奮闘、庭づくり編 第四話
翌日は雨だった。昨晩から降り続いているが、庭を見てみると水貯まりが出来ていないことから、この土地は水捌けが良く、且つ昨日行った土を平らにする作業はしっかりと出来ていたということ分かる。
さて、今日は何をしたものか……柵と動物用の小屋の材料を買いにホームセンターに行きたいところだが、材料が濡れてしまっては面倒なので今日は無しかな。となると、今日はどうするか……ここ連日庭で作業しっぱなしだったので、今日は休みでもいいかな。
ガシャガシャガシャガシャ!
この音は、誰かが玄関の引き戸を叩いている音だろう。つまり来客だ。なぜここの人たちはインターホンがあるのに引き戸を叩くのだろうか。
俺は玄関前まで行き、引き戸を開ける。
「はーい、どちらさまで――おや、君は」
「おにいちゃんおはよう!」
そこには昨日出会った名前も知らない少女がいた。
「おはよう、何か用でもあった?」
「遊ぼ!」
遊ぼう、とな。この少女は俺と一緒に遊ぶためだけにこの雨の中わざわざ来たのか?
「遊ぶのはいいけど、この家には特に遊べるものなんて無いぞ?」
「さんぽしよ!」
「えっ、外は雨だけど」
「へーきだよ!ほら!」
少女はその場でクルリと回ってアピールする。なるほど、着ているカッパを見せているのか。
「なるほどね、カッパを着てるから平気だぞ、と。でもな、俺はカッパを持ってないんだよ」
「傘あるよ?」
少女は玄関に立てかけてあった傘を指さして言う。
……俺は傘をさして散歩について来い、という事か。
「はやく行こうよー」
少女が雨で濡れた手で俺の袖を引っ張る。
こりゃ逃げ道は無いな。
「わかったから袖を引っ張らないでくれ」
「やったっ!」
「着替えてくるから待っててな」
「はーい」
今は寝間着だったので、着替える。どうせ濡れるし、ツナギでいいか。
俺はツナギに着替えると玄関へ向かった。
「来た!早くいこー!」
「そう急かさないでくれ、俺はまだ寝起きなんだからさ」
「はやくはやく!」
この子は相変わらず人の話を聞かないな。まぁしょうがないか。こういう子は縛られずに伸び伸びと思うがままに育てるのがいいんだろう。
「それじゃ、行こうか」
「うん!」
俺と名前も知らない少女は、散歩へ出かけた。
俺は少女についていく形で散歩しているが、どこか目的地があるのだろうか?少女は雨を気にせず駆けては道中の木々や植物など目に留まったものに興味を示して観察したり、触ったり。知的好奇心が高い子なのかもしれないな。
「ねぇねぇ、おにいちゃん」
「うん?どうした?」
「かたつむりは、なんで動きがゆっくりなの?」
少女は葉っぱに乗ったかたつむりをツンツンとしながらそう問いかけてくる。
「どうしてだろうなぁ……足が無いからじゃないかな」
「足?」
「そう、足。人間とか猫とか犬とかは足を使って歩いたり走ったりしているだろ?だけどかたつむりにはそれが無い。だからゆっくりしか進めないんじゃないかな」
「へぇ、そうなんだ!」
「いや、わからないよ。これはあくまでも俺の予想だからね」
「不思議だね!」
俺は君のほうが不思議だよ。いまだに名前も知らないし。
少女はかたつむりの謎に納得したのか、再び駆け出した。
「滑りやすいから気を付けるんだぞー」
「はーい!」
少女は嬉しそうに駆けている。まぁ、たまにはこんな日があってもいいか。雨の中の散歩。自然を感じながら、歩きながら雨を楽しむ。結構いいものだな。
「おにいちゃんは、学校って楽しかった?」
「急にどうした。学校か、そうだなー……楽しかったかな」
あまり頭は良いほうではなかったが、学校は勉強が全てじゃなかったからな。俺は部活を頑張ってたし、そっちが楽しかったな。仲間たちと共にスポーツに勤しむ。今思うと青春っぽくて良かったな。
「そうなんだ、いいなぁ」
「学校楽しくないのか?」
「だって先生の話聞くだけだもん」
「友達と話したり遊んだりしないのか?」
「学校、わたししかいないもん」
私しかいない……?それは、生徒がこの子しかいないってことか?
「学校には、君と先生しかいないのか?」
「そうだよ。なんだっけ、しょーしこーれーか?ってやつだって先生が言ってたよ」
……なるほど。この地域に子供はこの子しかいないのか。確かにこの地域は会う人みんな結構な歳だからな。子供がいないのも当然なのか。
となるとこの子は、今まで一人で遊んでいたということか?いくら周りが年寄りばかりでも、危険だろう。
「……今まで一人で遊んでいたのか?」
「うんっ、一人で遊んでたよ」
「そうかぁ……」
そんな中で見つけたのが俺だったと。確かに、周りの人と比べると格段に若いが、俺が遊び相手でいいのかな。
「この散歩、楽しいか?」
「うんっ!楽しいっ!」
「そうか。だったら、遊びたくなったら俺の家に来るといい。流石にいつでも、って訳にはいかないけど、遊び相手になるくらいならできるだろ」
「いいのっ!?」
「あぁいいぞ。俺たちはもう友達ってわけだ」
「友達!はじめてできた!やったー!」
少女はピョンピョンと飛び跳ねながら喜んでいる。本当に、心の底から嬉しそうだった。
「さて、俺たちは友達なわけだから、そろそろ名前を教えてほしいんだがな」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「言われた覚えがないしそもそも俺が聞いても話を逸らされたじゃないか……」
「そうだっけー?」
「はぁ……俺は孝文だ。喜多孝文。君は?」
「私はサクラコだよー!」
やっと教えてくれたよ、てか名前聞いても話し逸らされてたのは素かよ……
「そうか、それじゃあサクラコ。散歩の続き行くか」
「うんっ、孝文はやく行こー!」
おにいちゃん呼びから急に呼び捨てか。名前教えなかったほうがよかったかな。
サクラコは雨を気にせずまた走り出す。さっきよりも、元気に。
「おいサクラコ、転ぶから急に走るなー」
「孝文はやくー!置いてっちゃうよー!」
まさか、この年になって子供と友達になるとはな。大人になると新しく友達ができるなんてなかなか無い事だからな。いくら相手が子供とはいえ、対等に接してあげよう。それが、友達ってものだろう。そして、友達との接し方を教えてあげよう。サクラコは今まで友達がいなかった。大きくなって高校や大学に進学する時になって友達との付き合い方が分からないじゃ可哀そうだからな。
「サクラコ、こういう時はな、友達と一緒に歩幅を合わせるものだぞ」
「そうなの?」
「友達に合わせるって事も大事なんだ」
「そうなんだ!じゃ、一緒に行こ!」
サクラコは俺の横に並び、手を差し出す。これは、手をつなぐって事か?世間体を気にするとここで繋いだらちょっと犯罪的な香りがしてきそうだが……都会では変な目で見られるだろうが、ここでは大丈夫だろう。
俺はサクラコの手を取る。
「よし、じゃあ行くかぁ」
「いくぞー!」
さざめく雨音の中、俺たちは歩き出す。雨でひんやりとした空気の中、それを気にしないと言っているかのように笑うサクラコは、はじめて友達ができた嬉しさからか、はたまた散歩が楽しいからなのか、それともその両方なのか。笑顔を絶やさず楽しそうな表情をしている。この子も喜怒哀楽がはっきりしてるな。まるでほなみさんのようだ。
「孝文!お寺!」
サクラコが山の方向を指さす。俺の位置からは見えなかったが、少し進むと小さなお社が見えた。
「これはお寺では無いなぁ。お社って言ってな、ここには神様が暮らしてるんだよ」
「へぇ、神様がいるんだね!」
「俺も詳しくは知らないんだけどなー、こういう小さいお社には土地神様とかが住んでるのかな?」
「神様って、たくさんいるの?」
「沢山いるぞー。有名な神様もいれば、名前も知らないような神様もいる。だけど、神様って事には変わりないんだ。だから敬うんだぞ」
「わかった!」
きっと、敬うの意味とかは知らないんだろうな。本当に理解できているかは分からないが、まぁいいか。
俺はお社の前に止まると、手を合わせる。
「何してるの?」
「こうやってな、手を合わせて眼を閉じて、心の中で『いつもありがとうございます』って言うんだよ。そうすればな、ここの神様は俺たちを守ってくれるんだよ」
「そうなんだ!わたしもやる!」
サクラコは俺と同じように手を合わせて眼を閉じる。
別に俺は仏教徒というわけでは無い。だが、昔から祖母が「神様は大切にしなさい」と言われていた。懐かしいなぁ。実家に神棚があったからから毎朝毎晩手を合わせてたな。だからそういう敬う心っていうのは持ち合わせている、って事だ。
30秒ほど俺とサクラコは拝んでいた。どんな神様がいるかは知らないが、引っ越しの挨拶をしたよ。これからよろしくお願いします、って。
「サクラコ、ちゃんと拝んだが?」
「うん!ちゃんといつもありがとう、って言ったよ!」
「そうか、偉いぞ。毎回じゃなくていいから、ここを通ったら手を合わせるんだぞ?」
「わかったー!」
それから俺たちは長い事散歩を楽しんだ。……というか、後半は俺だけバテてたよ。子供の体力は凄いな、疲れ知らずだよ。
結局昼過ぎまで歩き回って俺の家に帰ってきた。こんなに長い時間散歩、というか歩き回った経験は少ないが、なかなか発見があって良かった。お社を見つけたし、その後にはこの雨で少し増水していたものの釣りを楽しめそうな小さな川もあった。潰れた駄菓子屋なんかも見つけた。雨と相まって少し不気味な雰囲気だったのでサクラコが怖がっていたけどね。
「孝文!お腹空いたっ!」
「あーはいはい。飯作れってか?」
サクラコは、図々しいというか、逞しいな。
「サクラコ、料理はした事あるか?」
「やった事ない!」
「じゃ、一緒に作ってみるか」
「うん!やってみるー!」
流石に包丁は危ないので、使わせないようにしよう。簡単な料理にしてみるか。材料は貰い物が一人では食べきれない程大量にあるので、それを使おう。
「んじゃサクラコ。まずは手洗いするぞー」
「あいっ!」
俺たちは料理をしに台所へ向かった。




