後日談①-『Farm Cafe Katze』開店前夜のドタバタ
それは、俺たちが長い時間をかけて準備してきた夢の城――『Farm Cafe Katze』のオープンを翌日に控えた、ある春の夜のことだった。
「……なぁ、ほなみ。野菜の収穫量、本当にこれで足りるかな?」
「た、多分大丈夫だと思います……。でも、もし予想以上にお客様がいらっしゃったら……」
「だよなぁ。やっぱりもう少し採っておくか? いやでも、鮮度が落ちるし……」
ログハウス風の店内で、俺とほなみは深刻な顔で向かい合っていた。
ピカピカに磨かれたテーブル、整然と並べられたカトラリー、そして窓の外に広がる満天の星空。
ロケーションは最高、準備も万端。
……のはずなのだが、いざ本番となると心臓が口から飛び出しそうなほど緊張していた。前職の成果発表の時以上の緊張だ。何もしていないのに、指が震えてしまうほどだ。
「孝文ー、ほなみちゃーん。また同じこと言ってるよー?」
カウンターの奥から、サクラコが呆れたような顔で顔を出した。
手には自作の『接客マニュアル(改訂第5版)』を持っている。
「シミュレーションは百回もやったでしょ? 孝文が畑から野菜を持ってきて、ほなみちゃんが調理して、私が運ぶ! 完璧な作戦だよ!」
「うぅ……そうなんだけどさぁ。サクラコは緊張しないのか?」
「全然! だって、このお店は世界一素敵なんだもん。失敗するわけないよ!」
根拠のない、しかし力強い自信。
かつては人見知りで部屋に引きこもっていた少女が、今や一番の頼れる戦力だ。
俺たちが弱気になっている場合じゃないな。
「……そうですね。サクラコちゃんの言う通りです。私たちが不安がってたら、野菜たちも美味しくなってくれませんよね」
「あぁ。よし、もう一回だけオペレーションの確認を――」
俺が気合を入れ直そうとした、その時だった。
『ドンドンドンッ!!』
静寂を切り裂くような、乱暴なノックの音がログハウスの扉を叩いた。
俺たちは三人揃ってビクリと肩を跳ねさせる。
「な、なんだ!? 強盗か!?」
「こんな田舎に強盗なんて来ませんよっ!」
「ま、まさか……またパパとママがまた黒塗りの車で……!?」
サクラコが青ざめる。
俺は近くにあったフライパンを構え、恐る恐る扉へと近づいた。
「だ、誰だっ!」
俺が声を張り上げると、扉の向こうから聞き覚えのある、野太い笑い声が聞こえてきた。
『おう喜多! 開けろ開けろ! 祝いに来てやったぞ!』
「……へ?」
緊張の糸がプツリと切れる。
扉を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた強面スキンヘッド――松田さんが立っていた。
その背後には、青央さんとてんちょーの姿もある。
「ま、松田さん!? それに皆さんも!」
「よっ! いよいよ明日オープンだろ? 景気づけに一杯やりに来たぜ!」
「プレオープンという名の毒味役として駆けつけたよ!」
「動画のネタにもなるしねー。はいこれ、開店祝いの観葉植物。お花じゃなくて悪いけど」
三人は俺の制止も聞かず、ズカズカと店内に入り込んでくる。
手には一升瓶やらビールケースやら、大量の酒とつまみが抱えられていた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 明日はオープン初日なんですよ!? 準備とか最終確認とか……」
「だからこそ、だろ?」
松田さんが、ニヤリと笑って俺の肩を叩く。
「お前ら、顔色がガチガチだぞ。そんな顔で客を迎えるつもりか?」
「えっ……」
「リラックスしろよ。俺たちが客の第一号になってやるからさ」
そう言って、松田さんは一番眺めの良い席にドカッと腰を下ろした。
青央さんも慣れた手つきでカウンターに座り、てんちょーは既にカメラを回し始めている。
「さぁて、オーナーシェフ! とりあえずオススメの料理と、あと生ビール!」
「あ、僕もビールで!」
「僕はハーブティー……いや、今日はビールにしようかな」
勝手知ったる仲間たちの、容赦ない注文。
俺とほなみは顔を見合わせ、そして同時に吹き出した。
「……ははっ、敵わないなぁ」
「ふふっ、そうですね。……わかりました! 腕によりをかけて、最高の『毒味』をさせていただきます!」
ほなみがキリッとエプロンの紐を締め直す。
その顔からは、先ほどまでの悲壮な緊張感は消えていた。
「サクラコ、オーダー通してくれ!」
「ラジャー! 生ビール三丁、入りまーす!」
◇
そこからは、怒涛のプレオープン——という名の飲み会が始まった。
ほなみが作る採れたて野菜の料理が運ばれるたびに、歓声が上がる。
「うめぇ! このアスパラ、甘すぎだろ!」
「やっぱりほなみちゃんの料理は最高だねぇ。ワインに合うよ」
「このピザも絶品! キタサン、これ動画映えするよー」
「そりゃあ俺が丹精込めて育てた野菜だし、ほなみが愛情込めて作った料理だからな!」
「もう、孝文さんったら!」
酒が進むにつれて、会話のボリュームも上がっていく。
俺たちが不安に思っていた細かいオペレーションのミスなんて、誰も気にしていなかった。
大切なのは、美味いものを食べて、笑い合うこと。
『Farm Cafe Katze』が目指していた原点が、そこにあった。
◇
「喜多、よくやったな」
宴もたけなわの頃、赤ら顔の松田さんがしみじみと言った。
「会社辞めた時はどうなるかと思ったが……お前、いい顔するようになったじゃねぇか」
「……皆さんのおかげですよ。本当に」
「バーカ、お前の力だろ。……ま、困った時はいつでも呼べよ。俺たちゃ、最強の常連客だからな!」
「松田さーん! 泣いちゃダメですよー!」
「うっせぇ! 目に煙が入っただけだ!」
ゲラゲラと笑う青央さんと、それを撮りまくるてんちょー。
そして、その騒ぎを微笑ましく見守るサクラコ。
あぁ、いい夜だ。
明日のオープンに対する不安なんて、どこかへ吹き飛んでしまった。
この仲間たちが「美味い」と言ってくれるなら、きっと大丈夫だ。
「よし! じゃあ最後にもう一本開けるか!」
「おー! 飲もう飲もう!」
……しかし、俺たちは忘れていた。
楽しい時間は、必ず代償を伴うということを。
◇
翌朝。
『Farm Cafe Katze』オープン当日の朝。
「……あたま、いたい……」
「……きもち、わるい……」
カウンターに突っ伏す俺と、青ざめた顔で水を飲むほなみ。
そして、床に転がる松田さんたち屍の山。
見事なまでの二日酔いである。
「コケッ! コケコッコー!」
無慈悲な烏骨鶏のアラームが響き渡る中、サクラコが仁王立ちで俺たちを見下ろしていた。
「もうっ! 信じらんない! 今日はお店が開く日なんだよ!?」
「うぅ……ごめん、サクラコ……」
「シャキッとして! ほら、水! ウコン! あと五分で開店準備するからね!」
テキパキと指示を出すサクラコの姿は、完全に店長そのものだった。
俺たちは「はいっ!」と情けない返事をして、這々の体で起き上がる。
「……いらっしゃいませぇ……」
数時間後。
少し顔色の悪いオーナーとシェフ、そして何故か店員として働かされている強面のウェイターたちが、初めてのお客様――猫村さんを笑顔(引きつり気味)で迎えることになるのだった。
ドタバタで、最高に俺たちちらしい、新しい日々の始まり。
『Farm Cafe Katze』は、こうして賑やかに幕を開けた。
⚫︎あとがき
クロエ「もう、散々な幕開けね……」
烏骨隊長「そうであるなぁ、まったく……」
クロエ「……あんたの頭上の輪っか、お似合いね」
烏骨隊長「ぬぉあっ!? 我、死んでるっ!?」
クロエ「気付いてなかったのね……」




