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高卒サラリーマンが脱サラして田舎でスローライフするだけの話  作者: らいお


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田舎の洗礼と、最高の朝食

「コケェッ! コケコッコーーーッ!」


 鼓膜を直接揺らすような絶叫に近い鳴き声。

 それが、ほなみさんとの共同生活初日の目覚まし時計だった。


「うぅ……んんっ……?」


 一階の和室から、何かが這い出るような音が聞こえる。

 俺は既に起きて着替えていたが、流石にこの時間――午前五時半の大合唱は、初体験の人間には堪えるだろう。


 襖が少しだけ開き、そこからボサボサ頭のほなみさんが顔を出した。

 目は半分も開いておらず、パジャマの襟は乱れている。完全に寝起きドッキリのターゲット状態だ。……そんな姿でも可愛いのって、反則じゃない?


「……おはようございます、孝文さん。……今、何時ですか……?」

「おはよう。今は五時半だよ。烏骨鶏たちが『朝だぞ起きろ』って叫んでるんだよ」

「ご、五時半……? お店の仕込みでも六時起きなのに……」


 ほなみさんはフラフラと廊下に出てきたが、次の瞬間、「ひゃっ!?」と短い悲鳴を上げて飛び上がった。


「つ、冷たっ!? 廊下、氷みたいに冷たいです!」

「あぁ、冬の朝はこの家の床、ほぼ氷だから。スリッパ必須だよ」


 俺が投げて渡したスリッパを、ほなみさんは拝むようにして受け取り、急いで履いた。

 古い日本家屋の断熱性を甘く見てはいけない。外気温とほぼ変わらない室温が、容赦なく体温を奪っていくのだ。


「サクラコちゃんは……?」

「あいつならもう庭に出てるよ。子供は風の子とはよく言ったもんあだよね」


 サクラコはこの寒さの中、既に上着を着込んで庭のパトロール(という名の烏骨鶏との追いかけっこ)に行っている。

 ほなみさんは信じられないといった顔で窓の外を見た。


「さぁ、顔洗ってシャキッとしような。井戸水で顔洗うと目が覚めるぞ」

「い、井戸水……?」


 洗面所に向かったほなみさんの悲鳴が、再び家に響き渡ったのは言うまでもない。

 冬の井戸水は夏は冷たく冬は温かいと言うが、それはあくまで「外気温に比べれば」の話だ。寝起きの肌には十分すぎる刺激だろう。


 ◇


「……生き返りました」


 タオルで顔を拭きながら戻ってきたほなみさんは、完全に覚醒していた。

 寒さと冷水による強制起動。これが田舎の洗礼その一だ。


「目が覚めたところで、朝飯の準備をしようか。ほら、上着着て。畑に行こう」

「は、畑? 朝ごはんを作るんじゃないんですか?」

「作るさ。そのための材料を取りに行くんだよ」


 俺達は庭に出た。

 キーンと張り詰めた冬の朝の空気が、肺の中を浄化していくようだ。

 庭の隅にある小さな畑では、サクラコが既に何かを引き抜こうと奮闘していた。


「孝文ー! ほなみちゃーん! 大根抜くの手伝ってー!」

「おー、今行くぞー」


 霜が降りて白くなった畑に足を踏み入れる。

 土はカチカチに凍りかけていて、歩くたびにサクサクと音がする。


「うわぁ……土まで凍ってる……」

「この寒さが野菜を甘くするんだよ。ほら、ここ持って」


 俺とほなみさん、サクラコの三人で、立派に葉を広げた大根の首元を掴む。

 せーの、で力を込めると、ズボッという小気味良い音と共に、真っ白で太い大根が姿を現した。


「わぁっ! 大きい!」

「立派な大根だろ? これを味噌汁に入れたら最高なんだ」


 ほなみさんは目を輝かせて大根を受け取ったが、次の瞬間、その笑顔が凍りついた。

 大根の葉の隙間から、冬眠中だったのか動きの鈍い芋虫がコロリと落ちてきたのだ。


「ひぃぃぃっ!? む、むむむ虫っ!!」


 ほなみさんは大根を放り出しそうになりながら(なんとか踏みとどまった)、サクラコの後ろに隠れた。

 さっきまでのお姉さんポジションが完全に逆転している。


「あ、カブラハバチの幼虫だ。ほなみちゃん大丈夫だよー、刺さないから」

「無理無理無理っ! 足がいっぱいあるのは無理ですぅぅ!」

「ほらほら、俺が取ってやるから。……よし、これで大丈夫」


 俺が指で弾き飛ばすと、ほなみさんは涙目で恐る恐る大根を見つめた。

 都会――といっても駅近の便利な場所で暮らしていた彼女にとって、土のついた野菜と虫のセットは衝撃映像だったらしい。


「田舎暮らしは虫との戦いでもあるからな。慣れような」

「ぜ、善処します……」


 ◇


 収穫したばかりの大根と、烏骨鶏たちが今朝産んでくれたばかりのまだ温かい卵を持って、台所へと戻る。

 ここからは、ほなみさんの独壇場だ。


「よしっ、私が作ります! お料理なら虫も出ませんし!」

「頼もしいな。じゃあ、俺は火の番をするか」


 我が家の台所はガスコンロもあるが、冬場はダルマストーブの上で煮炊きすることも多い。

 ほなみさんは手際よく大根の泥を洗い流し、トントンと軽快な音を立てて刻み始めた。

 包丁がまな板を叩く音、ストーブの上で鍋がコトコトと煮える音。

 それは、とても温かくて、幸せな朝の音だった。


「できましたっ! 採れたて大根のお味噌汁と、烏骨鶏の卵焼きです!」


 食卓に並べられたのは、シンプルな和食。

 だが、湯気と共に立ち上る香りは、どんな高級料理よりも食欲をそそった。


「いただきまーす!」


 三人で手を合わせる。

 まずは味噌汁を一口。

 ……甘い。

 砂糖なんて入れていないのに、大根から染み出した甘みが味噌の塩気と混ざり合って、身体の芯まで染み渡るようだ。


「んんっ! 美味しいっ!」

「本当だ……! 自分で作ったのに言うのも変ですけど、すごく美味しいです……!」


 ほなみさんは、自分の作った味噌汁を一口飲んで、驚いたように目を見開いた。


「お店で出すために一生懸命作ってた時とは、なんだか味が違う気がします」

「素材が良いってのもあるけど、やっぱり『誰かのために楽しく作る』ってのが一番の隠し味なんじゃないか?」

「誰かのために、楽しく……」


 ほなみさんは、噛み締めるように卵焼きを口に運ぶ。

 鮮やかな黄色の卵焼きは、ふわふわで濃厚な味がした。


「私、料理を作るのがこんなに楽しいって思ったの、久しぶりかもしれません」


 そう言って笑うほなみさんの目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。

 兄の店を守るため、義務感とプレッシャーの中で鍋を振るっていた彼女。

 でも今、この不便で寒い田舎の台所で、彼女は本当の意味で「料理」と向き合えたのかもしれない。


「明日も、また作っていいですか?」

「もちろん! ほなみちゃんのご飯、世界一美味しいもん!」

「あはは、サクラコちゃんったら言い過ぎだよー」


 朝日が差し込む食卓で、俺達は笑い合った。

 烏骨鶏の声で叩き起こされ、冷水で顔を洗い、虫に悲鳴を上げた朝。

 でも、その先にあったのは、とびきり温かくて美味しい「日常」だった。


 田舎の洗礼、悪くないだろう?

 そう心の中で問いかけながら、俺は大根をもうひとかけら口に運んだ。

⚫︎あとがき

烏骨ボス「我らの出番は鳴き声と卵だけであるか⁉︎」

作者「いいじゃん、今回のメインはほなみさんなんだから」

烏骨ボス「嫌であるっ! もっと出番を、出番が欲しいのであるぞぉぉぉっ!」

クロエ「……私なんて名前すら出てないわよ?」

作者「ごめんて。でもサクラコと遊んだんだろうな、って想像ふくら「コケェッ! コケコッコーーーッ!」」

作者「うるさ、うるさっ!」

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