バズりと、忍び寄る影
動画を投稿してから三日が経った。
俺達の生活は相変わらずだ。朝は烏骨鶏に起こされ、寒さに震えながら畑に行き、美味しいご飯を食べる。
ただ一つ変わったことがあるとすれば、それはスマホの通知音の数だ。
「ねぇ孝文! またコメント来てるよ!」
「マジか……。おいおい、再生数10万回超えてるぞ!?」
最初は友人や知人が見てくれる程度だと思っていた動画が、何かのアルゴリズムに乗っかったのか、急激に伸び始めていたのだ。
コメント欄には、好意的な言葉が並んでいる。
『ヤギかわいいwww』
『この女の子、賢すぎない? テロップのセンス最高』
『お姉さんの料理がマジで美味そう。見てるだけで腹減る』
『田舎暮らし憧れるわー。理想のスローライフって感じ』
「わぁ……私の料理、褒められてます……!」
ほなみさんはスマホの画面を食い入るように見つめ、目を潤ませていた。
『Katze』では客足が伸びずに悩んでいた彼女にとって、こうして不特定多数の人から「美味しそう」「食べたい」と言われることは、何よりの自信回復に繋がったようだ。
「良かったね、ほなみさん。君の料理は画面越しでも伝わるんだよ」
「はいっ……! 私、もっと色んな料理作ってみます!」
サクラコもご満悦だ。
自分の編集技術が褒められているのが嬉しいらしく、「次はもっと凝ったエフェクト入れる!」と、てんちょーから借りた編集本を読み漁っている。
「アリスも人気者だねー。サムネにすると再生数伸びるって!」
「そりゃあんなあざとい顔でカメラ目線されたらな。あいつ、自分が可愛いこと自覚してるよ」
俺達は完全に浮かれていた。
動画がバズったことによる高揚感。そして、コメント欄を通して社会と繋がっているという実感。
閉鎖的になりがちな田舎暮らしにおいて、これは新しい刺激であり、希望だった。
収益化も夢じゃないかもしれない。
そうすれば、生活費だって、ほなみさんが店を再開する資金だって、自分たちで作れる。
未来が明るく照らされているように思えた。
◇
その日も、俺達は新しい動画を撮影していた。
テーマは『サクラコの科学実験教室』。
サクラコが家の書庫(実家の図書室)から持ってきた専門知識を駆使して、身近なもので実験をするという企画だ。
「今日はねー、この紫キャベツを使って、酸性とアルカリ性の実験をするよ!」
「先生、紫キャベツなんてどこにあるんですか?」
「畑にあるよ! ご近所さんがくれたやつ!」
白衣(てんちょーが持ってきたコスプレ用)を着たサクラコが、博士っぽく振る舞うのが可愛らしい。
ほなみさんは助手役として、実験器具代わりのコップやスプーンを用意している。
「これ、お料理にも使えますよね。色が綺麗で」
「そう! だから最後は美味しく食べるの!」
紫キャベツの煮汁にレモン汁やお酢、重曹などを入れて色の変化を楽しむ実験だ。
単純だが、サクラコの解説が妙に専門的で面白い。
「アントシアニン色素が〜」などと流暢に語る小学生の姿は、確かに動画映えするだろう。
「はい、カット! いい感じだぞ二人とも」
和気藹々とした撮影風景。
俺はカメラを回しながら、こんな時間がずっと続けばいいと心から思っていた。
撮影が終わり、動画の編集も終えてアップロードを済ませた夜。
俺はいつものようにコメント欄のチェックをしていた。
「お、今回も反応いいな。『将来有望な科学者だ』なんて書かれてるぞ」
「えへへー、照れるなぁ」
サクラコが膝の上に乗ってきて、一緒に画面を覗き込む。
温かいコメントの数々に心が和む。
だが、その中に一つだけ、異質な通知が紛れ込んでいた。
それは動画のコメントではなく、チャンネルの概要欄に記載しておいた問い合わせ用のメールフォームに届いたメッセージだった。
件名:『至急確認乞う』
なんだこれ? 企業案件か?
俺は軽い気持ちでそのメールを開いた。
しかし、本文を目にした瞬間、俺の背筋を冷たいものが走り抜けた。
『突然の連絡失礼する。
動画を拝見した。そこに映っている少女、サクラコについてだが。
私は彼女の保護者である。
貴殿がどのような意図で娘を動画に出演させ、このような生活をさせているのか説明を求める。
直ちに動画を削除し、下記の連絡先まで連絡されたし。
法的措置も辞さない構えである』
文末には、覚えのある苗字と、海外の国番号がついた電話番号。
そして、誰もが一度は聞いたことのある、著名な学者の名前が記されていた。
「……孝文? どうしたの? 怖い顔してるよ」
サクラコが不思議そうに見上げてくる。
俺は震える手でスマホを伏せた。
見せてはいけない。少なくとも今はまだ。
「いや……なんでもない。ちょっと、迷惑メールが来てただけだ」
嘘をついた。
だが、心臓の鼓動は早鐘を打っている。
一番恐れていた事態が、最悪のタイミングでやってきたのだ。
動画がバズったこと。それが仇となった。
世界中を飛び回っているはずの両親の目に、この小さな田舎の日常が届いてしまったのだ。
生成AIのアバターで顔を隠してはいた。けれど、あの特徴的な喋り方、家の背景、そして何より「サクラコ」という名前。
親が見れば、我が子だと気づくのは当然だったのかもしれない。
「……サクラコ」
「ん?」
「今日はもう遅いから、寝ようか」
「えー、まだ起きてたいー」
無邪気に笑うサクラコの頭を撫でながら、俺は覚悟を決めるしかなかった。
この幸せな「ごっこ遊び」のような共同生活に、終わりを告げる冷徹な現実が、すぐそこまで迫っていることを。
窓の外では、冬の風が不気味な音を立てて吹き荒れていた。
●あとがき
クロエ「……これはちょっときな臭くなってきたわね」
烏骨隊長「どど、どどどどどうすれば良いのであるかっ!?」
作者「孝文くんの危機管理の無さが出てきましたね。平和ボケってやつでしょうね」
クロエ「ちょっと作者、どうにかしなさいよ!」
作者「えぇぇ……それは孝文くんに言ってよぉ……」




