後日談②-天才中学生の進路相談室
中学校の放課後。
西日が差し込む進路指導室には、独特の緊張感……ではなく、奇妙な静寂が漂っていた。
「……さて、サクラコくん」
「はい、なんでしょう先生」
向かい合って座っているのは、この春から中学三年生になった私、サクラコと、担任の鷺ノ宮先生だ。
先生は相変わらず白衣を着ているが、以前のような包帯や眼帯といった「装備」は外している。
本人曰く、「封印が安定期に入った」らしい。よく分からないけれど、大人になったということだろうか。
「君が提出した進路希望調査票についてだが……少し、いや大いに確認したいことがある」
先生は一枚の紙を机の上に提示した。
そこには私の丁寧な字で、こう書かれている。
『第一志望:世界征服(農園で)』
「……貴様、ついに魔王としての自覚に目覚めたか?」
「違いますよ先生。厨二病は卒業したんじゃなかったんですか?」
私が呆れてツッコミを入れると、先生はコホンと咳払いをして居住まいを正した。
「失敬。……で、これはどういう意味かな? 君の成績なら、県内トップの進学校はおろか、海外の飛び級制度だって狙える。だかしかし、世界征服とは……流石に文科省のカリキュラムには存在しないぞ」
先生は真剣な顔で、しかしどこか楽しそうに聞いてくる。
この先生の良いところは、どんな突飛な意見でも頭ごなしに否定しないところだ。
だから私も、本気で答えることができる。
「ふざけてるわけじゃないよ。私、本気で世界征服するつもりだもん」
「……ほう?」
「武力で支配するとか、そういう物騒なやつじゃなくてね。……私、孝文とほなみちゃんが作った『Farm Cafe Katze』を、世界中の人が知ってる場所にしたいの」
私は身を乗り出して、熱く語り始めた。
「あの場所には、美味しい野菜があって、動物たちがいて、みんなが笑ってる。私が本の中でしか知らなかった『幸せ』の全部が、あそこには詰まってるんだよ」
「……ふむ」
「だからね、私はあの場所をもっとすごくしたい。世界中の人が『あそこに行けば幸せになれる』って思うような、最高の農園にしたいの! それって、ある意味『世界征服』でしょ?」
私の言葉を聞いて、先生はしばらく黙っていた。
そして、フッと口元を緩め、ニヤリと笑った。
「……ククク、なるほどな。武力ではなく、幸福による支配か。悪くない……いや、最高にクールだ」
先生は立ち上がり、白衣を翻した。
「だがな、サクラコくん。世界を征服するには、ただの夢物語では足りないぞ?」
「え?」
「世界中から人を呼ぶには、経営学、農学、言語学、それにマーケティング……あらゆる知識が必要になる。君がこれまで蓄えてきた『本の知識』と、これから経験する『実践』、その全てを総動員しなければならん!」
先生の目が、ギラリと光った気がした。
あ、これスイッチ入っちゃったやつだ。
「いいだろう、我が愛弟子よ! その野望、この『隻眼の導き手』が全力で支援してやろうではないか!」
「先生、両目開いてますけど」
「細かいことは気にしないでぇっ! ……まずは農業科のある高校への進学と、並行して経営学の基礎を叩き込むぞ! 放課後は補習だ、覚悟しろ!」
先生は黒板にバンッと手をつき、高らかに宣言した。
面倒くさいことになったなぁ、と思いつつも、私は自然と笑顔になっていた。
「望むところだよ、先生! 私、天才だもん。全部やってみせるよ!」
窓の外には、のどかな田園風景が広がっている。
私の「世界征服」への道は、まだ始まったばかりだ。
家に帰ったら、孝文とほなみちゃんに、今日の作戦会議(夕食)で報告しなくちゃ。
「さぁ、授業を始めるぞ魔王候補生!」
「だから魔王じゃないってば!」
進路指導室に、私たちの笑い声が響いた。
●あとがき
鷺ノ宮「ひっさしぶりの、出番だぁぁぁぁ!」
クロエ「うるっさいわね……」
烏骨隊長「うるさいのである……」
鷺ノ宮「いいでしょ久しぶりなんだから! もっと祝ってよ!」
クロエ「はいはい、おめでとさん」
鷺ノ宮「もっとちゃんと祝ってよぉ!」




