私は嬉しい悲鳴を上げた。

 どういうわけか、私は昔から動物に異常に好かれる体質なのだ。

 アリスが顔を舐め、子ヤギが背中によりかかり、烏骨鶏が靴の上に乗る。

 傍から見れば「動物使い」か「ムツゴロウさん」かといった光景だろう。


「……あらあら、つむぎちゃん。また埋もれてるわね」


 テラス席の方から、クスクスという笑い声が聞こえた。

 アリスのよだれまみれな顔を上げると、エプロン姿のほなみさんが立っていた。


「ほなみさん! こんにちは……すみません、またこんなことになっちゃって」

「ううん、みんなつむぎちゃんのこと大好きなのよ。ほら、孝文さんも呼んでくるわね」


 ほなみさんは笑顔で店内に戻っていく。

 しばらくすると、厨房から孝文くんが顔を出した。


「よぉ、犬山。相変わらずだな」

「喜多くん、こんにちは。……ちょっと、助けてくれない? 重いんだけど」


 私は子ヤギの一頭に頭突きをされながら訴えた。

 孝文くんは苦笑しながら近づいてくると、慣れた手つきでヤギたちを誘導し始めた。


「ほら、お前ら。先生がご飯食べられないだろ。向こうで遊んでこい」

「メェ〜」


 飼い主の一言には従うらしい。ヤギたちは名残惜しそうに私から離れていった。

 アリスだけは「私は離れないワン!」とばかりに足元に伏せているが、これは許容範囲だ。


「ふぅ……助かったよ。人気者も楽じゃないね」

「お前が来ると、動物たちのテンションが異常に上がるんだよな。マタタビでも仕込んでるのか?」

「失礼な! 純粋な愛よ、愛!」


 私は服についた毛を払いながら、テラス席に座った。

 ここから見る景色は最高だ。手入れされた畑、遠くに見える山並み、そして庭で遊ぶ動物たち。

 平和そのものだ。


「で、注文は? 今日も『いつもの』でいいか?」

「うん、お願い! ほなみさんの季節の野菜カレー、楽しみにしてたんだから」

「了解。サクラコが学校から帰ってきたら、また騒がしくなると思うけどな」


 孝文くんはそう言って、厨房へと戻っていった。

 その背中は、昔よりずっと頼もしく、そして幸せそうだ。


 運ばれてきたカレーは、期待通り絶品だった。

 素揚げされた夏野菜は甘く、スパイシーなルーと絡み合って口の中で溶ける。

 足元にはアリスの温もり。

 時折、ほなみさんが水を持ってきてくれて、孝文くんと二人で「あそこのテーブル、追加注文だって」「はーい、了解!」なんて声を掛け合っている。


 息の合った夫婦の連携。

 それは見ていて気恥ずかしくなるほど仲が良く、そして羨ましいほどに温かい。


「……あぁ、いいなぁ」


 スプーンを口に運びながら、つい独り言が漏れた。

 動物たちに囲まれて、好きな人と、好きな場所で生きていく。

 それはきっと、誰もが夢見るけれど、なかなか叶えられない「魔法」のような生活だ。


「ワフッ?」


 私の呟きに反応したのか、アリスが顔を上げて首をかしげた。

 私はその頭を優しく撫でる。


「なんでもないよ。……また明日から、頑張れそうだって話」


 私はカレーを平らげ、食後のアイスコーヒーを一口飲んだ。

 遠くから、「ただいまー!」という元気な声が聞こえてくる。サクラコちゃんが帰ってきたようだ。

 これから始まるであろう賑やかな「第二ラウンド」を予感しながら、私はもう少しだけ、この幸せな景色に浸ることにした。

●あとがき

クロエ「どうよ、私の孫達はかわいいでしょうっ!」

烏骨隊長「うむ、可愛いのである。……しかぁしっ! 我の子達も可愛いがすぎるのであるぞぉっ!」

クロエ「……あんた、自分の子供に対してはそんな感じなのね」

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